お菊が明るい声で百合を呼ぶ、しかし百合にその声は届いていない
百合～
お菊が明るい声で百合を呼ぶ、しかし百合にその声は届いていない
ゆ～り～？
全然聞こえてないでしょ！
ご、ごめん。
なにかな？
またあの正太郎ってお客さんのこと考えてたでしょ
まぁね……
なにかあったの？
私でいいなら聞くよ？
結婚しようって言われちゃって……
なんだ～
そんなことかぁ～
この仕事やってたら日常茶飯事でしょ
そうなんだけど……
百合の発言にはキレがなかった
日常茶飯事と割り切れればいいのだろうが、そうもいかないのだ
う～ん
悩むのはいいけど、上の人たちに悟られないようにね。
もし誰かに惚れてるなんて知られちゃったら大変よ？
急にお菊の言葉のトーンが落ちる
いつも明るいお菊だけに百合の不安が加速する
知られたらどうなるの……？
……
ねぇお菊……どうなっちゃうの？
二人の間に重い空気が流れる
そんな中、お菊がゆっくりと口を開く
わかんない
痛い！
百合が殴った！
あの百合が！私を！
殴ったぁ！！
うるさい！
物凄く不安だったのよ！
私の不安返してよ！
百合が顔を真っ赤にして叫ぶ。
ごめんごめんと謝るお菊をよそに百合は頬を膨らませそっぽを向く
ごめんって……
ただ、ちょっと言いにくいことだからね……
なに……？
上に知られちゃうとここから追われちゃうらしい
追い出されるってこと？
そう……
百合は言葉を失った
追い出されるということ自体そこまで困ることではないように思える。
しかし、この世界では別である
それってつまり……店を移されるってこと……だよね……？
そう……
ここよりもっとひどい場所……
場合によっては人身売買されたりすることもあるんだって……
そんな……
百合の顔から明らかに元気がなくなっている。
ただでさえ身売りに遭っているのだ、ここでも待遇がいいとは言えない
ギリギリ人間と扱われているといってもいいかもしれない
ここから店を移されるということは、それはもはや人間として扱われないということである。
百合の表情を見たお菊は慌てたように後をつづけた
ま、まぁ
あくまでも噂なんだけどね……
ただ、ほかのお客さんからの評判が落ちちゃうといい扱いされないのは事実だし……
そうだよね……
あまり気にしないようにするわ……
そう言って百合は控室を出ようとする
待って！
お菊がその後ろ姿に声をかける
私は……百合がいなくなるなんて嫌だよ……
だから……
分かってるよ……
お菊は優しいね
百合はそう言って微笑み部屋を出ていった
別に優しくなんてない……
私はただ……
そう言ってお菊は百合の出ていった戸を見つめる
悩める少女はひとりではない
