ーー時は平安。
朱雀大路を征く一人の陰陽師の影。
今日も風が冷たいな……。
まるで浮世の人の心のようだ。
ん?
宮中は追儺か……。
今年も、もう終わりだな。
しかし、勝手なもんだ。宮中から追いやられた鬼はどこへ行くと思ってやがんだ。
宮中の外へと追いやられた鬼は、
行き場を求め平民の元へと向かう。
鬼の仮宿とされた平民の家では
年も越せなくなる。
……さて、今年も追いやられた鬼どもの処理と行こうか。
無名の陰陽師は
一人ごちりながら
朱雀大路を征く。
……む?
貞家は異変を感じ、 空を見上げる。
……都を覆っていた結界が……消えた……?
強大な邪気が……集まっているな……。
艮……鬼門だ……。
貞家は朱雀大路をはずれ
艮の方角へと走った。
* * *
ハァ、ハァ……。
邪気の出処はこの辺りのハズ。
む……。
気配を感じて身を隠す貞家。
木の影から覗くその視線の先には
不気味な影が集まっていた。
ようやく着いた。
みな揃ったか?
……1人足りないように見える。
コングォ=ホゥがまだのようだ。
何だあれは!?
……鬼……いや、式神か?
1…2…3…5体も集まって何をしているんだ?
来たぞ。コングォ=ホゥだ。
すまない。
調査対象の欲求の量が思いのほか大きすぎたのだ。
かまわぬ。任務遂行が至上命題だ。
6体になったな……。
都の外側で結界を貼っていたのもコイツラか?一体誰が使役してやがる?
さて、集まりし同胞よ。永きに渡る調査はこれをもって終了だ。
夜を待ち我らが主の元へと帰ろうぞ。
それまでこの場にて世界を静観するとしようぞ。
今夜といったな……
好き勝手はさせんぞ!
呪文の書かれた札
いでよ、白狐!
コン
オン・カカカ・ビサンマエイ・ソワカ
コン
オン・カカカ・ビサンマエイ・ソワカ
コン
オン・カカカ・ビサンマエイ・ソワカ〜〜!!
コン
破魔降雪!
ゴォォォォォ!!!
白狐の口から
無数の氷の礫が飛び出し
空へと飛散する。
オン・カカカ・ビサンマエイ・ソワカ
オン・カカカ・ビサンマエイ・ソワカ
オン・カカカ・ビサンマエイ・ソワカ……
この雪はなんだ?
ただの水の結晶とは違うようだぞ。
恐らく『呪詛』と言うものだ。
この星の生命体の技法の一つのようだ。
まずい。
星間飛行に必要なエネルギーを
頭部から奪われている。
ふむ。
この状態で飛ぶには
黄金の蜂蜜酒が足らぬ。
おのれ、低俗な生命体どもめ。
今夜、帰らねばならぬというのに。
この機を逃しては次はいつになる事か。
む?
生命体が接近して来たようだ。
一旦、マテリアライズするとしよう。
……編笠、全く売れんかったのぅ……。
こんなに雪が降りしきっているというのに……。
正月の準備もできねぇな……。
今年の正月は白菜の漬物で我慢するべ……。
ん?
年老いた傘売は道端に並ぶ
6体の石像に気がついた。
こんなところに地蔵さまなんてあったっぺか?
うっへぇ……。
変わった地蔵さまだなぁ……。
それにしても寒かろうに……。
そうだ!
売れなかったこの傘、地蔵さまにかぶせてやんべ。
売は石像の頭の雪を払うと、
売れ残った5つの傘をに次々とかぶせた。
一つ足りなかったな……
オラの手ぬぐいでわりぃんだが、最後の地蔵さまはこれを被ってくんろ。
にまぁ〜
地蔵さま、笑っているみたいだぁ。
傘売はそう言うと
降りしきる雪の中、
帰路へと付いた。
な……何てことだ、傘売が
鬼の手助けをしてしまうとは……。
うぐっ……!
呪詛…返し……か……、無念……。
呪詛を防がれてしまった貞家は
その呪詛返しにより命を落とした。
コ〜ン……。
……理解し難い行動だが、
これなら無事に星間飛行を行える。
先ほどの生命体はなぜ我らを助けたのか。
離陸も近いが……、サンプリングの必要があるな。
……でなぁ、傘をみな地蔵さまにかぶせてしまったんじゃ。
……すまない。
それは良いことをしたではないですか。
ささ、温まりましょう。
ん?
なんか遠くの方から聞こえるなぁ……
どんどん近づいて来ますよ……
次第に近づいていくる地響き。
そして、家の前まで来たかと思うと
と、地響きはやんだ。
……止まった?
ひぃぃ
ひときわ大きな音がしたかと思うと
今度は地響きが遠のいていった。
一体何じゃったんだ!?
そう言いながら傘売は玄関を開けた。
すると、そこには
米に肉に山菜にこれは酒じゃ
あら、ほんと。
こんなにたくさん。
傘売は地響きのする方を見る。
それは去りゆく6体の石像の姿。
あれは、地蔵さま
ありがたや、ありがたや
帰還前に予期せぬ収穫であったな。
ふむ。適合性があれば、彼の者はいずれ我らが主の眷属として迎えてやっても良いだろう。
この星の生命体が、それほどの命をもつと言うのか?
その時はその時だ。無くても良い事。取るには足らぬ。
さあ帰ろう。我らが主の呼ぶ声の元へ。
ーー追儺の行われたその夜。
平安京の鬼門の方角から
地鳴りのような音が聞こえたという。
ちょっと変わった味がする米じゃのう。
おいしくいただきましょう。
この肉も旨いのう。一体何の肉じゃ?
ーーその後
傘売の老夫婦の姿を見たものはいない。
完