百手

いけない。高橋くんが

ジーナ

要様!

秋乃

マスター? マスター!

 男に連れて行かれた要を見て、百手たちは一斉に飛び出した。研究所の扉はきっちりと閉められ鍵がかかっている。

百手

……強行突破するか

ジーナ

店長、本気ですわね。鬼頭さんには連絡しなくて大丈夫ですの?

百手

ちゃんと連絡するさ。うちの従業員を連れて行ったツケを払ってもらったらね

秋乃

マスター、ご無事でしょうか?

 不安そうに言う秋乃の横で扉が音を立てて倒れる。百手が蝶つがいを強引に壊したのだ。

百手

さて、いこうか

ジーナ

加減を知りませんわね……

 その勢いのままに中に侵入すると、あちこちから警報機が鳴り響く。

小木曽

面倒なとこっすね

百手

これだけつけていれば、名誉監督も大喜びだろうね

秋乃

人体の熱反応を確認。こちらに来ますね

ジーナ

それじゃ私が少し誘惑してあげますわ

 扉を蹴りつけてぞろぞろと出てきた警備兵の前にジーナが躍り出る。

ジーナ

皆様、そんな野蛮なものは捨てて、私とイイコト、いたしません?

え、いや、俺はロリコンじゃないし

ジーナ

私はロリじゃないー!

 アーマーの上から叩きつけられた上段回し蹴りに、先頭の兵士がきれいに倒れる。

秋乃

おお、師匠。素晴らしい一撃です

百手

はいはい、そこまでね

 放たれた銃弾を触手で払い、百手が次々に警備兵をなぎ倒していく。

ば、化け物だ……

百手

そうなんだよ。すまないね

小木曽

放っておいていいんすか?

百手

僕の粘液はちょっぴり特殊でね。魔力濃度が高すぎるせいか、人が摂り過ぎると痺れちゃうんだよ。鬼頭が来るまでおいていても平気だろう

ジーナ

ちなみにそれも要様には?

百手

そういえば彼、最初に来た日も痺れなかったなぁ。不思議だよ

 狭い廊下を走り、一番奥のリビングらしき部屋の前に辿り着く。

百手

これ、魔力で強化されてるね

小木曽

店長でも開かないんすか?

百手

いや、開くだろうけど、私がやるとこの扉の前に家ごと壊しちゃうかもね

ジーナ

加減できませんの!?

百手

魔法にだけ攻撃を、とかは苦手なんだよ

秋乃

では、物理的に破壊してしまいましょう

百手

でも、これ相当硬いよ、って何それ?

秋乃

対物ライフルです

百手

どこからそんなバカでかいものを

秋乃

禁則事項です

秋乃

少々周囲に被害が出るかもしれませんが、マスターの危機ですので

百手

衝撃波なら私の触手が軽減しよう

 触手で周囲を支えたドアに秋乃が対物ライフルを連続で打ち込む。

 魔力がこもったとはいえ、さすがに耐えかねたのか扉は霧散するように崩れ落ちる。

ジーナ

やりすぎじゃありませんこと?

小木曽

気にせずいきましょう

 四人がリビングに入ると、床に地下へと続く階段を見つける。

小木曽

この下が研究所ってことっすね

秋乃

早く行きましょう

 コンクリートの寒々しい階段を下り、一枚の扉に辿り着く。

ジーナ

このマーク、なんですの?

秋乃

バイオハザード、生物学的危害。感染しやすい病原菌などを扱っていることを示すマークです

小木曽

なら、この中に姫が

ジーナ

そうですわね。要様も

百手

そしてこの中の人物は富良野くんのこともよく知っているらしい

 四人は顔を合わせ、互いに意志を確認する。誰一人として退こうと言う者はない。

百手

それじゃあ行くよ!

 百手が触手を叩きつけて、扉を弾き飛ばす。

小木曽

あの、アウトブレイクが起こるんで、もう少し穏便に

 小木曽の言葉など誰も聞いていないかのように三人が部屋になだれ込んだ。

なんだなんだ。君たちは? 警備兵は何をしている?

百手

それなら上の階でみんな痺れてるよ

ジーナ

私の色気にですわね

秋乃

それは違うと思います

ここは勝手に入ってきていいところじゃない。早く出て行ってくれ

百手

返してくれればすぐに帰るよ

何? 君たちはいったい何者だ?

百手

通りすがりのコンビニ店長さ

コンビニ。ということは彼女の

百手

うちの従業員に手を出した罪、簡単に支払えると思わないでもらいたいね

彼女のことを知っている。貴様も異種族か

秋乃

も?

 くくく、と笑った男がまとった白衣を脱ぎ捨てる。

 人の姿をしていた体が大きく隆起して、肌の色も赤黒く変わっていく。

不老不死、永遠の命を欲するのが、人間だけとは限らないだろう?

 体躯は四メートルほどになり、隆々とした腕はジーナの胴回りを越えている。

ジーナ

あの、店長。この方結構強そうですわよ

百手

そうみたいだね

ジーナ

そうみたいだね、って

百手

名のある魔族と見たけど、いったいどこの子だい? 育ちが悪いね

貴様も口の利き方がなっていないな

百手

それは失礼したね

まぁよい。冥土の土産に教えてやろう。我はこの世界とは別時空、人間と一人の魔族の裏切りによって滅亡させられた魔族の王の子よ

秋乃

語りだしました。録音しておきますか?

ジーナ

ちょっと秋乃は黙ってなさい

しかし、我は決戦の直前、危機を察知して全面戦争となった魔王城から抜け出し、ひっそりと反撃の機会を狙っていたのだ

小木曽

ビビッて逃げただけじゃないっすか?

黙れ、小童!

そして時空を越える術を手にし、この世界で不老不死という技術があることを知った。すでに強大な力をもった我が不死となればすなわち最強! そして、ついに不老不死の原因たるウイルスを持つ少女を手に入れたのだ

百手

ずいぶんと回りくどいことをしてるねぇ、君は

ジーナ

最強と言う割に警備兵あんなに雇っていましたわよ

くっ、何とでも言うがよい。所詮貴様らはここで朽ちる運命なのだからな

 巨躯を揺らして魔王の息子が四人の前に仁王立ちした。一番背の高い百手よりもさらに二倍を超えるほどという巨体。小さなジーナと比べれば三倍でもきかないかもしれない。

秋乃

来ます!

百手

私はどうにも話し合いというのが苦手でね。力づくなら簡単に済んで気楽だよ!

 百手の背から黒い触手が伸びる。

 その場にいる誰もが見たことのない全力。百の腕が全て伸びたその姿は、怒りの業火を背負った不動明王のごとし。

百手

さぁ、始めようか

秋乃

最終決戦ですね!

ジーナ

ちょっとわくわくして言わないの

小木曽

締まらないっすね

 睨み合う魔族二人を置いて、三人はすっかり観客気分で部屋の端に陣取った。

十一話 キャプテン・コンビニエンスストア(後編)

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