気がついた事がある。
先日交わした高島くんとの約束。
もしかしたらデートと名のつくものではないのか。花にあんな話をされてから、少し高島くんを意識してしまう自分がいる。当然だけど高島くんは何も変わらないいい人で、私だけが意識していてすごく恥ずかしい。
それでも好きな人、と言われると明の顔が浮かぶ。自分でも自分がよくわからない。
そんなデート(仮)が遂に翌日に控えている朝。珍しく登校中の明にあった。

おはよう、明。

ん。


相変わらず会話はない。少し空気を重く感じる。私はなぜだか緊張しているらしい。
しばらく二人で並んだまま歩く。
すると明が息を吸った。

灯。


久しぶりに名前を呼ばれた気がした。
意外に声はしっかりしている。

...どしたの。

来週の土曜、ばあちゃんたち出かけるらしい。一日、そっちにお世話になってもいい?


抑揚のない、けれどしっかりと通る声。
何故か胸がきゅっとなる。

いいよ。久しぶりに一緒にご飯食べよ?


私の声は、なぜだか自然に明るかった。
こくっと頷く明。
二人はまた無言で歩く。けれど、さっきの緊張はなくなっていた。意外と単純なのかも、私。

灯はさ。


また明が口を開く。
今朝は珍しくよくしゃべる。

サッカー部、楽しい?


部活のことを口にするなんて。
やっぱり興味があるのかな?明に何があったかは知らないけれど、それは喜ばしいことに違いなかった。

楽しいよ!面白い人も、優しい人もたくさんいるし。


高島くんや花や赤坂くん。
明がサッカーを始めても仲良くしてくれそうな人がたくさんいる。

そっか。


声の調子や表情は相変わらず何も変わらない。
けれど、私は少し微笑んでくれた、そんな気がした。

あの高島って人、灯の彼氏?

もー、やめてよ明まで。そんなんじゃないよ、私と高島くんは。


なんだかすごく嬉しい。そういう事、気にしてくれるんだ。
昔の明がもうすぐ戻ってくるかもしれない。

明、今日はよく話すね。どうしたの?

特に何もない。ただ、今灯は幸せなのか、知りたくなった。

うーんまだ幸せではない、かなあ。明が元に戻ってくれるまで、私は幸せじゃないよ。


明がこっちを向く。同時に少し冷たい風が吹く。明の長い前髪がなびいて少し見開いた黒い瞳が見える。久々にみた明の顔は綺麗に整っていて少し驚いた。
背、高いな。睫毛長いな。

…ごめん。


正面に向き直した明が小さく言った。

大丈夫。ずっと待ってるから。

その言葉に、返事はなかった。

部活後、私と花は部活の片付けをしていた。

灯、なんか今日機嫌いいね。

あ、わかる?

あれか、白沢が喋るようになったから、かな?

朝の会話の後、明は教室でも少し話すようになった。
相変わらず抑揚のない声だけど、「うん」と「すみません」しか喋らななかった昨日までに比べたら、大きな変化だ。

正解。もうすぐ昔の明が戻ってくるかもしれないし。なんか未来は明るいって感じ。

良かったね、灯。

うんっ!


いつになったっていい。明が戻ってくる未来があるなら、それだけで今の私は嬉しい。

高島くん

一ノ瀬!


小走りで高島くんがこちらに来る。

どしたの、高島くん。

高島くん

よかった。まだ帰ってなかった。明日、買い物行くだろ?場所とか全然決めてないし、なんだったら帰りながら決めない?


高島くんがにこっと笑う。
瞬間顔が真っ赤になる。夕焼けのおかげできっと二人にはわからない。

う、うん!じゃあ急いで準備するね!

高島くん

ゆっくりでいいよ。俺、待ってるから。


私は高島くんにお礼をいい、にやつく花を連れて更衣室に走った。

ちょっとあかりぃ、明日ってなーに?私に黙ってなーに進展してるのー?


にやにやしている花が壁ドンしてくる。
怖いよう。花が怖いよう。

が、合宿に持っていくものを...明日二人で揃えに...買いに行こうって話に、なってて...ですね。


自分で言いながらやっぱりデートだよなあ、と再確認する。

ふーん、それっていわゆるデートってやつじゃなくて?

やっぱり...そうなるよね...。


私はうつむいた。ほっぺたが熱くなるのがなんだか恥ずかしかった。

やっぱり?灯、デートだってわかってて行くって行ったの?


花が私を覗き込みながらきく。顔が近いよ、花!

違うよ!流れで、いいよーって言ったはいいんだけど、後から気づいたっていうか...。

じゃあさっきの一緒に帰る約束も、流れで?

はっ!!


今気づいた。なんか二人で帰る約束もしてる!!高島くんと恋人みたいになっちゃってる!!

どーしよ花ぁ!私、明以外の男の子と二人きりで出かけたことも一緒に帰ったこともないよ!!何着よう!何話そう!


急に不安になった。

はぁ...。高島もうまいことやったねえ。今日の帰りはまあ、いつも通りやんなさい。きっと大丈夫だから。明日の服は。


花がずずいっと顔を近づけてくる。

夜電話するから。一緒に決めてあげるわ。


そう言ってにこっと笑う花にずきゅんときた。神様仏様花香様!私はきっとこの親友を一生好きでいるだろう。

遅くなってごめん!なんか...花に捕まって。


部活用のジャージから制服に着替えた私は、校門で待っている高島くんのもとへ走った。

高島くん

あはは。俺もさっき背中思いっきり叩かれた。


笑顔で待っててくれた高島くんになんだか自然と笑みが溢れる。

もー、花ったら高島くんにまで。花に叩かれると結構痛いよね。

高島くん

割とね。でさ、明日なんだけど。


更衣室での感情はどこか行ったみたいに高島くんと話すことに緊張もせず、私は笑顔で話していた。
明日の事はさくさくと決まり、私達は他愛のない話を繰り広げていた。

高島くん

一ノ瀬ってさ、住んでるのどの辺?

古味駅から歩いて10分くらいのとこ、かな。狛公園の近くだよ。

高島くん

あー、あの辺かあ。古味駅だったら定期券内だし、送ってくよ。

そんなの悪いよ。時間だって遅くないから、大丈夫。むしろ高島くんが遅くなっちゃうし。

高島くん

俺の事は心配しなくていいって。俺が、一ノ瀬ともっと話してたいの。


息を飲む。柔らかい声に、心臓がぎゅっとなった気がして、急に顔が赤くなる。そんなことを言われたことが、今まであっただろうか。

あり、がと...。じゃあ、お言葉に甘えて。


心なしか声が小さくなる。

高島くん

あれ?どうかした?


高島くんが顔を覗き込んでくる。真っ赤に火照っている顔を見られたくない。私はうつむいて

な、何でもないよ!高島くんは...どこ、住んでるの?


早口にまくし立てて話題を逸らした。
俺はねー、とにこにこ話す高島くんの横顔をちらっとみる。
ああ、やっぱりこの人はいい人だ。
こんな私に、話していたいだなんて言ってくれる。
花も、赤坂くんも、高島くんも。
私は優しい人たちに囲まれている。もし明が戻ってこなくても、私にはこの人達がいれば生きていける。そんな気さえしていた。

灯と炎.3 ハナシとキブン

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