アオイ

ふぅ、ヒカルが女だとわかってもらうのは毎回骨が折れるな

ヒカル

失礼な言いぐさだな。ほんとうに骨を折ってやろうか……なんでいつもこうなるんだ

 ヒカルが面白くないと唇を尖らせるが、別にそれは俺のせいじゃないし、毎度のことなので置いておくことにする。

アオイ

それにしてもお腹すいたな

ヒカル

私達の世界ではもう放課後だったしな。ここは……

 ヒカルがベランダから外に出る。

ヒカル

……太陽の位置で時間を予測しようと思ったんだが、そもそも太陽が二つあった。何時かはわからないが、なんとなく十五時くらいかと思うぞ

 太陽の位置で時間をとか、いつの時代の人だ。

アオイ

学食があるって言ってたよな

ヒカル

今春休み中だって言ってただろう。
学食なんてやってるのか?

 俺の言葉に、ヒカルがぱらぱらとパンフレットをめくる。

ヒカル

ダメだな。寮のご飯は基本的に朝と夜だけだ。ただ、近くに街があってそこで食べることはできそうだ

アオイ

なら早速行ってみるか。でも俺達二人だと不安だな……

 気絶したエリザベスさんは、偶然寮にいた先輩に預けた。
 起こしてごはんに付き合ってくださいというのも気が引ける。

ヒカル

なぁアオイ、お腹も空いたがその前に私は風呂に入りたい。
この衣装、結構重いし着替えもしたいぞ

アオイ

それもそうだな。特にヒカルはその衣装だと男にしか見えないし。
じゃあまずは着替えを持って風呂に行ってから……

 そこまで口にしてはっとする。

アオイ

ちょっと待て。風呂って……どこで入ればいいんだ!?

ヒカル

あっ……それもそうだな

 俺の部屋に風呂はない。
 ヒカルが寮のパンフレットをめくる。

ヒカル

寮には風呂がついてるぞ。大浴場で温泉を引いてあるとかいてある。楽しみだな

アオイ

楽しみじゃねーよ! 大浴場になんて入ったら男だとバレて、即ちょんぎられるだろうが!

 風呂好きなヒカルはちょっぴり嬉しそうだが、冗談じゃない。

アオイ

朝の四時から夜の十時まで入浴可能みたいだし、人のいない時間を狙うしかないか?
 
いやでも……俺、早起きそこまで得意じゃないんだよな……

ヒカル

まぁ、そこはどうにかするしかないな。とりあえず着替えてくるから、街へ出かけるか

アオイ

凄いな……いかにも外国っていう感じだ

アオイ

こんなときじゃなければ観光気分で楽しかったのにな

 それにしても街には女ばかりだ。
 魔女の国だから当然だけど。

ヒカル

牛丼屋もあるんだな!

騎士姿から普段着に着替えたヒカルは髪を下ろしている。

 学校にいるときはいつも頭の上でひとくくりにしていたけれど……。

 ここでさんざん男だと間違われたから、髪を下ろすことで女らしさを演出しようと無駄なあがきをしているのかもしれない。

アオイ

どこかでみたことあるオレンジの看板だな……とりあえずはここにしとくか。落ち着くし

 一番大きな銀色の硬貨を一枚に、二番目に大きな銀色の硬貨を二枚。
 雰囲気としては、五百円玉一枚と百円玉二枚といったところで、一杯三百五十円といったところだろう。

アオイ

というか、なんでヒカルの分まで俺が出してるんだ?

ヒカル

仕方ないだろう。私は正規に呼び出されたわけじゃないからと、小遣いはもらえなかったんだ

 そうなると一人分のお金をヒカルと半分こということになる。
 これは……意外ときついかもしれない。

 牛丼は俺達の世界にあるやつと、そう味が変わらなかった。
 簡単にお腹を満たしたところで少し街を歩く。

ヒカル

おいアオイ。そろそろ戻ったほうがいいんじゃないか? このあたり、何だか妙な感じがする

 ヒカルは不安そうな顔だ。
 細くなった道には、綺麗でかなり露出度の高いお姉さん達が看板を持って立っていた。

 引き返そうとすれば、むにゅりとした感触が腕に当たる。いつの間にか俺の腕を、誰かが掴んでいた。

メルト

こんなところでウロウロして、もしかして風呂屋は初めて?

アオイ

風呂屋? ここってお風呂屋さんなんですか?

メルト

そうよぉ

 戸惑う俺にお姉さんは笑う。
 なんだかよい香りがして、少しドキドキする。
 正直にいうと……とても好みのタイプだ。

ヒカル

おい、アオイ。鼻の下が伸びている

メルト

なぁにこの子……もしかしてあなたの恋人?

アオイ

違います!

ヒカル

違います

 ヒカルと一緒に即答する。

メルト

そう、それならいいの。
どうせなら、あたしと一緒に入らない?
初めてなら……色々教えてあげる♪

 色っぽい誘惑にごくりと唾を飲めば、ヒカルに足を踏まれる。
 いやこれ、不可抗力だから。
 こんな美人なお姉さんに誘われたら、男ならぐらりとくる。

アオイ

ごめんなさい、風呂にはとても入りたいんですけど……。

俺、じゃなかった私の家の方針で、大人になるまで誰にも肌を晒すなっていう決まりがあって

メルト

なるほどねぇ。寮だと大浴場しかないから、風呂屋にきたってところかしら。

初々しい感じがするし、あなたもしかして連れてこられたばかり?

 用意してきた言い訳に、お姉さんがそんなことを言う。

アオイ

はい、その通りです!

メルト

どこの寮の魔法少女で、何のアルカナ候補なのかしら?

アオイ

S寮の……皇帝候補です

メルト

皇帝……? あの、皇帝候補なの……?

 エリザベスさんと同じように、お姉さんも驚いている。
 やっぱり、『皇帝』というだけで珍しいみたいだ。

メルト

ふふっ、あなたにますます興味が湧いたわ。あたしはA寮の魔法少女メルト。三年生よ。

世界によっては『恋人』のカードとも呼ばれる、『愛』を司るアルカナの魔法少女なの

 色っぽくウインクをして、すっとメルトさんが俺に顔を近づけてくる。

メルト

うん、やっぱりちょっぴり汗臭いわね。あたしは風呂が大好きで色々な風呂屋を知ってるから、学園に近い個室のある風呂屋を教えてあげましょうか

アオイ

はい、是非お願いします!

 これは渡りに船と言う奴だ。
 勢いよく頷けば、メルトさんがさぁこっちよと歩き出した。

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