重々しく、どこか哀愁を漂わせながら、蛇塚弥津子(へびづかやつこ)さんは言葉を紡いだ。

蛇塚弥津子

最初はよこしまな気持ちで同じ寮になったけど、いつの間にかこの寮が私たちにとってかけがえのない大切な場所になっていたんだね……


 場が、しんみりとした。
 でもぼくはこの空気を壊して言わないといけない。
 いい話的に締めようとしているところ悪いんですが、ぼく寮に今日から入るので、何の思い入れもありません。

蛇塚弥津子

てへ☆


 てへ、じゃない。
 というか、よこしまな気持ち? いったいどういうことだ。
 宇宙の留学先であるクラスの仲間にして今日から同じ寮の仲間でもある蛇塚さんを問い詰めた。

蛇塚弥津子

どういうことって、うぇへへ、わかってるくせに~


 体をクネクネさせながら言ってくる。クネクネが巧いな、動きが滑らかだ。
 見た目は清楚美人というか、そういう人であるものの、内面は全く違うことを初対面にして思い知らされた。
 なにせ最初に交わした挨拶が、

 

蛇塚弥津子

これからよろしくお願いしま○こ


 いきなり直球過ぎる下ネタ。しかしすんごい柔和で、神聖な感じさえある笑顔。後光が見えるくらいだった。
 で、よこしまな気持ちって結局なんなんだ。

蛇塚弥津子

もう、明人(あきと)ったら。女の子の口から言わせる気?


 ……初対面の回想もう一回しようか?
 そんなぼくのつっこみに、ぼくに惚れていることをすでに公言しているクラスメイトでやはり同じ寮生である天童瑞佳(てんどうみずか)さんが、顔を真っ赤にして、

天童瑞佳

あ、あああ、あんな破廉恥なことをもう一回っ!? この変態! でも大好きっ!


 いや、破廉恥な発言したのは蛇塚さんなんだが。あと罵倒されたのか告白されたのかよくわからないです。
 天童さんは身長その他発育が十六歳にしては良くない感じで、あっち方面の話題の免疫もさほどないようだった。……あり過ぎる蛇塚さんとは対照的。
 二人とも絶世の美少女といえる。ぼくが地球にいた頃そういう人は希少だったわけで、宇宙人はもしかしたら美少女率高いのかもしれない。
 ちなみにぼくは宇宙人事情に特別詳しいことはない。地球内の国々で交換留学する生徒が行先に詳しいわけでもないのと一緒だ。多分。
 むしろ迎える宇宙人たちのほうが地球に詳しいようだった。なかにはマニアな人もいるくらい。宇宙では空前の地球ブームで、地球のほうからすると絶大なビジネスチャンスとなっている。
 詳しいといっても、必ずしも正しい知識であることとイコールではないところが、難儀なのだが。イメージ先行もあれば、どうしても宇宙の常識に合わせてしまうこともある……。

蛇塚弥津子

ねぇねぇ明人!


 蛇塚さんが前のめりになって長机に手を付けながら言う。彼女は胸の発育が標準以上にいいものだから、えっと、まあそれはいいや。

蛇塚弥津子

誰と一緒の部屋がいい?


 と、蛇塚さんは訊いてきた。
 …………。
 なんですと?

蛇塚弥津子

だからぁ、誰と一緒の部屋にする? 私、立候補しちゃうよー


 陽気に言い、手を勝手に挙げた。
 おっしゃっている意味がわかりません。確かにぼくはこの寮に入るが、まさか女子と一緒の部屋になるわけがない。
 宇宙人の男子もちゃんと学校に通っている。すでにいないのはあくまでも目ぼしい男性なので、つまり、周囲に男性が少ない状況でも女子に相手にされないような男子ならばしっかり生存して暮らしていた。
 男子がいるのだから、必然男子寮も存在する。建物自体は女子寮と同じだが、はっきり分かれていた。だからぼくが入る『この寮』とは、『この寮の男子寮のほう』という意味であって、女子寮では断じてない。

天童瑞佳

わたしも立候補するから!


 天童さんも乗ってきた。小さい体を補うためか、両手で挙手して気持ちをアピールしているようだ。
 えーと、今ぼくが言ったこと聞いてた? ぼくは男子寮に入るんであって、女子寮には入らないぞ?

蛇塚弥津子

またまた~


 蛇塚流クネクネ動きで肘を横腹に突いてきた。

蛇塚弥津子

男の子はみんな女子寮に入りたがるの、知ってるんだから。うちの男子も女子寮に侵入しようとしてよく撃退されるんだよ


 え、マジで?

蛇塚弥津子

うん。殺す魅力のない男ばっかりだから、殺しはしないけどね。みんなで半殺しにするだけで


 宇宙人やっぱり暴力的だー。

天童瑞佳

そうだよ、明人くん


 天童さんは心配そうな顔と声をしている。

天童瑞佳

明人くんがそんな目に遭わないためにも、最初から正式に女子寮に入っていればいいと思うの


 いや、その理屈はおかしい。
 どこからつっこめばいいのか。と迷っていると、

蛇塚弥津子

ねえ、輝里菜(きりな)はどう思う?


 蛇塚さんは、黒上(くろかみ)輝里菜さんに話を振った。
 黒上さんもクラスメイトで寮生。この場には彼女たち三人とぼくの計四人がいる。

黒上輝里菜

うんと……


 話を振られた黒上さんは、困ったようにうつむいてみたり目をきょろきょろさせたりしている。
 教室でもずっとこんな感じだった。自己主張が苦手な感じ。身長は女子のなかでは高くてぼくと同じ程度、そしてこれまたすごい美少女だった。
 黒上さんはやっとという感じで応える。

黒上輝里菜

きりなも、あきとくんと一緒の部屋がいい……かな


 えー。まさかの参戦。

蛇塚弥津子

おおー。輝里菜にしては珍しいねー

蛇塚さんは感心しているようだ。

天童瑞佳

そんなー

と、天童さんは嘆きの声。

天童瑞佳

やっこちゃんだけでも強敵なのに、輝里菜ちゃんまでー。でもでも、明人くんを殺すのはわたしなんだから!

 いやあ、まいったね。
 三人もの美少女に言い寄られている。しかも同じ部屋で暮らそうという大胆な申し出。

 別に自慢しているわけでものろけているわけでもない。それはもう断じてない。だって命狙われることをそうは言わないはずだ。少なくともぼくの生まれ育った地球では言わない。絶対言わない。
 会ったばかりでやたらと求愛受けている格好だが、これは仕方ないのかもしれない。彼女たちは積極的にならざるをえない事情がある。
 もたもたしていたら、他の女性にとられてしまう。
 地球人なら、とられても後で奪うことは可能だし、放っておいても別れてくれるし、他に男は山ほどいる。しかし宇宙人は、すでに死んでいてはどうにもできず、他に男はあまりいない。
 さっさと目を付けて先に殺すしかないのだ。
 いやあ、ほんとうに、まいった……。

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