綾瀬 咲月

何だこれは……みーくん、何故だろう。私は涙が止まらない

叫んで。絶叫して。
彼女は静かに涙を流す。

綾瀬 咲月

あれ? おかしいな? 傷なんて負ってないのに。どこも悪くないのに。……心が痛いや

そう言って涙を流す彼女の姿は、とても静かで、だけど美しく。そしてどこまでも孤独で悲しかった。

都 大樹

……綾瀬……

この状態では、たとえ彼女が戻ったとしても現実を受け止められないだろう。本当に心に傷を抱えて、立ち直れなくなってしまう。

だから僕にはできなかった。
彼女の元に、紫色の花を捧げるなんてことは。

結局。彼女は、テーブルの上にカレーライスを残したままその場を後にした。

「家まで送るよ」なんて、どうして言えようか。

都 大樹

そんなことを言う資格、僕にはあるはずもない

そうして僕は、綾瀬の残した、辛さの中にしょっぱさを感じるカレーライスに手を伸ばした。

藤峰 明人

こ、これは。クスクスのカレーライスじゃないか!?

僕が黄色い米のカレーライスを食していた時のことだ。背後から大きな声がしたのは。

振り返ると、見知った顔が立っていた。

都 大樹

えーっと、名前は何だったっけ?

僕が彼が何者であるか判明させるため頭をフル回転させていたところに、その男はこう言ってきた。

藤峰 明人

なあ都。お前このカレーライスの情報、どこで手に入れたんだよ?

若干、というかかなりの食い気味だった。
それ程お腹が空いているのだろうか……

都 大樹

いや、どこってそこのカフェだけど……

藤峰 明人

よし! このカフェだな。情報提供感謝する!!

そう言って、彼は颯爽と店の中に入って行った。

・・・・・・数分後。

藤峰 明人

そのカレーライス、秘密の裏メニューで、常連の中でもほんの一握りの人にしか出してないんだって……このことは口外しないでくれって頼まれたよ

都 大樹

そうか。それは残念だったな

僕の目の前に膝を着きうなだれている男の姿がそこにはあった。

都 大樹

ていうか、なら綾瀬はこのカフェにどれだけ通っていたんだよ……

僕がそんなことを考えていると、彼はいきなり立ち上がり言った。

藤峰 明人

まあだけど、1ヶ月黙っていることができたら、つまりその間常連様以外誰もこのカレーについて聞いて来なかったら、特別に食べさせてくれると約束してくれたからいいんだけどね

都 大樹

そ、そうなんだ。それは良かったじゃないか

何とも気の抜けた、無防備な笑顔だった。

藤峰 明人

そういえば、いつも都と一緒にいた青葉はどうしたんだ? 今日は学校は休みか?

彼のその言葉に、僕は対照的に、一気に暗い顔になってしまう。

都 大樹

ごめん……青葉の話しは、また今度にしてくれないか?

藤峰 明人

ああ、ごめん。聞くのはよしておくよ

聞き分けのいい奴じゃないか。そんな風に思った。
そして僕は気まずい雰囲気を変えるために、別の話題を振ったのだった。

都 大樹

それよりさ、『白石未筝』って女の子、どこにいるか知らないか?

それはやはり、避けては通れない問題だ。

藤峰 明人

ああ、彼女ならちょうど、今日の放課後待ち合わせしているよ。彼女がどうかしたのか?

都 大樹

ほ、本当かそれは!? なら、そこに僕も一緒に連れて行ってくれ! 何ならこのカレーライスをお前にやってもいい。お願いだ!!

彼の思いがけない言葉に、僕は気付けばそう叫んでいた。

けれども少年は、首を横に振った。

藤峰 明人

それはだめだよ。俺は彼女に一人で来るようにと言われているからね

都 大樹

そうか……

その言葉に首を落とした僕を見て、彼は続けた。

藤峰 明人

だけど力になるくらいならできると思うよ

都 大樹

それは、一体どういう事だ?

藤峰 明人

どうせ彼女から、へんな暗号みたいな待ち合わせ場所と時間を伝えられたんだろう?

都 大樹

どうしてそれを……

藤峰 明人

だって、俺も同じだからね。そしてやっと、今日の放課後そこに行けるという事だ

それはまさしく、僕にとっては希望とも言える情報だった。

都 大樹

なら、『中に糸の入った場所』というのは何処か教えてくれ! そして、牛の角が消える時間というのはいつのことなんだ!?

藤峰 明人

ちょ、ちょっと待ってくれ。まだ、俺も確証があるわけじゃない。それに、場所については同じ問いだけど、時間については俺とお前のとでは違うみたいだ。

都 大樹

じゃあ、どうすれば……

藤峰 明人

1日待ってくれないか? 僕の考えが正しければ、都の場合も考え方は俺の場合と変わらないはずだ。だから、まず俺が放課後白石未筝と会って来る。もし会うことができれば、その時は明日、お前の暗号を解いてみよう

都 大樹

ああ、分かった。ならそれで頼む

藤峰 明人

じゃあ俺はそろそろ行くよ。朝の講義は遅れると先生がうるさいからね

都 大樹

ああ、ありがとう。よろしく頼むよ

明日の朝7時半。場所はこのカフェ。
そう約束をして、僕たちは別れた。

いよいよ明日。
止まっていた物語が動き出す。

* * * * *

こんにちは。ご覧いただきありがとうございます。

今日友人が、ラインでこんなことを送ってきました。

桐谷 シルク

大分、地震大丈夫?

「ん? 地震あったっけ?」など思いつつも、『大丈夫だよ~』と返すと、続けて電話が鳴りました。
見ると、同じ友人。

桐谷 シルク

今テレビ見てたら、急に地震速報に切り替わって、熊本が震度7になってて。そしたら大分も震度5とかなってたからびっくりして……本当に大丈夫!?

そんなに大きいなら、気付くはずだけどなぁ

そんな風に思っていた瞬間。彼女は、

桐谷 シルク

あっ!!

と声を上げました。
何事かと聞くと、

桐谷 シルク

今見てたの録画番組だったから、地震も前のだ……てへ♡

と。心配してくれた彼女に感謝しつつ、熊本が心配にもなりました。

聞けば、熊本でも、断水が終わり水が出始めた地域が徐々に増えつつあるようです。

まだ油断はできませんが、熊本にいる人も、九州にいる人も、そうでない人達も、協力し合って乗り切っていきましょう。

具体的にできることはありませんが、今日その気持ちを再確認した出来事でした。

それでは、被災地復興を願いながら、今回もこの辺りで失礼します。

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