怪我が治ったら?

鶴太郎

ここ、与兵の家?

いきなり呼び捨てです。

与兵

……そうだ。

鶴太郎

へー、意外。
綺麗にしてるんだね。

山奥の一軒家。
診療所のおじいさんの持ち家です。

小さな家ですが、与兵は綺麗に使っていました。

与兵

診療所に置いて来ればよかったかも……。

家に連れてきたことを、後悔している与兵でした。

鶴太郎

ねえ、お腹空いたんだけど。

与兵

今、帰って来たばかりで、
出来てるわけないだろ。
ちょっと待ってろ。

鶴太郎

はーい

与兵

怪我が治ったら追い出す。

そんなことを思いながらごはんのしたくをしました。
町で買い物もしていたので、食材もたくさんあります。

与兵はそれらを惜しげもなく使いました。

鶴太郎

♪~

鶴太郎が、小さな声で歌っています。

与兵

……。

与兵はそれを、土間で食事のしたくをしながら聞いていました。

鶴太郎

♪~

与兵

…………。

空から光が降ってくるような、そんな感じがしました。

鶴太郎

おいし~

与兵

……。

ご飯を作ってあげると、鶴太郎はモリモリ食べました。

鶴太郎

こんなに美味しいご飯、
食べたことないよ。

与兵

まあ、当然だ。

与兵は凝り性です。
山奥での生活を、地味に楽しみながら技を究めていました。

炊事洗濯、なんでも得意になっていました。
山奥での生活は、時間がたくさんあります。

鶴太郎

やっぱり嫁になろうかな。

与兵

断る。
怪我が治ったら出て行け。

鶴太郎

え?

鶴太郎

…………。

与兵

…………。

与兵は心がチクっとしましたが、何も言いませんでした。

その日の夜です。

鶴太郎

ねえ、そっち行っていい?

与兵は自分の布団の隣に、物置にあった布団を持ってきて、鶴太郎を寝かせていました。

与兵

はぁ?

鶴太郎と寝る気はまったく全然ありません。
与兵の好みのタイプは美人なお姉さん(絶対に女性)です。

姿かたちは好みのど真ん中ですが、もう少し成長した方がいいです。

でも、男は無理です。

鶴太郎

一人で寝るの、
慣れてないんだ。

さっきまでずうずうしかったのに、頼りなさそうな声で言います。

与兵

なんだそれは?

鶴太郎

こんな真っ暗な夜、
怖いよ……。

月は出ていましたが、町に比べれば暗いです。
与兵ひとりしか住んでいない山奥では、街灯もありません。

鶴太郎

寒いし……。

与兵

……。

鶴太郎は、まだ声変わりもしていない子供です。

与兵

好きにしろ。

吐き捨てるように与兵は言いました。

鶴太郎

わーい

鶴太郎は大喜びで与兵の布団に入ろうとしました。
でも、足を痛めていたので、思ったように動けません。

鶴太郎

あれ、あれ?

与兵の布団を持ち上げて、うんうん唸っています。

与兵

寒い……。

与兵

……っとにもう。

隙間風に耐えられず、与兵は鶴太郎を抱き寄せて布団に入れました。

鶴太郎

……。

与兵

……。

鶴太郎

あったかい~

そう言って、鶴太郎は与兵の体にピタッとくっついてきます。

与兵

……。

与兵にとっても、久しぶりの人のぬくもりでした。

与兵

お前、家族は?

鶴太郎

いないよ。

与兵

一緒に旅していたっていうのは?

鶴太郎

知り合いだけど、家族じゃない。

鶴太郎

いつか、別々にならなければいけない人たち。

与兵

こう見えて苦労しているのか?

鶴太郎

みんなに言われたんだ。
「家族が欲しいなら、誰かの嫁になればいい」って。

与兵

嫁って変だろ?

鶴太郎

変じゃないよ。

鶴太郎

そうしなさいって
言われたんだ……。

鶴太郎

ボクは「ふつう」と違うから。

与兵

…………。

鶴太郎

試してみる?

鶴太郎はそう言って、与兵の胸元に手を伸ばしました。

与兵

やめておけ。

鶴太郎

そっか……。

鶴太郎は、与兵から手を離しました。
その声には、傷ついたような、寂しいような響きがありました。

与兵

……怪我してるだろ。

与兵は自分でも、どうしてそんなことを言ってしまったのかわかりませんでした。

鶴太郎

じゃあ、
治ったらしようね。

与兵の言葉に、鶴太郎は嬉しそうに言いました。

与兵

そんなことしなくても、
置いてやるから。

鶴太郎

ふーん。

与兵

なんだ?

鶴太郎

なんでもない。

鶴太郎は、与兵にぴったりくっついてきました。

与兵

暑いから離れろ。

鶴太郎

ウソだ~。
めっちゃ寒いし。

与兵

俺は暑い。

それでも鶴太郎はグイグイ寄ってきます。

与兵

離れろ

鶴太郎

ねえ……。

与兵

あ?

鶴太郎

いつもこんな寒いところに
一人で寝てたの?

雪深い山奥の一軒家は、身も心も凍えてしまいそうでした。

与兵

……そうだ。

鶴太郎

ふーん。

鶴太郎がくっついてきたけれど、与兵はそれをどけませんでした。

与兵

湯たんぽだと思えばいいか……。

与兵

……。

こそばゆい湯たんぽでした。

鶴太郎

……。

鶴太郎は、幸せそうに眠りました。

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