はた織り機?
はた織り機?
鶴太郎がいた組織、
まっとうな感じがしない。
与兵は勝手にそう思いました。
悪の組織なら、こいつのこと探しに来るかもしれない。ここまで上玉だと、やっきになってるかも……。
そのため、与兵は武器になりそうなものを納屋に探しに来ました。
……。
…………。
…………。
……。
使いようで武器になるかもしれないけど、どれも無理そうだな……。
分解したり組み合わせたりという、そういうセンスは与兵にありません。
山道を歩いたり、ひとりで力仕事をしたりしていたので、体力はあったし、生活力にかけては誰にも負けませんが、戦うことには慣れていません。
吾助ならこういう時、
すごく頼りになるんだが……。
吾助は親分肌で、与兵が困っているといつも助けてくれました。
吾助か……。
あの日は、違っていました。
今から三年ほど前のことです。
与兵が診療所に帰ると、裸の与兵の彼女と吾助がベッドにいました。
与作くん!
まさかと思うけど
俺のことか?
衝撃を受けていましたが、違う名前を呼ばれて妙に冷静になってしまいました。
早かったな。
彼女は取り乱していましたが、吾助はいつも通りでした。
ち……、違うの与作くん。
吾助くんが……。
俺の名前は間違えるのに、
吾助は間違えないんだな。
与作じゃないの?
違う。
俺は彼女を診察していただけだよ。
そう!そうなのよ。
なんだか気持が悪くて。
つわりかもしれないわ。
あなた、パパになるのよ。
なんねーし。
そうだとしても、前の彼氏んだろ?
付き合って1か月たっていませんでした。
やっぱダメか……。
与兵なら誤魔化せるかもと思っていました。
私、あなたと別れたくないの!
えっと、その……
よ……、なんだっけ?
与一
そうだ、与一くん!
弓、射らねーし。
那須与一は弓の名手です。
ぷっ
吾助は楽しそうでした。
からかってないで、
名前を教えなさいよ!
もう別れるんだし、
知っても意味ないだろ?
あるわよ。パパに言いつけて、あんたなんかお天道様の下、歩けなくしてやるんだから……。
すると、吾助が立ち上がりました。
俺が忘れさせてやるから、
こっち来な。
え?
そう言って、吾助は彼女の腕を掴んで、強引にどこかに連れて行こうとしていました。
まともに名前も覚えられてなかったんだ……。
それもショックでしたが、自分の彼女とわかっていながら手を出した吾助の方が嫌でした。
お前も来るか?
呆然としていた与兵を見て、吾助が言いました。
!!
やってやるぞ?
するか!
バカ!!
とっさのことだったので、気の利いた事が言えませんでした。
与兵は頭の中がぐちゃぐちゃになり、診療所を飛び出してしまいました。
あいつ、何考えてんだよ……
与兵にはわかりませんでした。
いくら仲の良い幼馴染でも、ひとりの女性を一緒にという意味がわかりません。
しばらくじいさんの別宅に行ってよう……。
それがこの山奥の一軒家です。
それから与兵はここで暮らし始めました。
その頃は住めるような状態ではなく、壊れた壁を直したり、散らかっていた部屋を片付けているうちに、町に戻るのが億劫になっていました。
何も考えずに、いろいろ直したり毎日の生活に追われたりして3年がたっていました。
誰にも煩わされず、ひとりで過ごすのは思っていた以上に悪くありませんでした。
吾助があんなことするなんて、
今でも信じられない。
性格はねじ曲がってるけど、
悪いヤツじゃなかったのに……。
あんな吾助、
見たくなかった……。
与兵はそれが悲しくてしかたがありませんでした。
それが山奥で一人で暮らす、一番の理由だったのかもしれません。
でも、治療費ふっかけてくるし……、もう昔の吾助とは違うのかもしれない……
俺が大事だと思っていた吾助は……。
与兵、
どうしたの?
連れて行かないと騒ぐので、与兵は鶴太郎といつも一緒です。
「だっこ」はしたくなかったので、移動は背負います。
今は、与兵の後ろの箱に座り、珍しそうに周囲を見ていました。
ん?
存在をほんの少しの間、忘れていました。
なんか辛そうな顔してる。
鶴太郎が心配そうに与兵を見ています。
お前の世話が辛いからだろ。
え…………?
鶴太郎が悲しそうな顔をしました。
しまった……。
八つ当たりでした。
言ってから与兵は後悔しました。
早く怪我、治せよ。
ぶっきらぼうに与兵は言いました。
どうしてもっと優しい言葉がかけられないのかと与兵は思いました。
うん……。
鶴太郎は泣きそうな顔でうなずきました。
与兵は心がズキズキと痛んだような気がしました。
……
♪~
鶴太郎がまた小さな声で歌い出しました。
……。
ちょっとだけ、気持ちが穏やかになりました。
使えそうな物は、ないな。
戦闘センスは皆無です。
ねえ、与兵。
鶴太郎が、手元に来た与兵の服を、クイクイ引っ張ります。
あ?
あれ、使っていい?
なんだあれ?
鶴太郎が指さす方に、木でできた大きな機械がありました。
椅子もついていて、足元にはペダルもあります。
納屋に置いてあるのは診療所のおじいさんの物なので、与兵が知らないものがほとんどです。
はた織り機だよ。
知らないの?
なんでお前が知ってるんだ?
はた織りは知っていた方がいいって言われたんだよ。
お前、ホントにおかしなところで育ってるんだな……。
そぉ?
はた織りより家事を覚えた方が、役に立つだろ?
でもボク、筋が良いって言われたんだ。
家事はやらないけど、
はた織りならやる。
はぁ?
与兵が家事をやって、ボクがはた織りして反物(たんもの)作るから、それを売ればいいと思うよ。
売れるのか?
うん
こくんと鶴太郎はうなずきました。
…………。
子供の言うことです。
それをうのみにすることはできません。
それに、与兵は納得ができませんでした。
それだと俺が主夫になるじゃないか……。
頭の固い与兵は、こんな子供に養われるような形になるのが嫌でした。
今のままでも生活はできるから、余計なことはしなくていい。
でも、ボク、他のことできないよ。
夜のお相手はできるけどっ
それはいらん。
そういう考え方はやめるんだ。
どうして?
そういうことは、
本当に好きな相手とするんだ。
ボク、与兵が大好きだよ。
……。
その好きとは違う。
違わないよ。
与兵が一番好き。
……。
破壊力抜群でした。
とにかくダメだ。
でも……。
ん?
ボク、与兵に迷惑をかけてばかりいるもの。はた織りくらい、やらなきゃ。
…………その自覚、
あったのか?
あの態度で……。
家事とか、
できないし……。
足を怪我してたら
できないんじゃないか?
与兵ははた織り機を見て言いました。
足元のペダルは重要そうな感じがします。
ボク、痛くてもがんばるよ。
そんなことしなくていい。
じゃ、夜の方がんばる。
そっちはもっとしなくていい。
ボクのこと、
嫌いだから?
嫌ってないから
泣くな。
ホント?
……ああ。
じゃ、好き?
どうしてそうなる!
だって、好きな人に、
好きって思ってもらいたいもん。
与兵はいたたまれなくなって、鶴太郎に背を向け、何かを探すように、意味もなくガラクタをガチャガチャさせました。
こいつの好きと
俺が思ってる好きは違う。
「夜のお相手」も、
意味は解ってないだろう。
こんなに小さな
子供なんだから……。
もしかすると、こうなるように仕込まれただけかもしれない。こいつがいた組織は、こういうのが好きな輩に売るために、こいつをこんなにしてしまったんだ……
与兵は勝手にそんな組織を想像してしまっています。
俺は、そういう連中から、こいつを守ってやらなきゃならない。
と、与兵は勝手に盛り上がっていました。
…………。
鶴太郎はそんな与兵の背中を、じっと見つめていました。
…………。
与兵。
あ?
飽きた。
だっこ。
…………。
もう納屋でやることもなかったので、与兵は鶴太郎を背負って出ました。
家事全般、鶴太郎の世話は、与兵がすることに決まりました。
はた織りって、なんだ?
あのホネホネの機械みたいなので、
どうやって何を作るんだ?
はたを織って、布を作るということを知らない、町育ちの与兵でした。