海音

わ、わたしは探偵なのです!
どうか落ち着いて話を聞いてください!!

海音が名乗り上げたのは、このゲームを少しでも知っている人間ならば簡単に予想できたことだった。
『第一陣営』の探偵。やはり、出てきたか。

有紀

……ここまでは予想通りか……

松前

妥当なところだな……

海音はあわあわしながら、なれないながらも必死に話を纏めようとしている。
それを黙って見物する一部。
渋々眺める大多数。
そもそも参加していないごく少数。

海音

残念ながら、まだ探偵チームには、黒は出ていません……

その言葉にブーイングを出す上級生に怯む海音。
言葉が出てこなくなり、再び詰まる議論。

羽美

そこのブタ
ブーブー煩い
話が聞こえないでしょ

が、再度顔を上げた羽美が、吐き捨てるようにその上級生に悪態を付く。
メタボ気味な体格の上級生は、羽美に憤るが羽美は気にしないで促す。

羽美

続けて、小田
家畜なんて気にしないでいいから

羽美

あとあんたも一々この程度でビビって止まるんじゃない
出てきたんなら、出てきたなりの仕事と責務を果たしなよ

海音が伝えることを早く伝えない限り、話は進まない。
羽美は海音にもキツイ一言を添えると、突っ伏して沈黙する。

海音

…………
そう、ですね…………

海音はゆっくりと頷くと、死んだ仲間の遺言に従い、グレーを潰すと言い出した。
どちらとも言えない人間の中で、一番信用できないと判断された相手を。
海音は申し訳なさそうな顔をした。そして、告げる。

海音

すみません
恐らくは花園先輩、だと思うんですけど……
今日の追放に指定されたのは、先輩なんです

羽美

……わたしを?

驚いたように顔を上げる彼女。
今日の追放される生徒は、羽美。
びくりと反応する友人や身内。
海音は柳眉を下げて、何度も頭を下げる。

海音

ご、ごめんなさいごめんなさいっ!!
ただ、亡くなった探偵の先輩が昨日の夜に言っていたんです
自分がもし、死んでいたら殺したのは犯人は花園羽美だ、と

海音

自分とあいつは、啀み合う存在だから
一番目障りな自分を殺すだろうって

海音

黒じゃなくても、『第一陣営』ではないのは間違いない……と

羽美は理解する。
昨晩羽美が殺したのは、光。
光はどうやら、探偵だったようだ。

海音

桐山先輩が花園先輩に何の恨みがあるかは知りません
でも探偵としては、めぼしい情報がないのなら、進めるしかないんです!

羽美

えっ? き、桐山?
わたしあいつとはあんま関係ないよ?

羽美は光だとてっきり思っていたのだが、違うらしい。
桐山とは同じクラスの男子で、何時ぞや羽美に告白をしてきた奴だ。
羽美は丁重にお断りしていて、それっきりだ。
だが奴にとっては、それだけではなかったらしい。

が。そうも言っていられない。
どうにも、怒りや憎しみの対象になってしまっている現状では、不利な状況のようだ。
周りの敵意が、羽美に集中する。

羽美

そんなこと言われても……
あいつに何かしたわけじゃないし……
っていうか、関係はあんまりないよ?

そんな言葉を誰も信じない。
まぁ、当然だろうと羽美は思う。
困惑はする。でも、困惑だけだ。
みっともなく取り乱したり、慌てたりしない。

海音

村人だったらごめんなさいっ!!
そうじゃなくてもごめんなさいっ!!
みんなのためなんですっ!!
生きるためなんですっ!!
だから……

海音

生命を、諦めてくださいッ!

今日の投票の相手に選んだのは、羽美だった。
少なくても探偵という海音が出ている限りは、自滅はない。
羽美は探偵ではないのは確実だということだ。
それに踏まえて、殺しても問題はなさそうと羽美に噛み付かれた先輩たちが嘲笑うように彼女に投票を入れた。

羽美

……
わたしに、生贄羊になれってこと?
代わりに、死ねってこと?

悲しそうに、ただ呆然と座っている羽美。
友人たちはなぜ彼女が抵抗しないのか、理解できない。
彼女はオッドアイに深い悲しみを滲ませていた。

羽美……?

なぜ、何も言わないの……?

親友たちは、彼女に投票しなかった。
ただ、現在数の半分を超えている時点で、その行為は無駄に等しい。
彼女たちは、同じ陣営に羽美が居ないのではないかと思う。
いるならもう少し抵抗するはずなのに。
半分以上が、彼女の死を望んでいた。

優子

羽美姉さん……?

優子もよく分からない。
なぜ、抵抗しないのか。

松前

…………羽美……

羽美

松前にいも、わたしに死ねって言うの?

羽美は悲愴を浮かべて松前に問う。
松前は迷うことなく、肯定した。

松前

俺は生徒会の副会長だ
私情を挟まない
お前の死が多くの生徒の礎になるなら
俺は、お前を殺すよ

松前

恨みたければ、俺を恨めばいい

松前は自分の親戚とはいえ、血縁の人間を犠牲にして、他人を助けると言っているのだ。
天秤は、拮抗することなくすぐに傾いた。

奈々

松前
あんたそれ、流石にどうかと思うよ
何で簡単に見捨てるのさ……?

流石に恋人で会長の奈々が彼を糾弾する。
それ程あっさりと、松前は「花園羽美の兄貴分の赤木松前」としてではなく「生徒会副会長の赤木松前」を優先している。

眉を顰める中、投票を破棄するわけにもいかず、探偵の意思に反して奈々は違う相手に入れている。
知り合いたちは、全員バラバラに票を入れた。

松前

…………
奈々、よく見ていろ
あいつが、本当に死ぬかどうかをな

奈々

はっ……?

松前はスマシ顔で意味深に小声で奈々に言う。
訝しげに奈々が隣の彼氏を見る。

羽美

わたしが……死ぬ……

彼女を嘲笑う声が、いよいよ大きくなっていく。
羽美は机に座ったまま、俯いた。
殺気立つ空が、あざ笑う連中の顔を全て覚えて、復讐を誓う。

羽美

わたし、が……

投票の時間は、どうやらやってきたらしい。
スピーカーが、投票の時間だと告げた。
羽美に入った票の数は、過半数を超えている。
追放され、死ぬのは羽美だ。

羽美

……クー……リク

羽美が、か細い声で親友たちの名を呼ぶ。
その声に反応した空が聞いた。

羽美……ひとつだけいい?
どうして命令してくれないの?
一言言ってくれれば、空がこいつら全員殺すのに

空はルール違反で死んでもいいよ
それで羽美が生きているならそれで
だから羽美、早く言って?

こいつら全員殺せって

空が苛立ちながら、羽美に近寄る。
尋常じゃない雰囲気に、先輩たちが笑うのをやめる。
怒りを堪えているような、震えている声。
拳を握ったまま、それを振り上げたいのを我慢している。

羽美

ごめんね、クー……
それは、言えないの

……なんで?

羽美は俯いたまま、小さい声で呟く。
空の疑問には、何も答えない。
ゲラゲラと響く耳障りなノイズ。
それが二人の耳腔に何時までもへばりつく。
今すぐ、この雑音を消してしまいたい。
空はそう思うのに、羽美がそれを許してくれない。
何で。どうして。
理由を知りたいのに、彼女は教えてくれない。

羽美……

空は羽美の思うがままに動くと誓った。
勝手は二度と許されない。
羽美が何も言わなければ、空は何もできない。
その誓いを、もう少しで破りそうになるのを堪える。

そんな中。
何時まで経っても、彼女は死なない。
横から見ていて気付く空。
それは、俯いた羽美の顔。

片側だけ口を釣り上げて、犬歯を見せ北叟笑んでいる。
本能的にゾッとする空。
羽美が、笑っている。否、嗤っている?

羽美

ふふっ…………

とうとう、声が漏れ出した。
同時に、違うところから呻き声が聞こえる。
空が見た先で、先輩の一人が胸を押さえて突然派手な音を立てて倒れた。

その音に、視線がそちらに集中する。
羽美が実に愉しそうに、唇を歪めているのに気付いたのは、奈々だった。

奈々

!?

松前

やはりか……

松前は予感をしていた。
あの羽美が無抵抗な訳がない。
何かやらかしているに違いないと。
その結果が……どうやら出てしまったようだ。

驚いた目で、羽美を見る倒れている男子生徒。
なぜ、自分が苦しんでいるのか理解できない。
羽美は、腹を抱えて笑い出していた。

羽美

あはっ……!
あはははははははっ!!!!

羽美

バァアーーーカッ!!
わたしがそう簡単に死ぬことを受け入れるわけないでしょ!
そこまで自己犠牲酷くないよ!

羽美

死ぬのはお前だ!!

羽美の宣言通り、もがき苦しんでいた男子生徒はものの数秒で動かなくなった。
愕然し、沈黙状態になる教室。
倒れている死人を見下ろし、みな硬直していた。
羽美は、死んだのを確認して方、ニッコリ笑って、空に言う。

羽美

空、殺すならもっとわたしがピンチになってからにしてね
こんな価値もないクズ、殺したところで意味もないよ

羽美

ふんっ……無能な探偵が
謝りながら死んでくれとか普通言う?
わたしを殺すつもりなら本気で来てよ

羽美

小田、これで分かったでしょう?
わたしには投票なんて効かない
わたしは誰にも、殺せない
それでも狙ってくるというなら

羽美

次はお前を殺す

周りに言い聞かせるように、羽美は堂々と宣告すると、立ち上がって出口に向かう。
その背中には、質問を受け付けないという意思がはっきりみえる。

海音

ちょ、ちょっと待ってください!!
なんで生きていられるのですかッ!?

羽美

さぁーね?

海音の質問を華麗に無視して、彼女は出ていってしまった。
やることは終えている。出ていくのかは自由だが。
その後を、睦と空、そして優子が追いかけていく。

奈々

は、半端ねえ……

奈々が度肝を抜かれて、そんなことを言っていた。
初日の話し合いは、羽美の反撃で死人を出して呆気なく幕を閉じたのだった。

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