じい様、畑の耕し終わったでー
おう、いっつもありがとなー
じゃあ、帰るで。
ちょいとお待ちよ。
ん?
これを持っておいき。
これはうまそうだべ。
ばあ様、ありがとなー。
なに、いつも力仕事を手伝ってもらってるんだ。こんくらいしないとバチが当たるべ。
ほうじゃほうじゃ。
ほんじゃ、また来るでー。
気をつけてなー
はぁ、はぁ……
……追手はいないな?
ビクッ!
あんた、何やってんだべ?
ホッ…
……脅かしやがって。
おめぇさん、怪我してんじゃないか。
……ん?
ああ、大丈夫だ。
かすり傷だ。
……降ってきたな……。
その怪我、悪くなると良ぐね。
おめぇさん、うちへこ。
手当しちゃる。
いててて、おいおい、引っ張るな……
大丈夫だ!すんぐそごだ!
……。
……まあいいか。
この辺りの話が聞ける。
おめぇさん、見かけねぇ顔だな。
どっから来た?
狸は狐の手当をしながら聞いた。
狐はツーンとそっぽを向きながら、
……北。
とボソリといった。
……きた…って、どっからきたんだ?
……寒い国だ。
へぇ……、なんでまた……。
……俺の父ちゃんも母ちゃんも
殺された。
そして……
俺だけが生き残った。
うっ……ううっ……
ギョッ!
そいつは災難だったべ……。
なぜアンタが泣く?
いんやぁ、おめぇさんが
不憫でなぁ……。
……で、熊か?狼か?
……人間。
……え?
なんて言った?
……人間だ。
俺の父ちゃんも母ちゃんも
人間にとっ捕まって殺されたんだ!
…そ…そうなのか?
……。
……なぁ、アンタ、山里に人間がいるだろ。
ん?ああ、いるべ。
アンタ、俺と一緒にヤツラを山から追い出さないか?
なんでそんな事する必要があるんだ?
なんでだって?
ヤツラは放っとけば俺達の毛皮を剥がそうとするんだ!
そんなごたねぇ!
そんな人間ばっかじゃねぇ!
いやダメだ!
ヤツラは山から追い出さなきゃ
いかん!
それ以上言うなら
怪我してても容赦しないど!
全く、わからんヤツだ!
ウッ……。
狐が腹の虫を泣かす。
……これ、食うか?
おめぇさん、腹減ってんだろ。
クンクン……。
いらねぇ。
……そうか。
ツーン。
……なぁ。
おめぇさんとこは大変だったかもしんねけどさ、この辺はそんな事ねぇべ。
人間を追い出すのは、おらぁ反対だ。
甘いなぁ……
……ヤツラはいつかアンタの命を奪う日が来る。
ああ、わかったわかった。
外も雨だ。
今日はもう暗いから泊めてやっけど、おめぇさんはもうこの山から出てったほうがいいべ。
おめぇさんにはもっと違う場所があるべ。
ツーン。
次の日の朝。
狸が起きると狐の姿はもうなかった。
なんだべ、せっかちだなぁ。
狸が穴から出ると外はすっかり晴れていた。
すっかり晴れたな。
さて、今日もじい様とばあ様の手伝いすべ。
ところが、昨日の雨のせいで
小川の流れは濁流と化していた。
この小川を渡らないと
じい様達の家にはいけない。
いつもなら、小川の中も通れるが、これは流石に渡れねぇべ……。
木の橋はどこへ流されちまったんだ?
濁流の反対岸に転がる丸太。
あっち側に流されちまったか。
なんか別の丸太を探さなきゃ……。
と、森の中を散策する狸。
狸は日が暮れるまで探したが
結局ちょうどいい丸太は見つからなかった。
だめだー。
明日、じい様にあやまんねとな。
あくる日。
濁流だった小川はいつもの清流に戻っていた。
所々に顔を出している石を飛びながら
向こう岸に渡った狸は
小川に丸太の橋を掛けると、
じい様の家へと向かっていった。
じい様ー、昨日は悪かったの―!
と、畑の入口へ足を踏み入れた時。
うわぁぁ!
いてぇ!!
トラバサミが狸の足を挟んだ。
なんでだ!?
何が悪かったじゃ、このいたずら狸め!思い知ったか!
?
よくも今まで騙しておったな!
???
じい様は動けない狸に近づくと、
四足を縄で縛り釣り上げた。
じい様、これは何かの間違いじゃ!
お願いじゃ!
縄をほどいてくだされ。
四足を縛られたまま、
狸は家の土間まで連れてこられた。
ばあ様や、悪だぬきを捕まえたぞ。
昼は狸汁にしてくれ。
じい様、何もそこまでせんでも。
いや、駄目じゃ。この狸は俺等の作物を奪って食べたんじゃ。
この狸を食べてやらんと、作物が浮かばれん。
じゃあ頼んだぞ、ばあ様。
と言うと、興奮気味のじい様は
再び畑の先の
炭焼き小屋へと向かっていった。
……うぅ、なんでこんなことになっちまったんだ……。
……。
ばあ様や、おらは何もやってねえ、信じてくれ。
……わしゃ、信じるよ。
と言うと、ばあ様は狸の縄をほどいてやった。
……ばあ様!
ばあ様、ありがとう!!
狸は泣きながら喜んだ。
でも、じい様は頑固だから、きっと許してくれねぇ。
じい様に見つからないうちに裏口から遠くへ逃げるんだ。
ばあ様……。
すまねぇ……。
この恩はいつか……。
そういうと、狸は
土間の裏口から山へと逃げていった。
油あげと鶏肉でも入れとけば、狸じゃなくても分からんだろ……。
……。
おや、なんで戻ってきたんだい。
じい様に見つかると大変だべ。
なあに、ちょっと昼飯づくりを手伝って、ばあ様を楽にしてやりたくてな。
おお、そうかそうか。
では、ちょっとだけだぞ。
じい様が帰ってくるといけねぇかんな。
やはり、あれは何かの間違いだったんじゃ……。
帰ったぞー。
飯はできてるかー。
ああ、狸汁できてるで、たんと食え。
どれどれ
ずずー。
狸の肉食ったか?
まだじゃ。
もぐもぐ。ごくん
じい様、狸の肉食ったか?
まだじゃ、今食う。
もぐもぐ。ごくん
食ったか?食ったな?
ああ、食った食った。
ワハハハ!
お、おまえは!?
俺の肉じゃなくて残念だったな、老いぼれ!
ばあ様はどこ行った!?
さぁて、どこへ行ったかな?
じい様ははっとして、
手に持った汁椀を見る。
ひょっとして、
ま、まさか……。
あばよ、老いぼれ!
くくくっ
ざまあみろ、人間め。
父ちゃんと母ちゃんの敵じゃ!
うう……うう……
土間先にしゃがみ込み
自分の物ではない手ぬぐいを
握りしめながら泣き続けるじい様。
そこへ一つの影が近寄る。
これこれ、そこのじい様。
どうされました?
ばあ様が……。
ばあ様が……。
落ちついてワシに話してくだされ。
ばあ様がどうされました?
山の狸に殺されてしまった。
奴はただの狸じゃない。
鬼じゃ。鬼狸じゃ。
うああああああ!
……狸が……?
兎はすっとその場を離れた。
……狸。
狸はおるか?
誰じゃぁ?
ワシじゃ。
……兎か……。
どうかしたか?
炭焼き小屋のじい様が大変だ。
!!!
じい様が
どうしたんだ!?
ばあ様が殺されたらしい。
な……
なんだって!?
……ば…ばあ様……
あの優しいばあ様が
なんでそんな目に?
……それは……わからん。
……ただ、あのままでは
じい様は何もできずに
野垂れ死んでしまう。
どうにかしなければ。
おらがなんとかしてやる!!
ハッ!
……そうだ。
……じい様に会うわけには
いかねぇんだった……。
なぜだ?
いや……
なんか誤解されちまってな……。
じい様はおらを目の敵にしとるんだ。
どうしたらいいんだ……。
それならワシに良い考えがある。
狸にもできる事がな。
それは何だ?
教えてくれ、おらに何ができる?
それはだな……。
じい様は炭焼きをしておる。
じい様が何もできない間は
狸が柴刈りをして届けてやればいい。
さっすが兎だ。
頭がええ。
狸は背中にいっぱいの柴と
山菜を背負いながら
山を小走りで降りていった。
じい様、待ってろ!
……なんか、背中が熱いな……
めらめら…
ぎゃー!
背中が火事だーー!
……うぅ。
どうしたんだ、狸。
いや、よくわかんねぇ。柴を背負って運んでたら突然背中が火事になったんだ。
どれ、見せてみろ
そういって兎が狸の背中を見る。
コイツはひどいな。
しばらく休むしか無いな。
しばらくってどんくらいだ?
そうだな、一月ぐらいか。
それじゃダメだ!
オラァ、早く治して、じい様の力になりたいんだ!
それなら、俺たち兎に伝わる秘伝の薬があるが使ってみるか?
その薬なら傷は3日で治る。
ほんとか?その薬を使ってくれ!
ただ、その薬は酷くしみるぞ。
それこそ尋常ならざる痛みだ。
構わねぇ!おらすぐにでもじい様の力になりたいんだ!痛みくらい耐えてやる。
わかった。
なら、そこにうつ伏せになれ。
ああ、頼む。
狸の悲鳴は三日三晩続いた。
狸、生きてるか?
ああ、もう大丈夫だ。
兎の薬のおかげだ。
という狸。
しかしその姿は痩せこけ、
ふさふさだった毛は殆ど抜け落ち、
ヨレヨレの姿は
今にも倒れそうだ。
そいつは良かった。
狸がうなされている間に、俺が柴と山菜をじい様に届けておいたぞ。
だから、柴はもういらん。
そうか、すまねぇ……。
あとはまだ食料が足らん。
そこでだ、一緒に湖で魚を釣ってじい様に持って行ってやろう。
おぉ、それは名案じゃ。
そう言うと
兎と狸は山の湖へと向かった。
湖まで来ると湖岸には
泥船が用意してあった。
これは俺が昨日作った舟だ。
よし、兎。一緒にたくさん釣るぞ。
その船は狸が使ってくれ。
俺は向こうにいる人間の船に乗る。
なんでだ?
1艘より2艘の方が
たくさんの魚を載せられよう。
なるほど、そりゃそうじゃ。
それに、狸より俺の方が人間に信頼されておる。だからあっちの船に乗るのは俺なのだ。
よし、わかった。
じゃあ早速魚を釣るべ。
狸はヨレヨレの体で渾身の力を込めて
泥舟を押して水へと浮かべた。
そして、櫓を漕いで湖の中央まで進めた。
湖の真ん中まで来ると、
狸は糸を垂らし魚を釣り始める。
ジリジリと照りつける陽の光。
毛の抜け落ちた狸には辛い時間だったが、
じい様とばあ様の笑顔を思い浮かべて
じっと耐えて水面を見つめた。
……すると、
ギィ……ギィ……
おーい!
傘を被った舟漕ぎに漕がれ、
兎が人間の舟で近づいてきた。
どうだ、釣れるか?
いや、全然。
狸は苦笑いを浮かべた。
ふと、狸は兎の舟がすぐ近くにまで
寄っていることに気づいた。
兎、舟が近づき過ぎじゃないか?
ぶつかってしまうべ。
そう狸が言った時、傘を被った舟漕ぎが
急に舟を漕ぎ始めた。
……そして
泥船と人間の舟が衝突した。
うわぁぁ
大きく揺れる2つの船。
次の瞬間、泥船はその形を大きく変え始めた。
うわわわ、水が入ってきた。
何するんだ、殺す気か!
それはこっちの台詞じゃ!
そ……その声……
バッ!
舟漕ぎが傘を取ると
その下からは、じい様の顔が現れた。
じい様!?
なんで……?
呆然とする狸。
ばあ様の仇だ!
沈んでしまえ!!
……ばあ様の……仇?
狸は立ちすくんだまま、
鬼のような形相のじい様の顔を眺めていた。
一度浸水した泥船はあっという間に崩れ、
湖の中へと沈んでいった。
狸もまた、微動だにせず湖へと沈んでいった。
湖の底へと沈みゆく中、
狸はこれまでのことを思い返していた。
楽しかったじい様とばあ様との
暮らしのこと。
じい様、ばあ様から施してもらった
食べ物のこと。
トラバサミで捉えられたこと。
ばあ様が逃してくれたこと。
……どこで……
歯車が狂っちまったんだ……。
しかし、たとえ答えが見つかったとしても
すべては後の祭り。
満身創痍の体は自由が効かず、
ただ遠のく空を
水中から眺めることしかできなかった。
うさぎどん!
ばあ様の仇が撃てただ!
礼を言うぞ。
いえ、礼には及びません。
ただ、今後はこういった間違いが
起らないよう、山からは
少し離れたほうがいいでしょう。
ああ、そうするだ。
山を降りて寺でばあ様の供養をするだ。
ほんじゃ、これで。
そういって、じい様はその場を後にした。
その後ろ姿が見えなくなった頃。
……。
うははははは、ざまあみろ!
どうだ、見ろぉ!
俺の言った通り、
人間はオマエの命を奪っただろ!
その人間だって、
俺は追い払ってやったぞ!
もう、山に人間はいない!
狸も兎もいない!
俺の勝ちだ!
勝ち勝ち勝ち勝ちィ!!!
その夜、一晩中
狐の勝どきが山に木霊し続けた。
コーン!
完