霊深度
霊深度
-5の、
......Turn off It?
CridAgeT
僕だって機械や仕事じゃないんだ。自由気ままに徘徊することだってあるさ
シエナはゆるゆるとした足取りで歩いていた。
もう桜も消えるころか
葉桜はきらきらと陽を透かし、シエナをわずかに緑に染める。
櫻の木の下には。
そんな言葉がふと頭をよぎる。
血を吸う曼珠沙華、うめき声を好む百合、首を落とす椿、死体で咲く桜、幽霊が集まる藤の花、菊を飾れば手向ける死者を呼び、西洋では芍薬には魔力が宿る……
こんな麗しい桜の木の下に、そんなもの埋まっているはずなどないだろうに
ん?
猫にもこの道にも、歩道や白線などというものはない。
しばらく道をなぞるでもなく気ままに行くうちに、シエナは花畑に着いた。
久しぶりにここに来たな。花が咲いているときに来たのは、いつ振りだろう。
輪廻転生のノースポール……か。
その花言葉に、深い意味を覚えたことはない。
だが、この花は好きだ。
……少なくとも、嫌いではない。
シエナは花畑に足を踏み入れた。
ざわっ
……どうやらこのあたりも、いつの間にか住みよいところとは言えなくなってきたんだな
足を踏み入れるたびに、ほんのりと何かが撥ね退けられる。
昔は『僕に触れられないようなやましいもの』など、ここらにはなかったはずなのだが
それで
一歩、一歩、シエナはそれらを退けるように歩き続ける。
僕に…… いや
僕に何の用だい?
四つ足からの急激な変化に身を慣らすように、シエナは軽く背伸びをした。
何かが、いる。
黒い影のようなものが、シエナには見えた。
*-***:**――=^―
その姿は足元に近づくにつれ薄くなり透けてゆき、その分あたりに広がっているようだった。
悪意のある集合体の、下っ端……か?
先ほどから足元に感じていたのは、こいつらの欠片か痕跡だったか
まあいい、話を聞こうじゃないか。
ずいぶん攻撃的に見えるが、僕が何者か知っているうえでの無礼なんだろう?
**、**
悪いが聞こえないな。もうちょっと優雅な表現をしてくれないか?
**――ヲ、**。***―――***
ああ、なんとか分かった。いつぞや山のふもとから追い払った連中の仲間だな?
―――*、*=―
ふむふむ、無理に翻訳すると……
『Turn it off』……いや、『It』か?
僕の言語に変換するとさらにおかしな文になりそうだ
「「==―――――
黒いそれはまだ何か音を発しているようではあったが、シエナはもうその音に応えることはなかった。
ふむ、僕たちの言葉をあらかた忘れ、さらにその音を発することができる器官もろくに持たない君たちの表現としては、驚嘆すべき正確さだな
しかし、だね?
シエナは黒い者たちへ向かって、ずいと一歩踏み出した。
人に対して、『それ』という呼びかたをするものではないね。
まして、その表現はどうなのかな。
灯を消す、というのは
返事はない。
あの光が苦手か。僕からすれば、それを教えてくれてありがたい、というくらいだが。
返事はない。
光というのは、あくまでも彼女の一面。
彼女を定義づけるのが―――彼女の存在そのものが、「霊除けの光」でしかない、
そんな表現はやめてくれないか。
それは、酷く――
不愉快だ。
返事、と捉えて良かったのだろうか。もしくは、ただ、シエナの気迫に圧されただけだったのかもしれない。
風が吹くように黒い影がなびき、葉が散るようにわずかに広がった。
ふむ、君にはもうその区別もつかないのか。
残念だね。
こんな穏やかな空間を優雅に過ごせないというのは、本当に残念だ
**――、*―――
シエナにはその声を理解することはできなかった。
それでも、その意図は分かる。
不浄な言葉は、僕の耳にすら届かないことがある。
ふん、『悪しきものを寄せ付けない』体質というのも、意思疎通が図れないときには難儀なものだ。聞き取りたくもないが
最初にかかってきたのは、たしかに黒い影の方だった。シエナは、反撃したまで。
だが、結果として、影は1ミリも動くことができなかった。
はぁ、気分が悪い。帰るとしようか
ガ―――**ァ……
シエナは振り返らない。
だが。
だからこそ、シエナは気づかなかった。
ふわりと空から落ちてきたわずかな花粉が、
一気に芽吹き、
双葉と棘とつぼみを歪んだ形で噴き出して、
大きな花を笑み割らせた。
ずるり、と、花の奥から細い花粉管が幾本も伸び出てくる。根が突き出しては枝分かれしてゆく。
茎のないまま、花は噴き出しては膨れていった。
重力を無視したようにゆっくりと、それはシエナの背後に向かって舞い降りてくる。
そして、静かに、花から、
ん?
シエナのうなじに向かって、いくつもの器官が腕を伸ばした。
――――――――っ
消えろ
シエナの眼前をすり抜けるように、滑空するかのように。
それでいて鋭く空気を引き裂き、鳳(おおとり)のように力強く。
まっすぐに突き抜けたかと思うと、霊が、弾けた。
『露断ちの黒百合』
男は、静かに歩み寄ると、深く地面に突き刺さった石のナイフを、いとも簡単に抜いた。
……
……
初めまして、か
ああ、初めまして、のようだな
初めまして、親友
とぅーびー、
こんてぃにゅーど