不安を新たにしてしまった料理対決から数日後。
 宇宙の学校では、最低でも一年に一回は『赤ちゃんを見に行く授業』があった。特に下に兄弟がいない人は赤ん坊を見る機会がなかなかないため、楽しみな授業となっているようだ。

 ぼくには妹がいて、赤ん坊を喜んだ記憶があるものの、今回の授業は非常に興味ある。生物的に違いがないとはいえ、宇宙人の赤ちゃんは一度見てみたい。

 向かうのは、乳幼児専門の医療機関。ここには産まれてから半年くらいまでの赤ん坊がおり、その後、親の元へと引き取られていく。
 出産という、宇宙人からすると原始的な方法は稀で、さらに生後数か月までの育児も半数近くが専門機関に任されている。
 新生児の数は、調整されていた。
 地球では将来的にも技術以外の面で困難であるこうした新生児調整――人口調整とは異なる――を、宇宙では実現している。
 あ、そういや。ぼくは重大なことに思い当たった。
 宇宙人はかつて、人類の弱点を克服するとして、宇宙に飛び出した人々だ。この『人類の弱点』とやらは、新生児数調整ができないようなことを指すのかもしれない。
 その辺りの疑問をやっこたちに尋ねると、

蛇塚弥津子

? なにそれ?


 やっこは素でわかりませんという反応だった。
 瑞佳や輝里菜も、わからないらしい。
 うんと、じゃあ克服した弱点って具体的にはどのこと指すの?

天童瑞佳

明人くん。そんな話、初めて聞いたよ。人類の弱点……を克服したのがわたしたちなの?


 逆に尋ねられてしまった。
 あれー。どういうことだ。
 地球のほうで情報が曲げられて伝わっていたのか、それとも、弱点克服などうまくいかなかったから話自体なかったことにされたのか。
 ……どっちもありそうだ。すごくありそうだ。人間には、ありそうなことだった。



 医療機関に辿り着くと、早速、並んで寝かされている赤ん坊を見た。

天童瑞佳

かわいい……


 瑞佳は思わずという感じで声を漏らしていた。
 やっこも目を輝かせている。というかみんなだいたいそう。
 赤ん坊たちは……正直あまり可愛くはなくぶっちゃけ不細工な子もいるが、可愛いと思うのもわからなくない感じだ。
 基本的にこの授業は、女子に見学・体験させるのがメイン。赤ん坊への愛情を持たせる目的がある。妊娠、出産、産まれた時点からの子育てといった過程を経ない、あるいは子供を切望して養子をとるようなことがあまりないため、こうした機会を用意しているのだとか。
 ちなみに子育ては女性が主だ。女性が選ぶ男性は死んでいることが一般的なのだから必然そうなる。
 ……負担になるなら殺さなきゃいいのに。でも言わないでおこう。

 赤ん坊は、見るだけではない。
 そう、本番はこれからだ!
 ぼくは恐る恐る、赤ん坊の小さな手に人差し指を近付ける。すると赤ん坊はぼくの指をがっしりと掴んできた。結構強い力、意外なほどに強い。ちょっと引っ張ってみる。自ら離してくれた。こちらの意思を感じ取ったとでも? もう一度近づけてみる。また掴んできた。今度は引っ張っても離してくれない。生命の力強さを感じる。もう片方の手はどうだろう。あ、目がいつの間にか開いている。こっち見てるじゃないか。どう見えているのかな。ぼくが動くと、目で追ってきた。と思ったら、無視してどっか違うところを見ている。関心あるのかないのかどっちだよ。足の裏をこちょこちょしてみた。無反応。まだこそばゆいというのがわからないらしい。ほっぺたぷにぷにしてみよう。うわ、いい張りだなぁ。
 …………。
 すべての行動に意味はありません。なんか遊んでた。
 しかしぼく以外の生徒たちも似たようなものだった。
 その中で、やっこは果敢にも、まだ首の座っていない赤ん坊を抱いていた。勇気あるな、やっこ。

蛇塚弥津子

~~っ! ここでお別れなんて嫌だよ~。お持ち帰りしたい~


 気持ちはわかるが落ち着け。それは普通に赤ちゃん泥棒だ。

天童瑞佳

き、気持ちわかるの!?


 瑞佳が吃驚して食い付いてきた。
 そりゃ気持ちはわかるさ。こんなに可愛いんだから。

天童瑞佳

そんな、明人くん……。ロリコンは絶対駄目なんだからねっ!

 ……おい。
 本気でぼくを心配して言っている感が、半端なく辛い。
 あとそれはロリコンではない。ロリコンっていうのは、例えば瑞佳のような見た目の女性を大人の女性として……ってこんなこと瑞佳に言えないな。
 ぼくたちから少し離れたところでは、おしめを替えるという高難易度の作業が行われていた。輝里菜もやっている。手際はよさそうだ。去年もしているからなのか他に機会あったのか。
 しかしふと、輝里菜の手が止まる。そしてじっと一カ所を見詰めた。
 その個所とは……、

 赤ん坊の、ち〇こ。

 ものっすごい真剣な表情で凝視している。何故かはわからないが、じっと見続けている。
 とても声をかけられそうにありません。

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