???

~♪

 とある企業の一角。
 上機嫌な女性が、パソコンをいじっている。

橘 慎吾

ん。

橘 慎吾

おい。平森。

???

あれ、先輩。
いつからそこに居たんスか?

 彼女は平森 愛乃(ひらもり よしの)

 今年入社した新人で、橘の部下として働いている。

橘 慎吾

今だよ。
ていうかお前、何やってんだ。

平森 愛乃

何って……。

 パソコンの画面には、ブラウザが1つ立ち上がっている。

 ブラウザに表示されているのは、明らかにゲームの1コマだった。

平森 愛乃

知らないんスか? 最近流行りのブラウザゲームッス。

平森 愛乃

この業界は移り変わりが激しいッス。
ちゃんと流行りのものは見ておかないと、取り残されちゃうッスよ?

橘 慎吾

もっともらしいことを言うな。
会社でするなと言ってるんだ。

平森 愛乃

でも、今は休憩時間ッスよ?

 平森が言う通り、現在の時刻は12時半を少し過ぎたところ。お昼休みの真っ只中だった。

橘 慎吾

む……。それもそうか……。

橘 慎吾

いや、駄目だろ。
変なウイルスでも引っ掛けたらどうすんだ。

平森 愛乃

安心して欲しいッス。このマシンは自前ッスから。

橘 慎吾

お前それ、社内のネットワークには繋いでないだろうな?

平森 愛乃

勿論ッス。

平森 愛乃

大体、そんなことしたら先輩へ筒抜けになってるはずッス。

橘 慎吾

まぁ、そりゃそうだ。

平森 愛乃

それに、ただ遊んでるだけじゃないんスよ。
一応、会社の広報を任されてる身ッスから、その辺のネタ集めも兼ねてるッス。

 平森は開発の傍ら、会社のSNSアカウントの管理も担当している。妙に評判が良く、一定の成績を出しているのは事実なので、彼もそれ以上は何も言えなくなってしまった。

橘 慎吾

そういうことならいい。

橘 慎吾

ただ、お前PCの持ち込み申請出してないだろ? 理由はわかったから、ちゃんと申請は出せよ。

平森 愛乃

あっ。

 平森は机の中から1枚の紙切れを取り出すと、バツが悪そうに橘へ差し出した。

橘 慎吾

次からは、先に出すようにな。

平森 愛乃

すみません……。

橘 慎吾

もういいよ。

それにしても。

 橘はゲーム画面を見つめた。

橘 慎吾

この業界も随分と進んだもんだ。
今はブラウザだけで、この程度のグラフィックが出せるんだからな。

平森 愛乃

本当ッスよね。
これでインストール不要っていうんだから恐ろしいもんッス。

- クライアントゲームとブラウザゲーム -

 現在主流なネットゲームには、クライアントゲームとブラウザゲームとの2種類がある。
 クライアントゲームはゲームのクライアント(ソフト)をパソコンにインストールする必要がある一方、ブラウザゲームはその必要がない。
 その分、質ではクライアントゲームが勝るが、手軽さではブラウザゲームに分がある。

 ブラウザが使える環境であれば大抵は動作するため、学校や職場でもプレイが可能。
 しかし、確実にネットワークの管理者にはバレている。やめよう。

平森 愛乃

流石に今のクライアントゲームには負けるッスけど、一昔のやつになら引けをとらないどころか、勝っちゃいそうッスね。

橘 慎吾

俺がやってたゲームなんてまさにそうだな。
多分、こっちの方がグラフィック綺麗だ。

平森 愛乃

へぇ、先輩もネットゲームやるんスね。
あんまりそういう話しないもんだから、やってないんだと思ってたッス。

橘 慎吾

その通りだよ。
やってたのは昔の話だ。もう何年もな。

当時プレイしてたゲームがサービス終了して、それ以来はやっていない。

平森 愛乃

甘いッスね。
サービス終了まで含めてネットゲームッス。
その程度で心が折れているようじゃ、この世界では生きていけないッスよ?

橘 慎吾

そうかい。

平森 愛乃

大体、サービス終了したら次のネトゲに移るのが私達の性ッス。
先輩の周りもそうだったんじゃなかったんスか? 着いて行かなかったんです?

橘 慎吾

いや、実はな。
仕事で忙しい時期にサービスが終了しちまって、皆とは音信不通なんだよ。

平森 愛乃

うっわ……。
それはキツいッス。

橘 慎吾

当時は今ほどSNSも普及してなかったからな。せめて連絡先ぐらいは聞いておくんだったと思ったが、後の祭りだ。

平森 愛乃

私も結構な数のゲームしてきたッスから、先輩の気持ち分かるッス。
結構仲良かったのに、もう会えない友達も沢山居るッス。元気にしてるといいんスけど。

平森 愛乃

ところで、そのゲームのタイトルはなんていうんスか?

橘 慎吾

確か――

平森 愛乃

――あー、あれッスか。
あのゲームは面白かったッスね。

橘 慎吾

なんだ、お前もやってたのか?

平森 愛乃

そりゃもう、私がプレイしてないネットゲームなんて存在しないッス。

平森 愛乃

でも、それは特に面白かったッス。一番のお気に入りだったッスね。
人の少なさがネックだったッスけど。

橘 慎吾

もっと人が居れば、あのゲームももう少し続いてたのかもな。

平森 愛乃

そうッスねぇ……、私もなんとか人を増やそうと、勝手に色々やってたんスけど、やっぱり1プレイヤー程度じゃ何にもできなかったッス。

橘 慎吾

まぁ、もう昔の話さ。
終わったゲームの話をしても仕方ない。俺達は俺達で、もっといいゲームを作れるようにしないとな。

平森 愛乃

それは勿論ッス……けど、やっぱりそのゲーム、もう1度やってみたいとは思わないッスか?

橘 慎吾

話聞いてたか? 終わったんだから、もうどうしようもないだろ。

平森 愛乃

別れがあるなら、また会うことだってあるッス。それはゲームだって例外じゃ無いんスよ。

 そう言って、平森はパソコンを操作し始めた。
 ゲームを開いていたブラウザを切り替え、何やら検索している。その中から1つ動画を選択し、橘に画面を向ける。

平森 愛乃

これを見て欲しいッス。

橘 慎吾

これは、あのゲームのムービーか?
でも、ちょっと綺麗になってるな。

平森 愛乃

これ、最近始まったゲームの宣伝動画なんスよ。
あのゲームを買い取って、再度サービスを開始した会社があるんス。

橘 慎吾

そんな話、聞いたこと無いぞ、どこの会社だ?

平森 愛乃

最近出来たとこッスから、知らないのも無理はないかも知れないッスね。
なんでも、社会に出てすぐ起業したとか。かっこいいッス。

平森 愛乃

それはさておき。
私は勿論やるつもりッスけど、先輩はどうします?

橘 慎吾

俺は、そうだな……。

橘 慎吾

そうだな、俺もまたやろうと思う。

平森 愛乃

じゃあ、一緒にやりましょうよ。

平森 愛乃

先輩、職は何使ってたんスか? 先輩の職に合わせるッス。

橘 慎吾

俺は戦士を使っていたな。
でもいいのか? 自分が使いたいやつ使ったほうがいいんじゃないのか。

平森 愛乃

私は全職やってたんで問題無いッス。

平森 愛乃

それじゃ、ゲーム内で会いましょう。

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