その後、ある赤ん坊が泣き出したのを契機に他の赤ん坊たちが一斉に泣き出すという混乱を挟みつつ、幸福な時間があっという間に過ぎ、帰る頃となった。
 ぼくもみんなも名残惜しいが仕方ない。 
 宇宙人の赤ん坊。それは、地球人の赤ん坊と、一切の差異がなかった。それはそうだ、生物としては同じなのだから。
 つまりは、宇宙人と地球人の差というものは、成長過程で身に付ける常識慣習というものに限られるということだ。



 女性が好きになった男性を殺す、という慣習。生物的な違いがない以上、これも後天的な常識に過ぎないということであり、地球人でも同じ環境に育てば身に付く感性ということになる。
 ほんとか?
 と、地球の常識に浸って生きてきたぼくは疑問に思うのだが、しかし地球内でも他国他民族の常識が信じられないことはよくあるから、そうならそうなんだろう。一応、頭では理解している。
 受け入れはしないが。
 しかしそもそも、何故惚れた男性を殺すことになったのか。すでに常識化しているから当事者でもわからないかもしれないが、理由はさすがにあるはずだ。
 学校に戻ってからその疑問を三人にぶつけてみた。
 ぼくに惚れたと真っ先に表明した瑞佳曰く、

天童瑞佳

それはみんなわかってるよ。えっとね、男性がいなくても子供は作れて、子供の数を調整するにもそのほうが都合いい――そういう前提があるから、子孫のために男性が生きている必要はないの


 うん。子育てのための労働力を考えると話は変わってくるだろうけど、そこまではわかる。

天童瑞佳

恋すると、その人を独り占めしたいって気持ちが出てくる。一夫多妻みたいに社会が認めない形でも、気持ちの上ではそうだよね


 まあ、そうだろうね。

天童瑞佳

殺してしまえば、永久に自分のものだから、殺すことになったの


 …………。
 あれ、説明終わり?

天童瑞佳

? 終わりだけど


 そうか。
 いやいや、疑問はほぼ解消されてないぞ。
 その理屈でいくと、男性が女性を殺してもいいことになる。力で言えばそっちのほうが自然に起こりそうだ。

天童瑞佳

そういえばそうだね。どうしてかな


 今度はやっこが、

蛇塚弥津子

男の人は女の人に死んでほしくないんだよ~。だってエッチしたいから


 ……あー、うん、でもそれもやっぱり説明になっていない。
 女性も好きな人にいなくなって欲しくはないはず。それこそ性的なことだってしたいはず。

天童瑞佳

いなくなってないよ!

瑞佳はちょっと必死だ。

天童瑞佳

死んだら殺した人の心の中でずっと生き続けるの


 そうきましたか。

蛇塚弥津子

そうそう。肉体的なものを求める男性と、精神的なものを求める女性、その差が殺される側と殺す側を分けた


 でもさ、男も女も、個人で違うわけだから。
 例えばやっこは、エッチしたい派なんじゃないのか?

蛇塚弥津子

っ! ~~っ、なな、何言ってるの、ばかぁ


 あれ、いつぞやの赤面よりも動揺している。

天童瑞佳

もう! 明人くん、そういう変態なところが男性にはあるから、死んで神聖化したほうがいいってことになったんじゃないかな


 諭してくる瑞佳。
 納得いかない、非常に納得がいかない……。
 そういやこの話題中、輝里菜はじっと黙って明後日のほうを向いていた。消極的ではあっても無視のような恰好を取ることはこれまでなかったのに。

死んでもいなくならないという理屈

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