大きな建物。

 広いお庭。



 隣にはちゃんと水樹がいます。

水実

ここ、どこかしら

水樹

わかんないや。
そんなことよりこれ見てみ?

 水樹が手に持っている枝で何かをツンツンしています。

水実

きゃっ!
なにこれ

水樹

毛虫だよ。
そんなに怖がることないじゃん

 そう言って水樹は枝に毛虫を乗せました。

水実

やだー!
気持ち悪い

水樹

逃げるなよー

 水樹が毛虫の乗った枝を持って、私を追い掛け回しました。

水樹

あ!
あれ

 水樹が急に立ち止まって、建物の方を指差しました。


 そこには先生っぽい人と一緒に歩いているパパの姿がありました。

水実

パパだ。
若ーい

 パパもこっちを見ました。


 私と水樹は手を振りました。


 でも気付かなかったのか、すぐに先生っぽい人とどこかへ行ってしまいました。


 私たちのこと、見えてないのかな。


 私はちょっと寂しくなりました。

 ここはパパの通ってる教室だ。


 外から中を見てみると、パパとママ……それから知らない男と女が掃除をしている。

水実

あ、ママだわ。
すごーい。
パパとママだ!
きゃー

 水実がはしゃいでいる。

水樹

でもさ。
パパ、全然ママにお話しないじゃん

水実

まだそういう仲じゃないのね

水樹

そういう仲ってなんだよ

水実

そういう仲ったらそういう仲よ

 水実め。


 意味のわからんことを言いやがって。

水実

よーし。
私に任せて

 水実が自信たっぷりに言った。

水実

渡利さん、琴葉さんとゴミ捨て行ってくださるぅ?

 水実がいきなりパパに向かって叫んだ。



 パパがキョロキョロしている。

水樹

あ、パパがこっちに来たよ

水実

でも私たちのこと、見えてないみたい

 しばらくしてパパとママがゴミ袋を抱えて、二人で教室を出て行った。

水実

うまくいったね

水樹

ほんとだ

 次はおっきな文房具屋に来ました。

水実

あ、ママがいた

 ママが文房具屋の四階で、絵を描く道具を眺めていました。

水樹

おい、見ろ。
パパも入ってきたぞ

 水樹が四階の手すりから身を乗り出して下を見ています。

水実

もう、危ないからやめなさい

水樹

わ、パパが上がってくるよ

 水樹の言うとおり、パパが四階まで上がってきました。


 でもパパは変な筋肉だるまと一緒に、ママのとことは全然違う場所へ行きました。

水樹

よし。
今度は僕に任せておけ

 水樹が張り切っています。


 とても不安です。



 水樹がパパのいるところへ行きました。




 しばらくすると、水樹が大慌てで逃げてきました。


 私も釣られて逃げ出しました。

水実

水樹、どうしたの?

水樹

えっとね。
気付くかなと思って消しゴム投げたらさ。
僕のこと見えてたんだ。
それで、僕のことを捕まえようとしたんだよ

水実

もう、物を投げちゃだめでしょ

水樹

そんなことより、ママのところ行ってみようぜ

 水樹が私の話も聞かずに走っていきました。

 寒い寒いクリスマス。



 学校帰りのママを見つけた。


 パパも近くを歩いている。

水実

私、パパを連れてくる

水樹

僕たちのこと、見えるかな

水実

このまえ水樹のこと見えてたんでしょ。
なら大丈夫よ

 そう言って水実が走り去っていった。


 その後、すぐに雨が降ってきた。



 ママが濡れちゃうと思って心配になった。


 だけどママは、近くにあったアパートの駐車場でちゃんと雨宿りしていた。



 しばらくして、水実がパパの手を引いて走ってくるのが見えた。

水樹

あっちあっち

 僕はママのいるアパートを指差して叫んだ。



 水実がママのいる駐車場にうまいことパパを連れて行った。

 パパがママに話しかけてる。

水実

うまくいったね

 水実が僕のところに戻ってきて言った。

水実

あれ?
ママが……

 ママがパパを残してどこかへ行っちゃった。

水樹

パパ、何してんだよもう!
早く追いかければいいのに

 黙って突っ立っているパパを見て、僕はなんだかもどかしくなった。



 いつの間にか雨は雪に変わっていた。

 ママが大きな図書館に入っていきました。


 その図書館は外にある階段の幅がとっても広くて、踊り場なんて本当にダンスできそうです。


 だけど私は踊ったりせず、じっとパパが来るのを待っていました。



 水樹は出来もしない側転とかをやってます。


 図書館から真っ直ぐ伸びた道路は、右も左も枯れ木が並んでいます。


 その道の先にある交差点から、もうすぐパパが現れるはずなんです。



 なんでわかるかと言うと、私たちはママから生まれたからです。



 パパが図書館でママと会った時のことを、ママがパパに聞かされていたから知ってるんです。

水実

パパが来たわよ!

 私は、踊り場でお尻をフリフリやってる水樹に向かって言いました。

水樹

おーい

 水樹がパパに向かって叫びます。


 でもパパはこちらを見ません。

水樹

こらー!
無視すんなー

水実

水樹!
パパに向かってそんな言い方しちゃダメでしょ

水樹

じゃあ、どう言うんだよ

 どう言うってこの場合、パパって呼んじゃまずいよね。



 だって今はまだ、パパはパパじゃないんですもの。



 ちゃんとわかってるんだから。



 クリスマスの時だってちゃんとできたのよ。

水実

お兄さーん、こっちこっちー

 私が水樹に優しい言い方の見本を見せてあげました。



 パパがキョロキョロと私たちを探している仕草を見せました。

水実

ほら、通じたでしょ

水樹

はいはい、そうだね

 水樹が不貞腐れていると、パパがやっとこちらを見ました。


 私はパパに向かって大きく手を振りました。



 水樹も私に習って……やだ、水樹ったら変な顔して舌を出してる。

水樹

ばーか

 まあ、水樹ったらパパに向かってなんてことを。



 私は水樹の頭を叩こうとして、手を上げました。

水樹

うわ!
パパが怒った!

 水樹の声に驚いて、私はパパの方を見ました。



 パパが速歩きでこっちへ向かってきています。


 引きつった笑顔がなんか怖いです。

水樹

逃げろぉ

水実

ひゃぁ

 私と水樹は両手を上げて図書館の中へ逃げ込みました。



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