弱者には生きにくい世界。

それが、この世界の本質だろう。
常に世の中は、強者の主張を正論にする。
弱者の訴えは、怠慢や言い逃れとして圧殺されて聞いてすらもらえない。

弱い人間がなんと言おうが、強い人間は鼻で笑うだけ。
まともに取り合ってくれるはずもない。
奴らは自分の認めたくないモノは絶対に認めない。
そのくせ、優越感に浸って見下して嘲笑う。
弱者はそんな強者に虐げられて、怯えるように生きるしかない。

価値もない。下らない。
そんな言葉で、いくつの苦しみや悲しみが潰されていったことだろう。
全くもって、許されざる行為だ。
本当の犠牲者は、何かが弱い者たちなのだ。
強いモノたちの暴論や傲慢に救いがあるはずがないのだ。
己が優れていると自己を満たすために他者を見下ろして悦に浸る人間共は、誰かが粛清しなければならない。
弱者の嘆き、痛み、苦しみ。
それを奴らに身をもって教えねばなるまい。
誰かが行動しなければ、弱者は何時までも弱者としか扱われないのだ。
自らが変わるか、世界が変わるか。
最も簡単な方法は、彼ら自身のココロに賭けてみようと思う。二重にすることで、正効率を高めたい。
だから、世界を変える方を選ぼう。

これは決して、自分の為ではない。
弱き者たちの為。嘲笑われた生徒達の為。
上から見下ろしてくる人間たちに、弱者たちの言葉は届かない。
ならば、もっと原始的な方法で行うまで。
暴力、という方法で。
偽善だろう。独善だろう。
それでも善であることに変わりはない。
誰かの心の痛みを癒す事には変わりない。
問答無用。
上から見下ろしてくる強者を引きずり下ろして、同じ苦しみを与えてやろう。
不平不満を侮蔑する本当のクズ共に教えてやるのだ。
どちらが、本当に正しい事を言っているかということを。

有紀

こ、ここまで一晩で減るものなんですか……?

松前

想像以上に……人数が減っているな……

翌朝。
昨日と同じ教室に集められた一行。
その人数の減り具合は、有紀や松前の想像していた以上に、多かった。
最初は、30名。今は……24名。
たった一晩で、五分の一、数が減った。

教室にはテレビが置かれており、そこには死んだ状況が明かされていた。
それによると死亡した6名。
役職は人狼、村人が三名、探偵、内通者。
『第二陣営』のテロリストに人狼が殺され、村人が人狼とテロリストと殺人犯に殺され、探偵が蛇に噛まれ、内通者が野犬に襲われた。

そう、表示されている。
画面に出ているのは役職のみで、誰が死亡したかまでは分からない。
まぁ、消去法でこの場にいない人間が殺されたわけだが……。
ここでふと有紀があることに気づく。

有紀

……テロリストが、二人いる……?

そのつぶやきは波紋になり、次々生徒たちに伝染していく。
奇妙なことが起きている。
端末にはテロリストは一人だと書かれているにもかかわらず、実際は二人いる。これはどういうことか。
役職の能力は他人には秘匿されている以上、詳細はわからない。
だが、何かが起きている。

何が起きているの……?
テロリストは私のはずなのに、もう一人の私がいる……?

他の役職を真似る、あるいは一時的に強奪する役職でもいるのかしら?
まぁ、そう考えるのが妥当ね

――当人は当然、狼なんて殺していない、と思う。
睦が昨晩殺した相手は年下の一年生らしい。
部屋に侵入して、射殺してさっさと出てきた。
射殺するときに抵抗されたが、あの反応からして恐らくは村人。
人狼ならば殺すときに説明なり、弁明なりをするはずだ。
なのにその説明がなかった。
つまり、どう転んでも自分には非がない。

…………

正体を知っている仲間同士の空も納得いかないように、空も眉を顰めた。
あの睦が自滅なんてするはずもない。
ならば、偽物が睦を語って同じ陣営を殺したのだ。
それは、非常に不愉快であった。

優子

光姉さんは何だったんだろう?

既に実の姉が死んだ事を水に流している優子。
姉の死よりも役職を優先して、頑張って考えている。
死んだら死んだでそれは構わない。
殺した相手は恐らく羽美。
ということは、羽美は少なくても、殺しのできると思われる役職ということになる。
ちらりと羽美を見ると、

羽美

…………

羽美は机に突っ伏して眠っていた。
彼女の周囲にはエアポケットが出来ており、その中でも平然と寝ていられる神経が、周囲との軋轢をどうやら生み出しているようだ。

有紀

さて……この状況、まず誰が出るかな……
恐らくは探偵だと思うけど……

松前

出方を見るか……

朝のやることは、追放する人間を決めること。
夜にどうなったかはさておき、これを進めないと昼の部が終わらない。
そんな中、一人の少女が名乗りを上げる。

海音

み、皆さん……っ!
ええと、話を聞いてください!!

海音

わたしは一年の小田海音と言います!
すみません、お話を聞いてもらえませんか!

教卓の前に立った少女……小田海音と名乗った一年生が騒めく生徒達に必死にオドオドしながらも話し出す。

海音

お、お願いしますっ!
わたしがこうして出てきたのにだって、ちゃんと理由があるんですっ!!

海音の声に耳を冷静に傾けるモノもいれば、巫山戯るなと怒鳴り散らすモノ、彼女に侮蔑の言葉を投げるモノ、様々な反応が戻ってくる。

冷静な生徒といきり立つ生徒の間でなし崩しに言い争いが始まり、話を聞くどころではなくなった。
折角海音が勇気をだして前に出ても、これでは意味がない。
どうすればどうすれば、と海音もパニックを起こして右往左往する。

議論の場がそもそも成り立たない。
これでは……どうしようもない。
途方に暮れた海音。
そんな中。

派手な音がして、一瞬で水をぶっかけたようにその場が静まり返る。
一同、その音をした方を見ると、

羽美

……うっさいんだよ、朝っぱらから……
ぎゃあぎゃあぎゃあぎゃあ、意味なく喚くしか能のないなら黙るか死ね

羽美

話のある人間が出てるのに、大人しくすることも出来ないのお前ら
ガキだってそのぐらい弁えてるんだけど……
そのぐらいもわかんないならマジで死ねばいいじゃん全員揃ってさ

羽美

耳障り目障り
クズは消えちゃってよ
煩いハエは早く死ねばいいのに

羽美

っつか、殺すよ?

机を平手で引っぱたいた、羽美だった。
オッドアイを不愉快そうに細めて、周囲を一瞥しながら毒を吐きまくる。
敵意が、海音から羽美にシフトして睨まれても羽美は、バッサリ切り捨てた。

羽美

睨むだけの言い分がお前らにあるわけ?
正しいのがどっちかもわかってないガキどもが……立場を弁えてよ

羽美

うるさかったら進まないでしょ?
だから黙れっていって何が悪いの?
それともなに? 
お前らが進めてくれるわけ?
さっきから聞いていればでしゃばるなだの、引っ込んでろだの……
お前らがまずだらしない口を閉めておけばいいじゃない
お門違いの文句つけてんじゃないよクズ

普段の羽美とは思えない荒っぽく凶暴な言動。
オッドアイが剣呑な光を帯びている。
今度は羽美に噛み付こうとするのを、別の人間達が止めた。

松前

こいつの言い方は問題があるが、おおよそ間違っていないだろう
三年生、特に洞田
先ずは己の非を認めろ

松前

今は非常事態だ
自分勝手な行動は慎め
言うことを聞かないと最悪死んでもらうぞ
生徒会の人間として、多くの生徒を返すためなら俺は悪魔にでもなるからな
邪魔をした場合は、生存の放棄とみなす

松前

これは生徒会からの命令だ
終わらせるために協力できない奴は、死んでもらって結構だ
俺達生徒会は、多少の犠牲を強いてでも多くを連れて帰る

奈々

生徒会にはその権限があるってことを分かりな
何もわかってないでいちゃもんつけてるなら、花園さんの言うとおり聞き分けの悪いただのガキだよ

奈々

正当な理由を下らない理屈で潰すなら、こっちも邪魔者を殺す気でいくからね
それが人の上に立つ人間の責任ってもんだから

松前

副会長と会長を敵に回してでも言いたいことがあるなら聞いてやる
言ってみろ、ほら!

奈々

あんたら全員戻ったあとで退学にしてもいいよ?
やれるから、やってもいいし

有紀

それは名案ですねっ!
会長、副会長!

有紀

生きるか死ぬかの現場で、議論の邪魔をするような低俗な人間は、僕も学校に居てもらわなくて十分です
父さんの教育理念に反しますんで、追い出しましょう

――最悪な人間たちが文句をつけた一部に敵対した。
生徒会長、志田奈々と副会長、赤木松前。
更に学園長の子供、小鳥遊有紀。
こいつらに逆らえば、本当に殺されたり学園を追い出されたりする可能性がある。
赤木は言ったことは実行することで有名であり、志田も気に入らない相手は潰しに来るだろう。
さらには学園長の倅まできてしまえば、太刀打ちできない。
渋々でも黙るしか、選択肢はなかった。

羽美

……ふんっ
結局権力には屈するんじゃん
だったら最初から騒ぐなよ馬鹿が……

その様子を見ていた羽美は吐き捨てる。
完全に弾圧してしまった。
正論が理解されないなら容赦はしないように。

羽美

小田、だっけ?
そんじゃ始めて
あとは任せるからさ

羽美はそれだけ言うと、また机に突っ伏した。
煩い奴らを静かにさせたかっただけの様子に、海音は眉を下げる。
結果としてはありがたいけど話は聞いてくれないのでは意味ないのに……。

海音

……
じゃあ、始めますね……

彼女がわざわざ出てきた理由。
それが、次なる殺し合いの幕開けとなったのだった。

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