現実逃避っていうか、
現実に戻りたい……
現実逃避っていうか、
現実に戻りたい……
嫌なこと思い出しちゃったな……。
天叢雲剣……。
あの時は、まだ、勝敗が完全に決まっていたわけではなかった。
ボクが平家にいたなら、
海に飛び込むなんて、
しなかっただろう。
そんなこと……、仇を前にして、それを倒さずに死を選ぶなんて、ありえなかった……。
きっと、最期まで、敵に刃を向けていただろう。
無駄と言われようとも……。
それが、皆の望んでいたことで、
そのためにいろいろな人が
命がけで戦っていた……。
だから、あんなことになるなんて、思わなかった。
平家一門が、自ら死を選ぶなんて……。
確かに、戦うことに疲れていた。
早く終わりにしたかった。
そして、間もなく、戦は終わるだろうという雰囲気になっていて、だから、他の人は怒るかもしれないけど、直接交渉をしようと思った。
平家の滅亡は、
唐突に訪れた感じがした。
あの時、平家の人たちが諦めずに生きて生きて、源氏を倒そうとしていたのなら、もっともっと多くの命が失われただろう。
きっと、
兄上はそれがおわかりだったのだ。
兄上は平家の生き残った者にも、処刑を命じた。
義経は彼らの助命を請うたが、兄上は会っても下さらなかった。
天叢雲剣さえあれば、
宗盛さんたちを助けられたかもしれなかったのに。
天叢雲剣を、
見つけてさえいれば……
当時、義経はそう思っていた。
でも、見つけていても、何も変わらなかったのかもしれない。
兄上の判断で
源平合戦は終わった。
もし、ボクが、兄上の立場だったら、宗盛さんたちを助け、まだまだ、戦は続いていたかもしれない。
清盛様が、ボクたちを助けてしまったことによって、その30年後に平家が滅んでしまったように、平家が残って源氏が滅んだかもしれない。
兄上が取ったのは、
戦を終わらせる
方法のひとつ……
歯向かうものは、容赦なく殺す。
敵が戦う気力を失うまで、殺し続ける。
もし、平家一門が壇ノ浦で諦めていなければ、もっともっと悲惨な戦いがあったかもしれない。
ボクは兄上が間違っていたと
思わない。
清盛様や天狗さん、
ボクとも違う考え方だったけど……
それで
戦は終わったんだ
もう、
人を殺さなくてもいいんだ……。
口にはしなかったが、そう思った。
命を狙われることもなくなるんだ……。
皆が死ぬことも
なくなる……。
気持ちが軽くなった。
憎い相手がいなくなれば、
「よかった」って、
思っちゃうんだ。
命の尊さなんて……
キレイごとだよ……。
結局、
弱肉強食なんだ。
ボクはそうであってはならないと思う。
でも、きっと、兄上も……
ホントは一番……
そう思ってたんじゃ
ないかな……。
言葉についた記憶というのか、最悪な気分になっていた。
天叢雲剣は、ボクにとって嫌なことを思い出すのに十分な代物だった。
見つからなかったのは、平家の人たちを殺しちゃった罰だったのかもしれない……。
こうなると、しばらく最悪な気分のまま過ごすことになる……。
父さんも帰ってこないし、どうやって戻ればいいかもわからないし
ここから出られないかも……。
ボクなんて、このまま地底に閉じ込められてた方がいいのかも……。
義経だって、ホントは
ダメだったんじゃないの?
天狗さんに
「人殺しはいけない」
って言われてたのに……。
人を殺した後、天狗さんたちとは連絡が取れなくなった。
「人を殺すために剣術を教わるのではない」
天狗さんに、そう言われていた……。
今、ボクは義経じゃない。
だから、思い出すこともできるけど……。
当時はとても辛かった。
八百年たとうと、忘れることができない。
生まれ変わっても、忘れられない。
その時の義経の気持ちに同調して、どうしたらいいのかわからなくなることがある……。
ボクは義経じゃない。
経次郎なんだ。
ボクは誰も殺してはいないんだ。
自分にそう言い聞かせる。
でも、静や弁慶たち、そして、兄上のことを思い出すと、この記憶もついてくる。
まるで、幸せになってはいけないんだと、言われているかのように……。
忘れてはいけないんだ……。
ずっと背負っていかなければいけない。
それだけのことを、してしまっているんだ……。
急にポケットの携帯が震えた。
え?何?
はっとして、我に返った。
携帯を出すと、アンテナが立っていて、メールを受信していた。
メール?
開けてみると、電源を切っていた間のメールだった。
それが山のように届いていた。
翔さんに会ったから、
電源切るの忘れてた……。
電池が消耗すると後で困るから切っていたんだけど、明かりがなくて入れた時、切っていなかった。
あらら……。
静香からだ……。
コミュニケーションアプリにも、静香の名前があった。
こっちの番号、
教えたっけ?
ヘリ来てたし慌ててたから、たまたま手元にあった古い方の携帯で、よく覚えてた番号を送ったはず……。
会った時でいいって思ってたから教えてなかったのに。
静香のメッセージ。
聡士が教えてくれたから、
こっちから送ります。
なんで聡士?
同じクラスだから、
会ってはいるんだろうけど……。
個人情報だけど、静香なら教えるのは構わないが……。
ちょっと、ってかすごく
イラっとした。
女にもてなくなるぞ
と言っていた、兄を思い出した。
……。
見てないのかな?
メールも送ってみたんだけど……。
それを読んで、古い携帯を出し、電源を入れてみる。
あらら……。
静香からの着信やメールがいっぱい着た……。
保存しとこう。
そう思って、ざっと目を通して古い携帯の電源を切ろうとした。
あれ?
聡士から?
聡士から、古い携帯と新しい携帯の両方に、同じメールが着ていた。
早く戻ってこい。
無理なら、静香に連絡入れろよ。
う~ん。
入れたいのは山々なんだけど……。
これ、読んでからにしよう。
返信とか考えなきゃ。
そう思って、古い携帯の電源を切り、新しい携帯を読み進める。
ん?
見たことがないアドレス。
登録もしていないらしく、名前が表示されていない。
題名を見て、首を傾げる。
「柚葉です。」
え?
なんで?
聡士先輩の携帯、勝手に見ちゃいました。先輩には黙っててください。
面倒くさいな……。
聡士先輩にはくぎ刺しておきますんでご安心を。無事のお帰りをお待ちしています。
なるほど、柚葉ちゃんとは利害の一致ってヤツか。心強いかも……。
万が一のために登録した。
ついでに
「よろしくお願いします」と返信した。
あれ?
もう一個、不明のアドレス。
こっちは瑞穂からだった。
静香と付き合うことになったんだって?あんまり待たせるんじゃないわよ。面倒なことになるんだからね。
なんか、
えらいことになってる?
そして、静香からのメールがあった。
飾り気のない、初めましてのメール。
静香っぽい……。
思わず笑みがこぼれた。
日付を見ると、だいたい一日一回のペースで何かしら送られてきていた。
メールは初めの方だけで、あとはアプリに入っていた。
元気、なのかな?
ニュースとかにもなってないから、無事だよね。
心配、かけちゃったんだな……。
しばらく、そういう心温まるメールが続いた。
面と向かってはボロクソ言うけど、文字になると、とっても優しいんだよな。
昔からそうだった。
ツンデレ最高だよね。
もうすぐ5月なんだけど。
アンタの顔、忘れちゃったわよ。
ごめんね。
いま、どこにいるのかな?
そろそろ我慢も限界。
あれ?
なんか、背筋に冷たいものが……。
どこでなにしとんじゃ。
早く帰ってこ~い。
はやく帰れ。
じゃないと別れる。
………………。
どあほうが
だんだんと、怒りの加減が増しているように感じた……。
来てるな、コレ……。
兄ちゃんが言ってたことが現実になりそうだ……。
ケケケケ。ざまあ。
兄のあざ笑う顔が浮かんだ。
でも、気持ちが軽くなっていた。
静香……。
会いたい……。
しゃべったのは最近だけど、小学5年のころから毎日のように見ていたから……
キミの姿を見ないと、
不安だよ……。
翔さん、ここって、
携帯、使えるんですか?
キミの声が聞きたい。
たまに使えるよ。
あっちにアンテナあるから。
アンテナ?
ネットもできるし。
すごいですね。
地底生活、
なめんじゃねえぞ。
声しかわからないけど、翔さんがとっても誇らしげだ……。
携帯が鳴って、静香の名前が見えた。
まさか、既読がついて、
すぐにかけてきた?
電池の残りを気にしつつ出た。
もしもし?
今、どこにいるのよ。
彼女だった。
地下迷路。オリハルコンの発掘場所には着いたんだ。
怒られるとは思ったけど、それよりも静香の声が聞けて嬉しかった。
ホントにホントに、
嬉しかった。
じゃ、用は済んだわね。
早く帰って来なさいよ。
無理かも。地底ずっと歩いてたし、すぐには帰れないよ。
すぐに帰ってこなかったら、
ただじゃおかないんだから。
今、どこにいるか、
わからないんだ。
はぁ?
父さんともはぐれちゃったし。
あれ?
音が消えた。
静香。静香。
プー プー プー
切れちゃったか……。
アンテナは圏外になっていた。
翔さん。
アンテナってどこにあるんですか?
あっち。
ちょっと離れてるよ。
連れて行ってもらえますか?
いいけど、海爾さんを待ってなきゃ。
父なら放っといても大丈夫です。
でも、ここ、けっこう迷路になってるし、心配じゃないの?
こっちの方が、
まずいんです。
なにが?
彼女、怒るとおっかないんです。
早く電話しないと……。
…………。
じゃ、こっちだよ。
ありがとうございます。
でも、海爾さん……。
腐っても海尊です。
自分でなんとかするでしょう。
……キミがそう言うんなら。
翔さんはしぶしぶ洞窟の奥へと歩き出した。
……。
慶子もついてきたから、手を握って歩く。
静香……。
彼女の声を聞いただけで、それまでの鬱屈とした気持ちがなくなっていた。
昔からそうだった……。
彼女には、魔を払う力でもあるんじゃないかと思う。
落ち込んだり、もうダメだと思っても、彼女がいるとそれがなくなる。
彼女に何か言われると、不思議と頑張ろうという気持ちになれた。
ののしられまくるから
かもしれないけど。
静御前と別れた後は、そんな気持ちもなくなってしまった。
ボクには彼女が必要だけど、
彼女はどうなんだろう。
ふと、スマホ画面が目に入る。
ふざっけんな。
このドアホが!
という文字が見えて、少し、吹き出してしまった。
キミが幸せになるために
ボクは必要なのか?