小木曽

店長! 高橋さん!

 駆け込んできた小木曽は荒い息を整えもせずに叫んだ。

百手

小木曽くんが走るなんて珍しいね。どうしたんだい?

小木曽

姫が、姫が

と、とにかくまずは落ち着いて

小木曽

落ち着いていられますか!

百手

それで、何があったんだい?

小木曽

姫を探していたら、怪しい男が姫を。車相手じゃどうしようもなくて

まさかさっき話してた研究所の?

百手

それはないだろう。鬼頭が残党は狩ったと言っていたし、研究所の人間なら小木曽くんがわかるだろうしね

それじゃ、単純に女子高生が一人でフラフラしてたからさらった可能性もあるってことですか

百手

それなら心配だね。誘拐犯が

小木曽

何を言ってるんですか!

百手

いやいや冗談だよ。何にせよ富良野さんは簡単には死にはしないさ。彼女が不老不死だと知らないなら当然。知っているのなら尚更ね

どうしてですか?

百手

知っているなら目的は明白だ。不老不死の研究成果はこの世に彼女一人なんだからね

小木曽

じゃあ、ここでゆっくり待ってろとでも?

百手

誰もそんなことは言ってないさ

百手

うちの従業員に手を出したらどうなるか、身をもって味わってもらわないとね……!

 笑みを零しながら呟いた百手を見て、要は自分のことを棚に上げて身震いした。

百手

さて、それじゃ行こうか

小木曽

うっす

あ、ちょっと!

 カップに残っていた紅茶を一気に飲み下して立ち上がった百手を要が引き留める。

百手

高橋くんも来るのかい?

そりゃ、俺だって心配ですし

百手

私がいるとはいえ、一応危険なこともあるかもしれないよ?

そうかもしれないですけど

百手

しれないけど?

まだ俺、仕事サボったこと謝ってもらってないですから

百手

ふむ、そのくらいの心意気の方が変に気負っていなくていいかもしれないね

百手

小木曽くんもその血走った目を落ち着かせないと連れて行ってあげないよ

小木曽

……わかりました

 荒いままの息をようやく落ち着けて小木曽は一度大きく息を吐く。

百手

私だけでもいいけど、仲間外れにするとあの二人が怒っちゃうかな?

小木曽

しかし呼び出す時間が惜しいです

あ、それに関しては大丈夫ですよ

 要はロッカーから自分の携帯を持ってくると、何やらメールを打ち込む。

 訝しがる二人を連れて店先に出ると、猛牛の群れでも出たのかという土煙を上げて何かが近付いてきた。

秋乃

マスター! 呼びましたか? いえ、呼びましたね? 私は呼ばれました! いったいどんなご用でしょうか?

ちょっと人探し、かな? 危険があるかもしれないから

秋乃

了解しました。私の全兵装をもってマスターをお守りします!

店長もいるし、ほどほどで大丈夫かな

 背中から砲身のようなものを突き出した秋乃をなんとか宥める。

俺の知らない武装がまだあるのか……

百手

メール送信から三十秒くらいか。スクランブル発進だね

 百手が感心していると、遅れてまた誰かが走りこんでくる。

ジーナ

要様ー!

あ、よかった。戻ってこれて

ジーナ

お呼びいただけるなんて光栄です! 私に折り入ってお話とはいったいどういったものなのでしょうか?

富良野さん。誰かに連れ去られたみたいだから助けに行こう

ジーナ

へ?

探してくれてたんでしょ? 小木曽さんが車に乗せられたのを見たって

ジーナ

あー、そういった話でしたの。確かに重要ですわね

テンション下がったね

 ジーナの声に少しもゆかりを心配する色はない。さっきまでゆかりを探していたとは思えない口振りだ。

まぁ、思わせぶりに書いたのは否定しないんだけど

ジーナ

あの子ならどこに行っても大丈夫と思っていましたけど、た、確かに心配ですわね

そうだよね。早く迎えに行ってあげようよ

百手

やっぱり彼が一番うちで怖いんじゃないかと思うよ

小木曽

少し、わかります

 店のシャッターを下ろし、コピー紙に手書きで書いた『本日臨時休業』の張り紙をして店を出る。

ジーナ

こんなの貼らなくても潰れたんだと思われるだけですのに

百手

潰れたと思われちゃ困るよ!

秋乃

いっそ新装開店した方が幽霊コンビニの噂もなくなってよいかと思います

百手

それは、確かに

悩まないでくださいよ

小木曽

それじゃ、俺が案内しますんで

小木曽さん、行き先わかるんですか?

小木曽

姫の通った場所はだいたいなら感じ取れるので。早く行きましょう

煙の効果なのかな?

 迷いもせずに歩いていく小木曽に黙ってついていく。他に何かあてがあるわけでもない。

小木曽

こっちです

ちょっと待ってよ

小木曽

急ぎましょう!

百手

まぁ、落ち着いてって

 時々歩く速度が早くなる小木曽を要と百手が諌めながら歩を進めた。

 もう一時間近くは経った頃だろうか。

ねぇ、一応聞いておきたいんだけど

小木曽

なんですか?

 その誘拐犯って車で富良野さんを連れて行ったんだよね?

小木曽

はい

その場所って人間でも徒歩で辿り着けるの?

 小木曽は未知のウイルスに感染しているし、他のメンバーは触手人間に夢魔にロボットだ。要と運動能力に明確な違いがあってもおかしくはない。

小木曽

ここです

辿り着いちゃったよ……

 特別怪しい雰囲気もない。百夜街道を北に進んで新興の集合住宅の中。

 どこを見ても同じような形の家ばかりで初めて来た人間なら簡単に迷えてしまいそうな雰囲気の中、小木曽はその内の一軒を指差した。

あれがそうなの?

小木曽

はい、間違いありません

 ごくり、と要は喉を鳴らす。

 周りにある家となんら家構えは変わらない。これが不老不死を研究しているところという雰囲気はない。

本当にあれなの?

ジーナ

見てください、要様

 ジーナが指差した方向。

『不老不死研究所』って看板立ってるし!

 ボロボロの木材を合わせたような板に黒ペンキの書き殴りで書かれた『不老不死研究所』の文字。

なんでこれで怪しまれないんだろう?

ジーナ

こんなものあってもセンスのない冗談にしか見えませんわ

確かに真面目に信じる人なんていないか

 そう言って、呆れかえった要の服を秋乃が小さく引っ張った。

秋乃

マスター。あの研究所ではいったいどんな怪しげな研究が行われているのでしょか? 私、気になります!

信じちゃってるよ!

百手

とにかくあの中に富良野くんがいるのなら突撃してみるかい?

それはいきなり過ぎますよ。こっちの勘違いかもしれないのに

小木曽

じゃあどうするんすか?

俺が様子見てくるよ。一応秋乃さんもついてきてくれるかな?

秋乃

はい、マスターの命をお守りします!

そんな大仰じゃなくていいから

百手

見つからないように気をつけてね

 曲がり角に身を隠した三人を確認して、要と秋乃は研究所の入り口に近付いてみる。変な看板を除けばやはり普通の民家だが、どの窓もきっちり黒いカーテンで覆われていて中を見ることは出来ない。

うーん。中がわからないと判断がつかないな。どうしよう?

 考え込んだ要の横で軽快な呼び鈴の音が響く。

ちょっ、何で押したの!?

秋乃

人の家を訪ねるときはこうするとデータにありましたので

今はそんなことしなくていいんだってば!

秋乃

今、そんなこと?

あぁ、考え込んじゃった!

 データと違う事実を突きつけられて秋乃は頭の中のデータベースを整理するために要の言葉を何度も復唱し始める。

百手

いけない!

 それに気付いた百手が素早く秋乃の体に触手を巻きつけて回収した。

店長、いい判断です!

 秋乃の体がすっかり角に隠れたところで呼び鈴に答えるように玄関の扉が開いた。

なんだね? 新聞の勧誘なら間に合っているよ

あ、いえそういう営業じゃないんですが

 やせこけた頬が印象的な背の高い男だった。歳は三十を過ぎた頃だろうか。若さが磨り減って顔にしわが見えてきている。

友達を探していまして、金髪の高校生くらいの女の子なんですけど

ほう。心当たりがあるな。ちょっと来てはくれんかね

中にいるんですか?

あぁ、ずいぶんと落ち込んでいたので話を聞いていたんだ

そ、そうですか

君もうちに招待しようじゃないか

 そう言うと、男はポケットの中からハンカチを取り出して要の口元に当てる。

 すぐに要は瞳を閉じてがくりとその場に倒れこんだ。

ふむ。不老不死の娘に友人とは。まぁいい。この男も使わせてもらおう

 肩を貸すように要を抱えた男はそのまま真っ暗な廊下を進んで中へと消えた。

十一話 キャプテン・コンビニエンスストア(前編)

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