予鈴が鳴って降りる屋上。

少女漫画みたいな校舎と状況に、
現実なんだけどなあ、とため息をつく。



そのため息が聞こえてしまっていたのか、
さびれた階段の二歩先を行く彼が、突然立ち止まって私を振り返った。


渡斗真

青木さんって、好きなひと、いるの?




下から私のことを覗き込むようにして首を傾げて問う彼は、きっと自分の使い方が上手い。


こんなにもかっこよく、見せれるのだから。


青木尚

嫌味、?
彼氏に振られて、あんなサイト使ったって言ったでしょう…?




王子様にはデリカシーっていうものがないのでしょうか。
たっぷり皮肉を込めてクッと睨むと、


渡斗真

ああ、そうだったね。ごめん、




身長が高い彼と、視線が同じ高さになった。


渡斗真

ねえ、そいつ、どんなやつだったの?




本当にデリカシーがないのだろうか。
少し呆れながら私は答える。

青木尚

大学生。とても賢いひとだった。とても、魅力的なひとだった。私では釣り合わないようなね。




恋愛ってこういうことを指すんだな、と
本気で思わせてくれた、そんなひと。


渡斗真

ふうん、魅力的、ねえ。




スッと、渡くんは人差し指で不意に私の髪を掬った。


渡斗真

俺より、いー男?

青木尚

な、




何を聞いているのかを理解できたのは、
いつもよりゆったりとした彼の口調に身震いをして、それから。


私を見つめる視線は、優しいようで鋭かった。


青木尚

…当たり前です。あの人よりも魅力的な人なんて出会ったことないから。




本心だった。

私にとってはですけど。
そう付け足すと、渡くんは、なんか気に食わないなーだなんて笑って、


階段を、たたたと降りる。


渡斗真

青木さん今、俺のこと自意識過剰だなって思ったでしょ。

青木尚

う、ん。




ちょうど今、そう思ったところ。


渡斗真

ごめんね、こんなクズで。女の子取って食おうだなんて、そんなことしか考えられないようなクズで。




嘲るように笑った彼は、
私じゃない誰かに謝っているようだと私は感じた。













渡くんのせいで変なことを思い出す。

私を振ったあの人は、とても賢い人だった。
学力の面ではなく、頭の回転が速いという意で。



私よりも多くのことを知って、多くのことを経験し、そんな人だからどうしようもないくらいに惹かれた。



斎藤翔太さん。



翔太さん、と呼び捨てになんてとてもじゃないけど出来なくて、砕けたような敬語を使っていた。


翔太さんも私のことを呼び捨てでは呼んでくれず、尚ちゃん、と、どこか歳の差を感じてしまうようなお付き合い。


それがまた私たちには丁度よく、私は好きだった。



尊敬液る相手が私のことを彼女にしてくれることが、この上なく幸せでたまらなくて。



好きだよ、だなんてなかなか言ってくれはしないのに、
かわいいね、ありがとうね、俺幸せだよ。
だなんて甘い言葉はスラリと落とす翔太さん。


そのときにはあまりにも愛おしそうに私音ことを見てくれるから。



私は幸せで仕方なくて、翔太さんに惚れ込んでいた。

斎藤翔太

俺ね、尚ちゃんじゃない人を好きになった。



久しぶりに会う彼が
切なげにポツリとこぼしたこと。


気付いてた。

ズレが生じてたことには。


お互いに忙しくて会えない。
大学でこんなかっこいい人をほっておくはずもない。

青木尚

そう、ですか。




いつかはこんな、
だなんて思っていたことなのに。

直面するとこんなにも辛いものだったなんて。


青木尚

もう私のことを、見てくれることはないですか?

斎藤翔太

ごめんね、




別れよう。

これ以上縋ることをしなかったのは、
彼はもう私のことを見ないのだろうと気付いているから。

1年以上本気で好きだった人。
そのくらいはわかってしまう。


涙が溢れて、改めてこの人が好きなのだと知る。

初めての彼氏、初めての失恋。



失恋は人を大人にするというけれど、
そんなわけはないのだと思う。

綺麗事なんてたいていは、嘘。




まだまだガキの私にとってはそんなに安いものではなく、ただ傷を背負ってしまうだけで。



その結果、安易に出会い系サイトなんかを利用したのだから。


フリーアドレスには多くの男の人が集まってくれて。

その中で選んだのがリトさんで。



翔太さんと同い年の人。
シンプルで私に興味がなさそうなやりとり。


この人に構ってもらえて、
この人を利用して忘れられればいいや。

ヤることが目的でも、もはやなんでもいいや。



そこまでを思って私はクラスメイトの渡くんと出会う。



予想外かつどうしようもない出来事は、
シャレになるものでもなく。



どうにでもなれと思った私でも、
避けたかったと強く思った。今更。

pagetop