光明寺から七駅進んだ街に遊園地があった。
小規模だが割と新しくて面白そうなアトラクションが揃っており、いつか行こうと思っていたのだ。
僕はソフトクリームを両手に持ち、山根さんが待つベンチへと走った。
光明寺から七駅進んだ街に遊園地があった。
小規模だが割と新しくて面白そうなアトラクションが揃っており、いつか行こうと思っていたのだ。
僕はソフトクリームを両手に持ち、山根さんが待つベンチへと走った。
はい、山根さんの分。
一緒に食べよう
あ、あの。
おいくらだったんですか?
そんなことよりほら、早く受け取ってよ。
たれてきちゃった
山根さんは慌てて僕が差し出すソフトクリームを受け取り、たれてきた箇所をペロッとなめた。
それで、その。
お、おいくらだったのでしょうか
山根さんは手提げかばんから財布を取り出そうとしている。
こういう場合って男がおごるんでしょ
僕はソフトクリームを舐めながら言った。
そ、そうなんですか?
でも、ですね。
おごられるのが当たり前って思ってる女子は、その……嫌われると……
嫌われたくないということを、わざわざ正直に話すところが可愛らしく思えた。
ソフトクリームを食べ終えた僕は、まず何に乗るかを考えながらあたりを物色した。
すると、少し離れた木陰で何かがサッと隠れるのが一瞬見えた。
あの小さな男の子と女の子だ。
こんなところまでついてきたのか。
僕は小さくため息をついたが、まあいいかという気持ちになった。
行こうか
僕は山根さんの手を引いて歩き出した。
僕はコーヒーカップという乗り物に、女子と二人で乗るのを夢見てた。
恋人同士でしか楽しめない乗り物に思えたからだ。
そのことを山根さんに話し、とりあえず一つ目の夢を叶えた。
まだ正式に付き合っているわけではないのだが、そのことはあえて言うまい。
その後、二人でメリーゴーランドに乗り、山根さんがジェットコースターを嫌がり、マジックミラーの迷路を楽しんだ。
不思議だった。
デートというのはもっと緊張するものだと思っていた。
だが、山根さんが相手だからなのか、とても穏やかな気分だ。
僕は山根さんと手をつなぎ笑った。
彼女も微笑んでいる。
幸せな時間は緩やかに、だが急速に過ぎていった。
気づけばあたりは薄暗くなっている。
きっと今頃は卒業パーティーが始まっているだろう。
山根さん。
観覧車に乗らない?
は、はい
僕の提案に、山根さんは快く了承してくれた。
観覧車の扉を係員が閉めた途端、外と隔離されたような感じがした。
外の音が遥かかなたに聞こえ、完全な二人だけの空間となった。
僕たちは互いに向かい合って座った。
わ、渡利さん
めずらしく山根さんのほうから声をかけてきた。
い、いつから。
その、私のことを?
うーん。
いつだったかなぁ。
わからないんだよ。
いつ好きになったのかも、なんで好きなのかも。
好きになるってそういうもんなのかな
ま、漫画じゃそれはタブーなんです。
好きになるにはですね。
読者が納得できる理由付けが必要でして
そうなんだ。
確かに、好きになった理由がよくわかりません、だと感情移入しづらいかも
僕は度々自問自答していた気がする。
だけど考え方に間違いがあったのかもしれない。
なぜ好きなのか、ではなく好きだという感情そのものに疑問を抱いていた。
だけど今は好きだという気持ちに疑いはない。
なぜ好きなのか。
僕は山根さんと過ごした時間を思い返してみた。
とても心地よい。
ちゃんとした理由を言わなければならないなら……多分ね
は、はい?
山根さんといると、心が落ち着くんだ。
一緒にいるとなんかこう……時間の流れがゆっくりになっていく感じ。
今は……ちょっと緊張しちゃってるんだけど
わ……私も……です。
だ、誰かと一緒だと……すごく、気まずいのに……渡利さんと一緒のときは……なんだか静かで……。
でも、私も……今は、すす、すごく緊張……してます
一緒にいると落ち着く。
好きな理由としては間違っていない。
それなのに、こうして望んだ形で一緒にいると落ち着きなく緊張している。
恋愛って何だか不自然だ。
山根さんは恋愛系は描かないの?
わ、私は……恋愛したことなかったので。
わからないものは、描けないです
じゃあバトル漫画描いてるから、バトルはしたことあるんだ
い、いえ。
そう言われてみればそうですね。
確かに……興味深いですね
山根さんはうつむいてしまった。
じ、実は。担当さんが付いて以来、全然ネームが通らないんです
それってつまり、ボツばかりってこと?
はい。
私の漫画には熱いものが伝わってこないと。
アイデアはいいし、絵もうまいけどキャラの心情が全然描けてないと。
さっきの渡利さんの言葉で、なんかわかったような気がしました
山根さんは肩を震わせている。
悔しがっているのか。
僕にはあまりわからない感情だ。
だから、本気で打ち込むものを持っている山根さんはすごいと思った。
まだ高校を卒業したばかりじゃん。
僕たちにはまだまだ時間がいっぱいあるよ。
山根さんはこれからもっと腕を磨くために東京へ行くんだよね。
これからだよ、きっと。
僕も山根さんみたいに頑張らなきゃな
め……滅相も……
山根さんはめがねを少し上げて、涙を拭いた。
わ、渡利さんは今後、どうするんですか?
僕はパソコン系の専門学校に行くよ
山根さんと違い、なんとなくで決めた進路だけに少し見劣りを感じてしまう。
あ、あの。
聞いてもいいかな。
どうでもいいことかもしれないけど
僕はひとまず話題を変えることにした。
ほんとに些細な、しかしどうしても聞きたかったことがあるのだ。
は、はい。
なんでしょう
学園祭の日、僕と話したときのこと覚えてる?
あのとき山根さん、別れ際に何か言いかけたんだけど、なんだったのかなって
細かいことだ。
覚えてるほうがおかしいのかもしれない。
今となってはどうでもいいことかも知れない。
ただ、あのときの僕を呼び止めた山根さんの声がどうしても忘れられなかった。
お、面白く……なかったって
え?
本当は、泊り込みで行ったペンションが面白くなかったって言いたかった……です。
渡利さんに……嫌われたくないって……思って
でも、僕が嫌う筋合いなんてないんじゃないかな。
遊びに行くのは山根さんの自由なんだし
僕はそう言いながらも、内心ドキッとした。
あの日、山根さんが男女混合のお泊り会に参加したと知って、僕は動揺していた。
それが山根さんには伝わっていたのだろうか。
わ、私。
ただの人数合わせで参加しました。
何もありませんでした
僕は山根さんを抱きしめたいと思った。
そんな度胸ありませんけど。
と、とと……隣に、行っていい?
まるでいつもの山根さんのように、言葉が突っかかる。
え?
あ、はい。
お、お願いします
僕が立ち上がると、ゴンドラがちょっとだけ揺れた。
山根さんの隣に座ると緊張感がさらに膨れ上がり、心臓がバクバク音を立てた。
隣に座っている山根さんに顔を向けてみる。
山根さんも僕を見ており、目が合った。
恥ずかしさで思わずうつむく。
少しだけ山根さんを見ると、彼女も下を向いている。
わ、渡利さん
は、はい?
再び山根さんから声をかけられた。
僕は最高潮に達した緊張で思わず声が裏返った。
私、東京に行っても手紙書きます
あ、それならメルアド教えてよ
そ、そうですよね。
私、まだ携帯持ってなくて
そ、そうなんだ。
実は僕も最近なんだ。
バイトのお金でようやく携帯持ったっていうか。
ぼ、僕ら遅れてるね
そ、そうですね。
私も早く携帯持ちます。
そしたらメールアドレスを手紙に書きます
いや、僕のメルアド教えるからメールしてよ
そ、そうですね。
メールします
僕はお金をためて会いに行くよ
そ、それじゃ。
私は電話もします
楽しみに待ってる
大学を卒業したら帰ってきます。
だから……
だから?
彼女はそこで黙り込んだ。
僕はゆっくり顔を上げ、山根さんの様子を伺った。
山根さんは膝の上に乗せた両手を握りこんで肩を強張らせている。
しばらくして、山根さんが僕の方を見据えて言った。
離れていても、私のこと……好きでいてくれますか?
告白したときに僕が望んだ、最高の言葉だった。
うん。
ありがとう。
待ってるから
僕らの乗せた観覧車が一番高いところまでたどり着いた。
景色はすっかり夜の光で溢れている。
や、山根さん
僕は今しかないと思い、意を決した。
ぼ、僕。
キスに興味あります
は、はえい?
僕のような小心者がこんなことを言えたのは、山根さんが東京へ行ってしまうと長いこと会えなくなるという思いがあったからに他ならない。
イケてるやつなら、雰囲気にまかせて何も言わずにキスするんだろうなぁ。
こんな言い方しかできない自分が情けないが、とりあえずよしとしよう。
あ、あの。
ど、どうすれば……いいですか?
え?
あ、ああ。
そうだね。
えと。
女子は目を閉じて、僕がするのかな
は、はあ。
えと。
それでは
山根さんが目を硬く閉じた。
口元がなぜか尖がっている。
や、山根さん。
口、普通にしててよ。
なんだかやりにくいから
え?
あ、え?
山根さんが一旦目を開けた。
ご、ごめんなさい……です
そう言ってまた目を閉じた。
自分で言い出しておいてなんだが、ものすごく緊張する。
僕は山根さんにばれないように深呼吸をして、山根さんに近づいていった。
そのとき僕に向けられた熱い視線に気づき、僕らのすぐ後ろのゴンドラを見た。
あの二人の子供が窓にへばりついてこちらを見ていた。
子供たちは僕が視線を向けたので、苦笑いをしながら手を振り出した。
なおも睨んでいると、二人はサッと両手で目を覆い隠した。
うむ。
子供は見ちゃ駄目。
子供たちが見ていないことを確認した後、僕は山根さんにキスをした。
その後もしばらく、山根さんは目をキュッと閉じていた。
僕は再び後ろのゴンドラを見た。
あの二人の子供たちが手を目から離し、二人そろってなにかを叫んでいるのが見えた。
山根さんがようやく目を開けて、そのまま恥ずかしそうにうつむた。
僕と山根さんは無言のまま、ゴンドラが一周するのを待った。
観覧車から降り、僕は山根さんと手をつないで歩き出した。
ずっと好きでいようと心に誓った。
僕は後ろを振り返った。
丁度、僕らの後ろのゴンドラが下にたどり着いたところだった。
だが、あの子達の姿はどこにもなかった。