食事当番は誰?

鶴太郎

おはよ~。

鶴太郎が元気に与兵を起こしました。

いつもは早起きの与兵が、珍しく寝坊してしまいました。
鶴太郎の隣は、思っていた以上に悪くありませんでした。

与兵

おはよう……。

もちろん、そんなことを言うつもりはまったくありません。
ムクっと起きて、布団をたたんで押入れにしまいます。

鶴太郎の分もしまおうとしていると、

鶴太郎

その布団、埃っぽいから
もう使わなくていいよ。

と、言いました。

与兵

お前はこっちを使え。

鶴太郎

与兵の布団で一緒に寝るから
いらない。

与兵

ダメだ。

鶴太郎

冬は一緒の方が
あったかいよ?

与兵

ダメ

鶴太郎

ぷぅ

そう言って、不満そうな顔をします。

与兵

そんな顔してもダメだ。

与兵は厳しく言いました。

鶴太郎

夜になったら
また入っちゃお

鶴太郎はこっそりとそう思いました。

与兵

きっとまた
入ってくるんだろうな……。

与兵もそう思いました。

与兵

…………。

与兵は鶴太郎が埃っぽいと言った布団を見ました。

確かにそんな感じがします。
与兵はその布団を干すことにして、押入れには入れずに床の上にたたんで置きました。

鶴太郎

お腹空いた。

与兵が布団を片付け終わると、それを待っていた鶴太郎が言いました。

与兵

……………………。

与兵

こいつは怪我をしているんだ。
俺が面倒を見てやらないと、何もできないんだ……。

与兵は自分に言い聞かせました。
そして、食事を作るために囲炉裏部屋に行こうとすると、

鶴太郎

ん……。

と、両手を与兵に差し出します。

与兵

その手は何だ?

鶴太郎

だっこ

与兵

……こいつは怪我をしているんだ。俺が移動させてやらないと、動けないんだ。

そう自分に言い聞かせて、鶴太郎を背負います。

鶴太郎

だっこ……。

与兵

おんぶでいい。

鶴太郎

え~

鶴太郎は不満そうです。

与兵は囲炉裏端に鶴太郎を座らせ、台所で食事を作っていました。
かまどには新しく薪がくべてあります。

鍋にトン汁を作って、囲炉裏に持ってきてその上につるすと、鶴太郎は与兵にぴったりと寄り添いました。

お椀によそって鶴太郎に渡しましたが、手伝うことはしません。
してもらって当たり前という感じです。

与兵

嫁になるって言ってなかったか?

朝食と夕食も兼ねた、鍋いっぱいのトン汁をかき混ぜながら与兵は言いました。

鶴太郎

言ったよ。
っていうか、嫁だよ。

与兵

…………。

与兵が最も恐れていたことです。

与兵

違うぞ。
お前は俺の嫁じゃないからな。

鶴太郎

嫁だもん。

与兵

違う。

鶴太郎

一緒に寝たもん。

与兵

人聞きの悪いことを言うな。
一緒の布団で寝ただけだろうが。

鶴太郎

それって嫁になるってことだよね?

与兵

う……。

「そうではない」と言うと、どう違うのかを説明しなければいけない気がして、言葉を詰まらせました。

与兵

嫁って、
家事するんだぞ。

鶴太郎

そうなん?

与兵

料理、
できるのか?

鶴太郎

できない。

与兵

いばるな。

鶴太郎

だって、
足、怪我してるし。

与兵

……。

そうでした。
鶴太郎は、足を怪我しているのです。

それなのに、「家事をしろ」だなど、ひどいことを言ってしまったのかもしれません。

鶴太郎

夜のお相手が完璧なら、そんなものできなくっていいって言われた。

与兵

誰だ?
その間違った知識をお前に教えたのは。

鶴太郎

みんなそう言ってたよ。

与兵

えらく抽象的な感じだ……。

「みんな」というのが怪しいです。
でも、誰かひとりに言われたのではなく、いろいろな人間が口々にそう言っていたのかもしれません。

与兵

こんなガキにそんなことを言うなんて、まともな集団じゃないな。

与兵

いかがわしい匂いがする。
子供を誘拐して、下衆なヤツらに引渡したりしているのかも……。

与兵

こいつなら高値で
取引できそうだし……。

与兵は自分が小さい頃のことを思い出しました。

自分を育ててくれた診療所のおじいさんは、口は悪いし、お上品ではありませんでしたが、そんなことは言いませんでした。

与兵

じいさんはああ見えて、
まっとうだったんだな。

与兵

こいつもまっとうにしてやらなければ。

そんな使命感に密かに燃えていました。

与兵

ここで家事を覚えろ。

鶴太郎

そうすれば、
嫁にしてくれるの?

与兵

しない。

返答が早かったです。

鶴太郎

…………。

鶴太郎の目に、涙があふれてきます。

鶴太郎

ボク、与兵のお嫁さんになりたい……。

与兵

…………。

与兵

男同士で、結婚はできない。

鶴太郎

ふぇ……。

ぽろぽろぽろぽろ涙がこぼれます。

与兵

はぁ……。

与兵はため息をつき、鶴太郎をそっと抱き寄せて頭を撫でました。

与兵

うちには置いてやるから。

本人は気付いていませんでしたが、それまでになく優しい響きを持っていました。

鶴太郎

いいの?

与兵

追い出されたら行くとこないんだろ?

鶴太郎

うん。

与兵

それなら家事くらい覚えろ。

鶴太郎

やだ。

与兵

…………。

やっぱり追い出そうと思っていた時です。

鶴太郎

だって、与兵のごはん、
美味しいんだもん。

与兵

…………
…………。

与兵は何も言わず、トン汁をよそって鶴太郎に渡しました。

鶴太郎

おいしい~。

とろけるような笑顔で鶴太郎は言いました。

与兵

…………。

食事当番は、与兵に決まりました。

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