壇ノ浦の合戦
壇ノ浦の合戦
天叢雲剣……。
ボクにとって、苦い思い出のある剣だ。
天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)は、代々の天皇が受け継ぐ、三種の神器のひとつ。
日本の神話にも登場していて、よく考えると恐ろしい、ファンタジーに片足を突っ込んでいる実在のアイテム……。
(RPGでもたまに見かける。)
三種の神器は、天皇だから持てるといえばそうなんだけど、持っているから天皇と認められる。
でも、現在は熱田神宮から盗んだからと言って、その人が天皇になれるわけではない。
(警察に捕まって終わりだろう。)
ただ、平安時代は、そうでもなかった……。
義経は、三種の神器と関わりがあった。
源平合戦も終盤になり、源氏が優勢になってくると、平家が都落ちした。
それまで権勢を誇っていた平家の人たちが京都から逃げたのだが、その時、まだ幼い安徳天皇を連れ、さらに、三種の神器まで持って行ってしまった。
ちなみに安徳天皇は、清盛様の娘の徳子さんの子で、平家の血を引く天皇。
でも、清盛様も亡くなっていたし、朝廷が平家を見限るのは早く、その後、後鳥羽天皇が即位する。
日本史上初めて天皇が二人いる状況になってしまったらしい。
しかし、この場合、正当な天皇は、三種の神器を持っていた安徳天皇となってしまう。
だから、平家追討と、安徳天皇の保護と、
三種の神器の奪還を後白河法皇から命ぜられた。
飽きた……
壇ノ浦の合戦の時、ボクは船に乗っていて、ずっと海をみていた。
よく覚えてないけど、半日くらいそうしてたみたいだ。
そんなことを言っている場合ではありません。まだ勝敗が決まったわけではないのです。
いくら我が軍が優勢になったと言っても……
海戦は苦手とされていた源氏だったけど、村上さんとか仲間になってくれて、海でも勝てるようになって、壇ノ浦でも勝てそうかな? って感じになっていた。
戦うの、
もう飽きた。
は?
って、何やってるんですか!
鎧脱いでる。
ただでさえ重いのに、ずっとそんなの着てられない。
肩こるし。
着てください!!
重いからヤダ。
矢がきたらどうするんですか!危ないでしょ!
じゃ、ちょっと行ってくる。
どこに!!
源氏の勝ちは決まりだから
「合戦やめよう」って言ってくるよ。
はぁ?
あんたバカ?
思わず本音が出たのかもしれない。
後でシメようと思った。
ただ、何も考えずに言ったわけではない。
ボクは海をずっと見ていた。
平家は重要人物を小舟に乗せていた。
奇策を使う義経に対抗したのだと、歴史とかで習った気がするけど、大きな船だとそれが沈んでしまったら、一度にみんな死んでしまう。
ひとまとめにいるよりも、分散して生き残ろうという策だったのではないかと思う。
ただ、小舟の数が多すぎた。
しかも密集してたし……。
淋しいからなのかもしれないけど、これなら大きな船に居た方がよかったんじゃないのか?
小舟を伝って主要人物のところまで行けるし。
そのため、鎧や刀は邪魔だった。
武器持ってかなきゃ、攻撃もされないだろう。知らない仲でもないし。
平家の上層部には、知っている人もいた。
元々平家に近いところで育っていたし。
清盛さまの三男で、平家の統領になっていた宗盛さんに言うなら大丈夫だろうと思った。
あんまり好きな人たちじゃないけど、まあいい。
平家の人たちは、ボクらとは違って、好きで戦っているわけではない。
ボクも好きでやってたわけじゃないけど……。
戦に対する心構えのようなものが違っていたような気がしていた。
戦わなくても
生きていける人たち。
平治の乱が終わって、彼らは貴族のような生活を30年も続けていた。
だから、「戦をやめよう」と言えば、その話に飛びつくと思った。
を繰り返して船を渡り、それっぽい船にたどり着いた。
お前は源義経!
ボクのことを知っている人だったみたいだ。
こんにちは
「戦、もうやめませんか?」
と、言おうとしていた。
それとも、言ったかもしれない。
でも、
ここで私に会ったことを己の不幸と思え!
と、その船に乗っていた宗盛さんであろう人が、立ちあがって斬りかかって来た。
あれ?
そうなるなんて、思ってもみなかった。
(思えよ……。)
やべー、
刀置いてきちゃったよ。
源氏代々の家宝の薄緑を海に落としたくなかったんだよね……。
じゃあ、他の刀をって話なんだけど、どれもこれもボクの大事な刀だよ。
海に落ちたら手入れが大変じゃないか。
拾えるかどうかもわからないし……。
その時、船が揺れた。
ちょっと無理して飛び移ってたし、まだ揺れてたのに宗盛さんが立ちあがったから。
そうだ、
船を揺らそう。
そう思って、敵に背を向け、しゃがんで小舟の縁を持つと、思いっ切り左右に揺らした。
正面から斬られるのが嫌だったってのもあるんだけど……。
ただの最後の悪あがきだった。
もう斬られるものと思ったから。
こんな状況になったら、ボクなら100パー殺るし。
後ろを向いた、鎧も着ていない丸腰の若造なんて、どんなに贅肉太りしたおじさんでも切れるだろう。
せめてその前に、斬りにくい状態にしてやろうという、ただの嫌がらせだった。
そろそろバサっと来るころだと思うけど……。
いつまでたっても背中に痛みが来ない。
後ろを向いていて、というか下を向いていて、ボクに見えていたのは船の底だ。
相手の様子はわからなかった。
なんでだ?
さすがに不審に思って、恐る恐る振り返った。
え?
そこに男の姿はなかった。
お、おのれ……
よくも……
敵意をむき出しにした女の人が、何もできずに震えていた……。
!!
慌てて海面を見た。
何かが落ちた後のような泡が見えた。
でも、さっきまでボクに向かって剣を振り上げていた男の姿を見つけることはできなかった。
落ちたのか?
全てを見ていたであろう、女の人に聞いた。
…………。
答えてはくれなかった。
いないんだから
落ちたんだろう……。
そう判断するしかなかった。
けれど、それが合図となってしまったのか、他の小舟から人が落ち出した………………。
あ……。
信じられない光景だった。
それまで戦っていた相手が、戦意を喪失して、自ら海へと消えて行く。
何が起こっていたのか、理解ができなかった。
絶望が広がっていく瞬間
なんでこんなことに?
命があれば、名誉を回復できるかもしれない。
生きていて、死にもの狂いになって頑張れば、いつか願いは叶うかもしれない。
それが、全否定される光景だったのかもしれない。
誰が指示をしたわけでもなく、
「味方が海に入っていくから自分たちもいく。」
そんな感じだった。
こっちも戦いに次ぐ戦いでへとへとで、頭がついていけなかった。
殿!
ご無事か?!
弁慶たちの乗った船が来た。
遅いし……。
無茶言わんで下さい!
あんな芸当、できません!
そんなでっかい図体してんのがいけないんだろ?
……もしかして、ボクがそう言ったから慶子になったのか?
←
ちまっとしてる。
来るの遅いんだよ、
バカ野郎!!
八つ当たりなのは、わかっていた。
我が軍の勝利ですぞ。
何をイラついておられるのですか?
イラついてなど……。
っ!
女の人が飛び込もうとした。
離せ!
わらわも、わらわも……!
死んで何か変わるの?
このまま辱めを受けるくらいなら……
…………。
負けた側の女の人は、それが怖いのかもしれない。
そんなことさせないよ。
少なくとも
ボクはしない……。
ボクは……
お前たちとは違うんだ。
何を言っている!
知っているよね?
自分たちが……
平家が何をしてきたか。
知らぬ!
わらわが何をしたと言うのか?
そう、知らないんだ。
いいね。お姫様は……。
……。
言ったところで、どうにもならないと思った。
それに、ボクは、それ以上のことを平家の人たちにしてしまったのではないか……。
いくら父上の仇という大義名分があったとはいえ、ここまでする必要があったのだろうか?
安徳天皇と三種の神器の捜索を急げ!
生存者を救出して、その行方を聞け!
はっ!
危害は加えるな。
その方がすんなりと捜索ができるはずだ。
特に女性は丁重に扱え。
母親に恨みごとを言われて育った子は、母のために戦う。
殿もその口っすよね!
だから、手荒なことをするな。
平家がいかに悪人だったかということをわからせろ。
でも、母上はボクに恨みごとなんて言ってなかった。
というか、母上とはあまり会えなかった。
母上がいてくださらないのは平家のせいだと、ボクが勝手に思っていただけだ。
ボクが言った程度で、
それが守られるかなんてわからないけど……。
その後のことは、よく覚えていない……。
大手柄でしたな。
陸に上がり、騒ぎも収まってきて、ボクが海岸にいると海尊がそう言ってきた。
そうかな?
平家を倒したのですぞ。
もっと穏便な方法があったかもしれないのに、ボクにはできなかった。
こちらには大した被害はありませんでした。
だが、安徳天皇はおかくれになり、
天叢雲剣は見つけられなかった。
大失態だ。
兄上に何とお伝えすればいいのか……。
天叢雲剣があれば、兄上にお会いすることができたのに……。
今、思うと、なんでだかわからないんだけど、義経は頼朝に会うために、天叢雲剣を必要としていた。
それを持っていれば、兄上に会えると思っていた……。
壇ノ浦の合戦は源氏の勝利だった。
ボクが生まれる前からあった源氏と平家の戦いは終わり、その瞬間をボクはみていた。
ボクは攻めてたし、きっかけも作ってしまった。
でも、良くわからなかった。
小さい頃から平家の人たちから嫌なことばかりされていて、彼らを見るのも嫌だった。
彼らはボクをいじめるのが当たり前になっていて、あざ笑ったりはしていたけれど、バカにしていたから、敵意を向けられることはなかった。
おのれ……、よくも……。
などと言われたり、ボクの顔を見て斬りかかってくるなんて思ってもみなかった。
彼らは武家とはいえ、貴族のような生活をしていた……。
「やられたらやり返す」からは、最も遠い人たちだった。
ほほほほほ
と、笑いながら贅を尽くす。
誰が貧しかろうと、一生懸命に働いている人がいても、自分たちには関わりがないと思ってしまう人たちだった。
敵意を向けられるのって、
こんなに怖いんだ……。
源氏が攻めていたのだ。
当たり前のことだったのかもしれない。
でも、平家の人たちの力は大きくて、ボクを襲ってきたり、自らの命を絶つなどということは、想像もできなかった。
どうしてこんなことに
なったのだろう……?