午前の授業が何事もなく終わる。特別付いていけないことはないとはいえ、きついものはあった。ぼくは交換留学生に選ばれたくて必死こいて成績上げたような頭だから、余裕はないという次第。
 それに慣れない『環境』は疲れるものだ。
 例えば、重力がわずかながら小さい。
 地球でも赤道付近に行けば軽くなるが、そんな誤差みたいなものよりももっと軽くなっている。重くなるよりは過ごしやすいかと思っていたのは誤解だった。
 重力と便宜上言っているものの、重力そのものではなく、遠心力やらなんやらを応用した疑似重力だ。
 ここは宇宙空間の無重力地帯に作られているのであって、異星に築かれた文明ではない。だからここの人たちも『宇宙人』であって『異星人』ではない。
 宇宙で生まれ育っている宇宙人からすれば重力軽いことなんて気になるはずもなく、午後の授業が終わると軽やかに天童さんが寄って来た。

天童瑞佳

お昼ご飯いこっ


 うん。応じて席を立つ。
 お昼ご飯に行く。しかし食堂に行こうと誘われたわけではない。食堂自体ないからだ。かといって、中庭でお弁当を食べようといった誘いでもない。中庭は存在するが、弁当などないからだ。
 教室内でも廊下でも屋上でもどこでもよく、あるいは一カ所に留まらず歩きながら、友達同士駄弁って食事。皆、袋入りの液状な食べ物をチューブで吸って食べている。
 地球にだってそういうのはあるが、中身が異なるし、また宇宙ではこういう食べ方が一般的だ。固形の食べ物も、茶碗や皿に盛られるものではなく、一口サイズの塊を口に放り込む。
 でもこれだと顎や歯が丈夫にならない心配あるな。あ、もしかしてその影響が『美少女顔』に繋がってたりするんだろうか。関係ないかな。

 今日のお昼ご飯も前日に続き、蛇塚さん、天童さん、黒上さんの三人と一緒にとっていた。いつの間にかこのグループで固まってしまったようだ。ぼくも嫌じゃないので付き合うのはやぶさかではない……っていうか嬉しいことかな。

 命狙われてるけど。

 今日は一般教練屋上で駄弁ることになった。青空はないはずなのに、ちゃんと青く見えるよう作られた空の下、仲良く昼食。

蛇塚弥津子

そうだ明人

と蛇塚さん。

蛇塚弥津子

私の名前って呼びにくいから、みんなみたいに『やっこ』でいいよ


 ん? 蛇塚も弥津子も特に呼びにくいとは思えないんだけど。
 まあいいか。
 ええと、やっこさん?

蛇塚弥津子

『やっこさん』は駄目

 困り顔でクネクネし出した。確かに『やっこさん』はおかしいか。
 じゃあ、やっこ。

蛇塚弥津子

明人


 はい?

蛇塚弥津子

呼んでみただけだよ~。明人も呼んで


 ……やっこ。

蛇塚弥津子

明人~


 なんなんだいったい。

天童瑞佳

どわーっ!


 などと奇声を発したのは、天童さん。

天童瑞佳

わ、わたしも、『瑞佳』でいいから!


 いいから、と言いながら、それ以外は許されない勢いだ。
 ついでに黒上さんも、

黒上輝里菜

きりなも、きりなって呼んで

 小さく消え入りそうな声ながら、しっかり伝えてきた。
 そういえばぼくのことは最初から『明人』と呼んでたね。宇宙では下の名前で呼ぶほうが自然なのか。

 ちなみにぼくのフルネームは知念(ちねん)明人。
 蛇塚さ……やっこがぼくの疑問に答えてくれるようだ。

蛇塚弥津子

ん~、宇宙ではってことはないよ。人に依るかな。私は、知念くんって呼ぶのちょっとエッチだから明人って呼ぶことにし――


 待て。さらりと言ってのけてるが、絶対おかしい。なんで『知念』がエッチなんだ。そして初対面時の回想もう一回するぞ、おい。
 すると瑞佳が顔を赤くして、

天童瑞佳

またあんな破廉恥なことを!? こここ、この変態! でも大好きっ!


 このやり取りループする気か。
 ループから脱出させてくれたのは、輝里菜だった。

黒上輝里菜

ち、地球だとどんな昼食食べてるの?


 非常にまともな会話。輝里菜って、おどおどして人付き合い苦手そうだけど、話してみれば最も惹かれる女子、という人かもしれない。

 宇宙の食料は五感すべてにおいて味気ないという欠陥があるものの、安価で安全で安定的な供給をできる利点がある。一方地球では、美味しいものを供給できるが、先進国でさえ餓死者が出るように、安定はしていない。
 宇宙人は地球の食べ物に興味津々で、高級料理に限らず、ファストフード・ジャンクフードの人気も高い。ぼくが話す、一般人が普段食べているものに対しても、彼女たちは関心あるようだった。
 宇宙人は地球の食べ物が欲しいし、地球からすれば宇宙の技術を頼れば食料の確保ができる。双方メリットがあるわけだ。
 もちろんこれは単純化して言ったもので、実際は諸問題あるのだが、それでも嘘ということはないわけで、貿易を進めるべきという意見があるのは当然だ。そう言っているということはつまり、現在は貿易なんてしていないということ。

 しかし疑問だ。食べ物といえば、人間が幸福を感じる原始的にして最大級の欲求。何故宇宙では美味しいものが発達しなかったのだろうか。

天童瑞佳

どうなのかな

瑞佳は小首を傾げる。

天童瑞佳

地球だと一般の人も料理するんだよね? 鶏の首絞めたり


 個人差はあれど、料理するにはするね。
 ……鶏の首絞めるのが何故真っ先に例として出てきたのかは疑問だが、そこは敢えて触れない。

天童瑞佳

宇宙で凝った料理するのは、専門の仕事だけだから、一般の人はあんまり。あ、でも、専門の人が美味しいもの作ればいいから、答えになってないかな

蛇塚弥津子

食材がないんだよ~

とやっこ。

蛇塚弥津子

だって地球には海や山の幸ってあるでしょ。宇宙には海も山もないから、『とったどー』ってできない


 ああ、そういやそうか。ていうかそれよく知ってるな。
 輝里菜も消極的ながら話してくれる。

黒上輝里菜

農業の蓄積もないから、誰も作物育てられない


 地球は近代化後急速に発展したとはいえ、無から有を生んだのではなく技術を継いできた上でのことだ。宇宙人も地球の文明を継いでいるが、農業においてその割合は小さいのかもしれない。
 もちろん宇宙のほうが遅れているなんてことはない。環境や歴史が違うから発展する分野が違うというだけのこと。
 現状、食料はほぼすべて、微生物を増殖させたものを加工している。作物や家畜や採取狩猟とは異なり、簡単に確保することが可能だ。地球でも一応同じ動きはあるが、宇宙のほうがそれこそこの分野での歴史・蓄積がある。

蛇塚弥津子

料理……かぁ


 あれ、やっこの表情がいかにも『企んでます』って感じになってるぞ。

蛇塚弥津子

うん、これだ


 どれだ。

蛇塚弥津子

地球の男性は、女性に料理作ってもらうとメロメロになるんだよね?


 ……いや、まあ、そういう人もいるだろうが、一部に限られるのではないかと。

蛇塚弥津子

またまた~


 体をクネクネさせる。これ癖だなきっと。

蛇塚弥津子

今度明人に自慢の宇宙料理作ってあげるね


 へえ。
 ……さっきまでの話と見事に矛盾するじゃないか。なんだ宇宙料理って。そんなのないんじゃなかったのか。

天童瑞佳

わたしも!


 瑞佳は両手で万歳して参加表明。
 だからないんじゃないのか宇宙料理。

黒上輝里菜

えっと……。きりなたちも簡単なものなら習ってるから


 え、そうなの?
 簡単なものってどんなだろう。キャベツの千切りとか目玉焼きとか? 食材もないのにいったいどうやって。

黒上輝里菜

そういうのじゃなくて……


 輝里菜が説明してくれそうだったが、その前にやっこが、

蛇塚弥津子

どんな料理かは、当日のお楽しみ!

天童瑞佳

わたし負けないよっ!


 やっこも瑞佳も気合充分の様子。
 つまり、料理対決でぼくのハートを掴むのは誰か競う、という展開?
 いやあ、モテて困るね。
 ……毒殺はナシの方向でお願いします。ハートの動きを止める戦いは要りません。

学園ラブコメといえば一緒にお昼ご飯!

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