相手はあの稀代の怪盗ソルシエールとはいえ、それでも放課後に女の子に手紙で呼び出されたという状況を前に、僕は少なからずそわそわとしながら放課後までの時間を過ごしていた。

そんな僕の様子に目敏く気付いた奈緒が、訝しむように僕に訊ねてきた。

奈緒

先生……
なんか朝からずっとそわそわしてますけど……
何か心配事ですか?

正太郎

うぇっ!?
そわそわしてた!?

とりあえず恍けて誤魔化そうとしたけど、奈緒に大きく頷かれてしまった。

奈緒

この間の部室でのポーカーのときも言いましたけど、先生は隠し事が苦手みたいですからね……
何か心配事を抱えているような、そんな様子がはっきりと伝わってきました

奈緒

で……
ぶっちゃけどうしたんです?
この間の中間テストで赤点でも取っちゃいました?

正太郎

ああ……いや、そういうわけじゃないんだ……
テストは普通に平均点を取ってたよ……

じゃあ一体何が?と首を傾げる奈緒に、僕はどう誤魔化したものか、と必死に考える。

正直なことを言えば、奈緒にはソルシエールの正体を話してもいいのかもしれない。
相手は怪盗という、いわば犯罪者なのだし、僕に彼女を庇う理由はないのだから。

ただ……何となく、それを口にすることが躊躇われたのだ。
それが何故なのかは分からない。
ソルシエールと交わした――一方的に約束させられたといっても言い――約束を守らなければ、と思ったのかもしれないし、はたまたファーストキスを奪われた――あるいは奪ってしまった負い目と言うか責任と言うか、そういった、ちょっとした恋慕に似た何かがあったのかもしれない。

真実はどうあれ、まだ話さないと決めた僕は、とりあえず目の前の好奇心丸出しの少女を誤魔化すことにした。

正太郎

別に大したことじゃないよ……
ただ……僕個人宛にちょっと依頼を受けてしまったものだから、それをどうしようかなって思ってたんだ……

ソルシエールは、僕に助力を求めてきたのだから、これは嘘と言うわけではない。
が、この言い訳はちょっと失敗だったかもしれない。
現に、依頼と聞いて、奈緒が目を輝かせてしまったのだから。

奈緒

依頼ってどんな事件ですか!?
私も手伝います!
いえ、手伝わせてください!!

興奮した様子で顔を近づけてくる奈緒を引き剥がしながら、僕は慌てて言葉を並べ立てる。

正太郎

ちょ……ちょっと待って!
これは依頼してきた人が僕個人に当てたものだから!
それに……いつも奈緒たちには手伝ってもらってばかり(というか事件のほとんどを奈緒たちが解決している)だし、たまには僕一人でやってみようかなって……

ちょっと苦しいかな?と内心で焦っていると、どうやら奈緒は納得してくれたらしく、肩を落としながら項垂れた。

奈緒

まぁ……
そういうことならば、仕方ないです……
今回の一件はすべて先生にお任せします……

そういいながら、すごすごと引き下がっていく奈緒を見て、僕はこっそりと胸を撫で下ろした。
けれど、僕は知らなかった。
僕に背を向けた奈緒が、にやりとした笑みを浮かべていたことを。
そして、後でこのときにもっと奈緒をしっかり説得していれば、と後悔する事になることを。

そんな後日の後悔はさておいて、その日の放課後。
僕がゆっくりと屋上へ続く扉を開けると、そこには果たして、目的の人物がいた。

フェンス越しに街の景観を物憂げに眺めるその姿は、警察を前にしてもまったく動じず、大胆不敵に獲物を奪っていく大怪盗ソルシエールとは想像も付かないほどかけ離れていて、どちらかと言うと深窓の令嬢という言葉が似合いそうだ。

そんなことを考えていると、目的の人物――怪盗ソルシエールがゆっくりと僕を振り返った。

ソルシエール

やぁ、よく来てくれたね
待っていたよ

正太郎

ソルシエール……

ソルシエール

おいおい、この場でその名前はよしてくれないかな?
今のボクは大胆不敵な大怪盗ソルシエールではなく、ただの女子高生の大久保ルルなのだから……

正太郎

分かりました……
大久保さん……

ルル

本当は下の名前で呼んで欲しいのだけれど、今はまぁ、それでよしとしようか

満足げに頷いて、ソルシエール――大久保さんはフェンスから離れ、ゆっくりと僕に近寄ってきたので、早速僕は彼女からの手紙を取り出して本題を訊ねる。

正太郎

それで……?
僕に力を貸してほしいことって一体なんですか?
泥棒の手伝いなら断りますよ?

そういうと、大久保さんはきょとんと首をかしげた。

ルル

あれ?
キミまもしかして知らないのかい?

正太郎

……?
知らないって何がですか?

ルル

これのことだよ

そういって彼女が見せてきたのは、一枚の新聞の切抜きで、大きな見出しと共にこう書かれていた。

怪盗ソルシエール
今度は人の命を奪う!

先日、博物館から世界最大のブルーダイヤモンドを盗み損ねた怪盗ソルシエールが、今度は人の命を奪ったことが判明した。
事件があったのは、三日前の夜半過ぎ。
とある宝石店に押し入ったソルシエールは、そこで店員と揉め事に発展し、その店員を刺し殺し、ついでに店の宝石を根こそぎ奪っていった。
なお、犯行後に「宝石は全て頂いた」との書置きが残されていたという。

記事を読み終わった僕が新聞から顔を上げると、そこには困った顔をした大久保さんがいた。

ルル

失礼だと思わないかい?
ボクはこれでも怪盗として、誇りとプライドを持っている
いくらなんでも、ボクは絶対に人殺しなんてしないし、盗むのもターゲットにしたものだけだ
チンケな宝石店に押し入って、人を殺して根こそぎ宝石を奪うだなんて品性の欠片もないことは絶対にしないよ……

ルル

まぁ、そこはいつもボクとやりあってるあの吉川刑事はよく分かってるみたいだけどね……

あ、あの刑事さんは吉川って名前なんだ……。
そんな僕の場違いな感想はともかくとして、大久保さんは嘆息しながら、今回の「依頼」を話してきた。

ルル

とまぁ、そういうわけでボクは絶対に人を殺さないのだ……
つまり、この新聞の記事は完全にボクに濡れ衣を着せた事件だということ……
ただ、いくらボクが名乗り出て、この犯行はボクではないと言葉を尽くしたところで、警察の彼らが信じてくれるとは思わない
それに、ボクにこんな汚い真似をしてケンカを売って来たんだ
ぜひとも、真犯人を捕まえて警察に突き出してやろう、そう思ったんだ……

ルル

けど、生憎ボク一人じゃ手に負えそうになくてね……
警察の捜査は完全にボクが犯人だという前提で動いてるから信用できないし……

ルル

とまぁ、そういうわけでキミに白羽の矢が立ったというわけだ

ルル

どうだい?
ボクに力を貸してくれないだろうか?
報酬だったらたくさん用意するから!

この通り!と深く頭を下げる彼女を前に、僕は考える。

泥棒である大久保さんの言葉を信用できるかどうかはともかく、確かに彼女は人を殺すようには見えないし、あの博物館での事件でも、周りにたくさん宝石はあったのに、ブルーダイヤモンド「ネレイドの涙」しか狙わなかった。
それに、確かにこのやり方はあまりにも酷いと思う。
濡れ衣で人に罪を被せるのは許されないことだ。

正太郎

……分かった……
どこまで力になれるか分からないけど、その依頼を引き受けます

僕がそういうと、大久保さんの顔が一気に華やいだ。

ルル

本当かい!?
ありがとう!!
恩に着るよ!!

嬉しそうに笑い、思いっきり抱きついてきた大久保さんに、僕は狼狽するしかなかった。

File16 容疑者ソルシエール 依頼編

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