前に来た事ある大きな文房具屋に、この日もパパとママが現れるはずだ。
ママはいつも漫画の道具が置いてある場所に来るので、そこでママを待っていた。
前に来た事ある大きな文房具屋に、この日もパパとママが現れるはずだ。
ママはいつも漫画の道具が置いてある場所に来るので、そこでママを待っていた。
ねえ、ママって絵本を書いてるんだよね
だね。
でも昔は漫画を描いてたみたいだ
僕らはママの絵本から生まれたけど、漫画の方がもっと派手で面白かったかも。
僕が悪い怪人どもをやっつけていくんだ。
水実には無理だけど。
あ!
もう、急になんだよ
僕が楽しくあれこれ想像してたっていうのに、水実が大きい声を出すから台無しだ。
これだよね。
ママがいつも絵本に色塗るときに使っているペン
僕は水実が指差した先を見た。
そこにはペンが沢山詰まっている箱が置かれていた。
あ、ほんとだ。
しかもこれ、ママがずっと大事にしているのと同じやつじゃん
使い切って塗れなくなったのにずっと大事に持ってるやつだよね。
同じ箱だもん
昔、パパからプレゼントされた思い出のペンだってママは言っていた。
お腹の中にいるときのことだ。
僕らはそれをちゃんと聞いていた。
僕が水実とペンのことでおしゃべりしていると、棚の奥から誰かがゆっくり歩いて来るのが見えた。
わっ
そこにいたのはパパだった。
いつの間にかお店の中に入ってきてたんだ。
ひゃっ
水実もパパに気付いてびっくりしている。
僕は水実の手を引っ張って逃げ出た。
おい、もう来てるじゃん
もしかして私たちより先に来ていたのかな
とにかく隠れて様子を見よう
パパのいる棚の裏側から後ろへ回って、そっとパパをのぞき見た。
パパは、ママの思い出の箱と同じ物を取って、どこかへ行ってしまった。
ねえ、もしかしてママにプレゼントするんじゃない?
じゃあ、今持っていったのが思い出のペンなんだ。
へえ
パパがママにプレゼントするときのことを想像してニヤニヤしていると、水実が僕の肩をポンポンと叩いて前を指差した。
なんだよ水実
ママが来たわ
水実が指差す先を見る。
ママがこっちの方に向かってきていた。
すれ違いじゃん。
でも今回はその方が良かったかな
あれ?
どうした水実?
ママがペンの詰まった箱を手に取った。
あれ、パパが持っていったものと同じじゃない?
ママは箱を手にしたまま、その場を立ち去った。
もしかして同じ物を買っちゃうの?
パパ……ドンマイ。
パパとママは、沢山のお友達とお泊まり会の真っ最中。
私たちは建物の外の芝生に立っていました。
辺りはもう真っ暗で、少し離れたところに外灯があるだけです。
すぐ側の暗い森からお化けが出てきてもおかしくありません。
ここをもうすぐパパが通るぞ
ママは表側の明るい部屋にいるんだよね。
どうやってママのところに連れて行こうか
私たちの役目は恋のキューピットなのです。
これは未来のママが絵本に託した、私たちの物語なんです。
だから私たちは、パパをママのところまで連れて行かなきゃだめなんです。
パパが僕たちに気付いたら、ママのところまで走ればいいんじゃないかな。
多分、追いかけてくると思うんだよね
大丈夫かなぁ
私が不安の声を漏らしたときでした。
前の方から黒い影が近づいてきます。
あれ、パパだ
水樹が小声で私に言いました。
私には顔がよく見えませんでしたが、言われてみるとシルエットがパパっぽいです。
逃げろ!
水樹の合図で駆け出しました。
ママのところまで距離はそんなに遠くありません。
追いつかれないよう、一生懸命に走りました。
建物の角を曲がって、明かりが沢山ついている表側の方までやってきました。
建物の窓の中に、ママの姿が見えました。
ママも私たちの方を見てました。
そして窓を開けて体を乗り出しました。
丁度そのとき、パパが建物の角から姿を現しました。
ど、どど……どうしたんですか?
ママがパパに声をかけました。
私たちの役目はここまでです。
パパはもう私たちの姿が見えません。
それが私たちの物語なのです。
ちょっとだけ寂しい気持ちになりました。
僕、ママとお話してみたいな
水樹も同じ気持ちみたいでした。
ママに声かけてみよ
私は言いました。
パパとママのお泊まり会、二日目の夜。
僕たちはママのいる広いお部屋へやってきた。
そこにはママしかいないことを、僕らは知っていた。
こ、こんばんわ
背を向けて座っているママに、水実が声をかけた。
ママがこちらを振り返った。
ちゃんと見えてるんだ。
パパとママの恋が実り始めたおかげで、僕たちの存在がくっきりしてきてるのかも。
こんばんわ
ママが笑顔で僕たちに言った。
僕は思わず、ママって言いそうになった。
ママ
僕は我慢したのに水実がそう言って、ママのところへ駆けていった。
ママ
僕も叫んでママのところに走った。
水実が先にそう言ってしまったから僕もいいよね。
え、ママ?
私はまだ子供がいませんですよ
ご、ごめんなさい。
間違えちゃった。
えへ
間違いとか言いながら、ママに抱きついたりしている。
自分ばっかりずるいや。
ねえ、お姉さん。
ここで何してるの?
漫画を描いてるのです。
と言ってもですね、今書いてるのはネームって言って、漫画の設計図みたいなものです
ねえねえ、お姉さん。
漫画って絵本みたいな物でしょ。
読んで読んで
あ、僕も聞きたい
僕らはママが優しいことを知っている。
だからお願いしたらきっと聞いてくれると思った。
僕らはママに甘えたかったんだ。
ま、漫画をですか?
声に出して読むんですか?
もちろん
もちろん
僕と水実は声を揃えて答えた。
ママは僕と水実の顔を交互に見て、ちょっと困った顔をしていた。
わかりました。
では、どうぞ隣にお座りください。
どうぞどうぞ
やった
僕はママの左側、水実は右側に椅子を持ってきて座った。
こほん。
では
ママは手提げのかばんから大きな紙の束を取り出した。
僕はママの方に体を寄せて紙の束を覗き込んだ。
元気の良さそうな少年、変なおじさん、黒い服のお姉さん、変な顔の猫がかっこいいポーズで描かれていた。
ママの絵、とっても上手だ。
ママが最初の紙を束の後ろに回し、セリフを読み始めた。
僕と水実はいっぱい笑った。
ママも笑っていた。
とっても楽しかった。
話し声が聞こえて、私は目を覚ましました。
いつの間に眠ってしまったのでしょう。
目を開けて最初に飛び込んできたのは、泣いているママの顔でした。
なんで泣いてるの
なんで泣いてるの
私と水樹は声を揃えて言いました。
あ、ごめんなさい。
なんでもないのですよ。
ほんとに、なんでも……
ママがお洋服の袖で涙を拭いて、私たちに笑顔を見せてくれました。
ホッとして私も自然と笑顔になりました。
ママのお顔がちょっとだけ遠いなと思って、上を見たらそこにはパパのお顔がありました。
いつの間にかパパのお膝で眠っていたみたいです。
私はパパの膝から離れて、椅子から立ち上がりました。
バイバイ。
またね
バイバイ。
またね
そう言って、私と水樹はそこから立ち去りました。
あとのことはよろしくね、パパ
部屋から出る前に、私は小声でつぶやきました。