現実逃避っていうか、
現実に戻りたい……

経次郎

嫌なこと思い出しちゃったな……。

経次郎

天叢雲剣……。

あの時は、まだ、勝敗が完全に決まっていたわけではなかった。

経次郎

ボクが平家にいたなら、
海に飛び込むなんて、
しなかっただろう。

そんなこと……、仇を前にして、それを倒さずに死を選ぶなんて、ありえなかった……。

きっと、最期まで、敵に刃を向けていただろう。
無駄と言われようとも……。

経次郎

それが、皆の望んでいたことで、
そのためにいろいろな人が
命がけで戦っていた……。

だから、あんなことになるなんて、思わなかった。
平家一門が、自ら死を選ぶなんて……。

確かに、戦うことに疲れていた。
早く終わりにしたかった。

そして、間もなく、戦は終わるだろうという雰囲気になっていて、だから、他の人は怒るかもしれないけど、直接交渉をしようと思った。

平家の滅亡は、
唐突に訪れた感じがした。

あの時、平家の人たちが諦めずに生きて生きて、源氏を倒そうとしていたのなら、もっともっと多くの命が失われただろう。

経次郎

きっと、
兄上はそれがおわかりだったのだ。

兄上は平家の生き残った者にも、処刑を命じた。

義経は彼らの助命を請うたが、兄上は会っても下さらなかった。

義経

天叢雲剣さえあれば、
宗盛さんたちを助けられたかもしれなかったのに。

義経

天叢雲剣を、
見つけてさえいれば……

当時、義経はそう思っていた。


でも、見つけていても、何も変わらなかったのかもしれない。

兄上の判断で
源平合戦は終わった。

もし、ボクが、兄上の立場だったら、宗盛さんたちを助け、まだまだ、戦は続いていたかもしれない。

清盛様が、ボクたちを助けてしまったことによって、その30年後に平家が滅んでしまったように、平家が残って源氏が滅んだかもしれない。

経次郎

兄上が取ったのは、
戦を終わらせる
方法のひとつ……

歯向かうものは、容赦なく殺す。
敵が戦う気力を失うまで、殺し続ける。

もし、平家一門が壇ノ浦で諦めていなければ、もっともっと悲惨な戦いがあったかもしれない。

経次郎

ボクは兄上が間違っていたと
思わない。

清盛様や天狗さん、
ボクとも違う考え方だったけど……

経次郎

それで
戦は終わったんだ

義経

もう、
人を殺さなくてもいいんだ……。

口にはしなかったが、そう思った。

義経

命を狙われることもなくなるんだ……。

義経

皆が死ぬことも
なくなる……。

気持ちが軽くなった。

経次郎

憎い相手がいなくなれば、
「よかった」って、
思っちゃうんだ。

命の尊さなんて……
キレイごとだよ……。

経次郎

結局、
弱肉強食なんだ。

ボクはそうであってはならないと思う。
でも、きっと、兄上も……

経次郎

ホントは一番……

そう思ってたんじゃ
ないかな……。

言葉についた記憶というのか、最悪な気分になっていた。


天叢雲剣は、ボクにとって嫌なことを思い出すのに十分な代物だった。

経次郎

見つからなかったのは、平家の人たちを殺しちゃった罰だったのかもしれない……。

こうなると、しばらく最悪な気分のまま過ごすことになる……。

経次郎

父さんも帰ってこないし、どうやって戻ればいいかもわからないし

経次郎

ここから出られないかも……。

経次郎

ボクなんて、このまま地底に閉じ込められてた方がいいのかも……。

経次郎

義経だって、ホントは
ダメだったんじゃないの?

経次郎

天狗さんに
「人殺しはいけない」
って言われてたのに……。

人を殺した後、天狗さんたちとは連絡が取れなくなった。


「人を殺すために剣術を教わるのではない」


天狗さんに、そう言われていた……。

今、ボクは義経じゃない。
だから、思い出すこともできるけど……。
当時はとても辛かった。

八百年たとうと、忘れることができない。
生まれ変わっても、忘れられない。

その時の義経の気持ちに同調して、どうしたらいいのかわからなくなることがある……。

経次郎

ボクは義経じゃない。
経次郎なんだ。
ボクは誰も殺してはいないんだ。

自分にそう言い聞かせる。

でも、静や弁慶たち、そして、兄上のことを思い出すと、この記憶もついてくる。

まるで、幸せになってはいけないんだと、言われているかのように……。

経次郎

忘れてはいけないんだ……。
ずっと背負っていかなければいけない。

経次郎

それだけのことを、してしまっているんだ……。

急にポケットの携帯が震えた。

経次郎

え?何?

はっとして、我に返った。

携帯を出すと、アンテナが立っていて、メールを受信していた。

経次郎

メール?

開けてみると、電源を切っていた間のメールだった。
それが山のように届いていた。

経次郎

翔さんに会ったから、
電源切るの忘れてた……。

電池が消耗すると後で困るから切っていたんだけど、明かりがなくて入れた時、切っていなかった。

経次郎

あらら……。
静香からだ……。

コミュニケーションアプリにも、静香の名前があった。

経次郎

こっちの番号、
教えたっけ?

ヘリ来てたし慌ててたから、たまたま手元にあった古い方の携帯で、よく覚えてた番号を送ったはず……。

経次郎

会った時でいいって思ってたから教えてなかったのに。

静香のメッセージ。

静香

聡士が教えてくれたから、
こっちから送ります。

経次郎

なんで聡士?

経次郎

同じクラスだから、
会ってはいるんだろうけど……。

経次郎

個人情報だけど、静香なら教えるのは構わないが……。

ちょっと、ってかすごく
イラっとした。

佐助

女にもてなくなるぞ

と言っていた、兄を思い出した。

経次郎

……。

静香

見てないのかな?
メールも送ってみたんだけど……。

それを読んで、古い携帯を出し、電源を入れてみる。

経次郎

あらら……。

静香からの着信やメールがいっぱい着た……。

経次郎

保存しとこう。

そう思って、ざっと目を通して古い携帯の電源を切ろうとした。

経次郎

あれ?
聡士から?

聡士から、古い携帯と新しい携帯の両方に、同じメールが着ていた。

聡士

早く戻ってこい。
無理なら、静香に連絡入れろよ。

経次郎

う~ん。
入れたいのは山々なんだけど……。

経次郎

これ、読んでからにしよう。
返信とか考えなきゃ。

そう思って、古い携帯の電源を切り、新しい携帯を読み進める。

経次郎

ん?

見たことがないアドレス。
登録もしていないらしく、名前が表示されていない。

題名を見て、首を傾げる。

「柚葉です。」

経次郎

え?
なんで?

柚葉

聡士先輩の携帯、勝手に見ちゃいました。先輩には黙っててください。

経次郎

面倒くさいな……。

柚葉

聡士先輩にはくぎ刺しておきますんでご安心を。無事のお帰りをお待ちしています。

経次郎

なるほど、柚葉ちゃんとは利害の一致ってヤツか。心強いかも……。

万が一のために登録した。

ついでに
「よろしくお願いします」と返信した。

経次郎

あれ?
もう一個、不明のアドレス。

こっちは瑞穂からだった。

瑞穂

静香と付き合うことになったんだって?あんまり待たせるんじゃないわよ。面倒なことになるんだからね。

経次郎

なんか、
えらいことになってる?

そして、静香からのメールがあった。
飾り気のない、初めましてのメール。

経次郎

静香っぽい……。

思わず笑みがこぼれた。

日付を見ると、だいたい一日一回のペースで何かしら送られてきていた。

メールは初めの方だけで、あとはアプリに入っていた。

静香

元気、なのかな?
ニュースとかにもなってないから、無事だよね。

経次郎

心配、かけちゃったんだな……。

しばらく、そういう心温まるメールが続いた。

経次郎

面と向かってはボロクソ言うけど、文字になると、とっても優しいんだよな。

昔からそうだった。

ツンデレ最高だよね。

静香

もうすぐ5月なんだけど。
アンタの顔、忘れちゃったわよ。

経次郎

ごめんね。

静香

いま、どこにいるのかな?
そろそろ我慢も限界。

経次郎

あれ?
なんか、背筋に冷たいものが……。

静香

どこでなにしとんじゃ。

静香

早く帰ってこ~い。

静香

はやく帰れ。
じゃないと別れる。

経次郎

………………。

静香

どあほうが

だんだんと、怒りの加減が増しているように感じた……。

経次郎

来てるな、コレ……。

経次郎

兄ちゃんが言ってたことが現実になりそうだ……。

佐助

ケケケケ。ざまあ。

兄のあざ笑う顔が浮かんだ。

でも、気持ちが軽くなっていた。

経次郎

静香……。
会いたい……。

しゃべったのは最近だけど、小学5年のころから毎日のように見ていたから……

経次郎

キミの姿を見ないと、
不安だよ……。

経次郎

翔さん、ここって、
携帯、使えるんですか?

キミの声が聞きたい。

たまに使えるよ。
あっちにアンテナあるから。

経次郎

アンテナ?

ネットもできるし。

経次郎

すごいですね。

地底生活、
なめんじゃねえぞ。

声しかわからないけど、翔さんがとっても誇らしげだ……。

携帯が鳴って、静香の名前が見えた。

経次郎

まさか、既読がついて、
すぐにかけてきた?

電池の残りを気にしつつ出た。

経次郎

もしもし?

静香

今、どこにいるのよ。

彼女だった。

経次郎

地下迷路。オリハルコンの発掘場所には着いたんだ。

怒られるとは思ったけど、それよりも静香の声が聞けて嬉しかった。

ホントにホントに、
嬉しかった。

静香

じゃ、用は済んだわね。
早く帰って来なさいよ。

経次郎

無理かも。地底ずっと歩いてたし、すぐには帰れないよ。

静香

すぐに帰ってこなかったら、
ただじゃおかないんだから。

経次郎

今、どこにいるか、
わからないんだ。

静香

はぁ?

経次郎

父さんともはぐれちゃったし。

経次郎

あれ?
音が消えた。

経次郎

静香。静香。

プー プー プー

経次郎

切れちゃったか……。

アンテナは圏外になっていた。

経次郎

翔さん。
アンテナってどこにあるんですか?

あっち。
ちょっと離れてるよ。

経次郎

連れて行ってもらえますか?

いいけど、海爾さんを待ってなきゃ。

経次郎

父なら放っといても大丈夫です。

でも、ここ、けっこう迷路になってるし、心配じゃないの?

経次郎

こっちの方が、
まずいんです。

なにが?

経次郎

彼女、怒るとおっかないんです。
早く電話しないと……。

…………。

じゃ、こっちだよ。

経次郎

ありがとうございます。

でも、海爾さん……。

経次郎

腐っても海尊です。
自分でなんとかするでしょう。

……キミがそう言うんなら。

翔さんはしぶしぶ洞窟の奥へと歩き出した。

慶子

……。

慶子もついてきたから、手を握って歩く。

経次郎

静香……。

彼女の声を聞いただけで、それまでの鬱屈とした気持ちがなくなっていた。

経次郎

昔からそうだった……。

彼女には、魔を払う力でもあるんじゃないかと思う。
落ち込んだり、もうダメだと思っても、彼女がいるとそれがなくなる。

彼女に何か言われると、不思議と頑張ろうという気持ちになれた。

経次郎

ののしられまくるから
かもしれないけど。

静御前と別れた後は、そんな気持ちもなくなってしまった。

経次郎

ボクには彼女が必要だけど、
彼女はどうなんだろう。

ふと、スマホ画面が目に入る。

静香

ふざっけんな。
このドアホが!

という文字が見えて、少し、吹き出してしまった。

経次郎

キミが幸せになるために
ボクは必要なのか?

現実逃避って言うか、現実に戻りたい……

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