■『彼は正論を言う人だ』は『彼はバカだ』と同義?

 今度は、言葉の誤用についての話です。
 言葉は意味を伝える道具である以上、伝わることが大事であって、元来どうであったか、辞書にはどう載っているかは、二の次です。ですから、誤用として広まっている言葉は、すでに誤用ではなく、言葉の意味が変容したものに過ぎません。
 あるいは、誤用を見かけたとしても、読み手が脳内で修正して読めば済む、些細な問題とも言えます。

 しかし、誤用にも厄介なものがあって……。

 例えば『逆説』の誤用。『裏を返せば』や『一方こちらは』の意味で使われた分には、どういう勘違いかもわかりやすいのですが、『矛盾している』といった、中途半端に『逆説』と関連した間違い方をされると、わかりづらいものです。逆説とは、『一見矛盾(誤り)に思えるが、きちんと考えれば正しいこと』です。
 この説明でわかる人なら、すぐに誤用しなくなるのですが、皆が皆わかるわけではありません。辞書で調べてわかる際もそうです。
 しかし、人間が言葉を理解できるのは、意味を理解しているからに他なりません。幼少期に意味のわからなかった言葉が、数年後に理解できるようになる、ということは誰にでもあるでしょう。
 つまり先の例の『逆説』の正しい意味を、聞いてもわからない人では、修正されないということです。

 まだ『逆説』は、説明されれば理解しやすいものかもしれません。しかし『正論』は、わからない人が結構いるのではないでしょうか。
 正論とは、正しい論という意味ではありません。ここで言う『正しい』は、妥当性や事実のことを指します。正義や理想のことではありません。
 だから『彼は正論を言う人だ』は、『彼は正しいことを言う人だ』になっていません。むしろ正しさでいうなら、『彼は正しいことよりも正論を発言する人だ』になります。あるいは『正論を並べるしか能のない奴』になり、それはつまり、『彼はバカだ』ともとれてしまいます。
 もちろん『彼は正論を言う人だ』の発言者は、支援する意図で発言しています。しかし意味としては、全然肯定していません。
 この誤用の場合、指摘されても意味を理解できず修正できない人が少なからずいます。
 いろいろと理由ありますが、『正しさと正義』の区別がつかない、『主観と客観』の区別がつかない、『自分と他人』の区別がつかない、『事実と意見』の区別がつかない、『公と私』の区別がつかない……などが原因です。

 誤用と一口に言っても、単純な間違いだけではないという話でした。

『彼は正論を言う人だ』は『彼はバカだ』と同義?

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