井草家は彩萌市でも有数の大富豪の一家だけあって、その邸宅たるや、まるで西洋の城を彷彿とさせる外観だった。

 仰々しい鉄扉から邸宅の玄関までおよそ三十メートル。直線の白い石畳の道の左右は手入れされた人工芝が広がっている。

 ローズウッドのような色合いの扉の向こうは、白を基調とした優美な玄関口だった。

貴陽青葉

私はたったいま世界の
真実に近づいた

 青葉は自分の前を往く水依を後ろから捕獲して、その頬を縦横無尽に弄り回す。

貴陽青葉

平等は不平等の上に成り立っている。某縦スクロールのSTGで誰かがそんなことを言っていたような気がする

東雲あゆ

すげー

 隣であゆが通り一辺倒な感嘆を漏らす。

東雲あゆ

水依っちのお父さんって
何をやってる人なの?

井草水依

起業家。製薬会社とか医療機器メーカーみたいな医療関連が主体

 日本で起業家になる者は基本的に稀だ。起業そのものの難易度が非常に高い上で、自分で起こした事業の失態で身包みを剥がされるリスクを背負うという二重苦を味わう必要があるからだ。国の金融政策や刻一刻と変化する経済環境などの機微に対応可能な優れた適応力を有していなければ継続も困難だ。特に、国民に対する借金を正義と称する日本が舞台なら尚更である。

 水依の話によれば彼女の父親は、そんな生き馬の目を抜くような世界で成功を収めた『井草グループ』の代表だという。この街の市役所で住民票を提出したことがある人間で、井草グループの名前を知らない者はいないとまで言われている。

東雲あゆ

水依っち。何か一つ、お父さんが起こした中で一番有名な会社の名前を言ってみて

井草水依

何故に?

東雲あゆ

興味本位

井草水依

……ライズ製薬

 言うか言うまいか少しだけ迷った様子だった。

 ライズ製薬は知っている。数ある製薬会社の中でも比較的新参者の部類に入る会社だが、いまではどのドラッグストアでもその会社の商品を十点以上は確実に取り扱っている。

東雲あゆ

あ、それならあたしも知ってる

 あゆが手を挙げて答える。

東雲あゆ

お祖父ちゃんがよくその会社の薬を贔屓にしてたから、あたしも何回かそこの風邪薬を使ったことがあるな。
めっちゃ良く効くの

井草勝巳

それは嬉しいコメントですな

 奥の階段から、紺色のスーツを着た五十代くらいの男性がゆったりと降りてきた。彼が一歩を踏む度に息が詰まりそうな錯覚に陥ってしまう。

井草勝巳

初めまして、お嬢さん方。私は水依の父、井草勝巳です

貴陽青葉

ど……どうも、貴陽青葉です
水依さんのクラスメートです

井草勝巳

貴女がよく話に出てくる水依のご学友ですか。いつも娘がお世話になっています。さあ、立ち話もなんですから、どうぞ上がってくださいな

貴陽青葉

は、はい

 言われてようやく、まだ玄関から一歩も動いていなかったのを思い出す。

 青葉達が玄関で靴を脱いで家に上がると、何処からともなく現れたメイド達が素早く白い羽毛のスリッパを差し出してきた。見るからに高級品の風格が漂っている。

 やや躊躇しながらスリッパに履き替えると、勝巳が愉快そうに促した。

井草勝巳

そうかしこまらなくていい。しかし驚いた。水依が友達を連れて来るのは今日が初めてでして、私も少々動揺している

 心にも無いことを――とは思っても、口には出すまい。

井草勝巳

今日は是非ごゆっくり。何かあればうちの小間使いに何なりとお申し付けを

貴陽青葉

お心遣い、痛み入ります

井草勝巳

なるほど、礼儀正しい娘さんだ。もっと話してみたい気分だが、生憎と私はこれから仕事に出なければならない。今日のところはこれで失礼させていただく

 老練という言葉は彼の為にあるのではないかと思わされてしまうくらい、井草勝巳の現れてから辞するまでの仕草は隙が無かった。

 彼が消えてすぐ、青葉は緊張感を誰にも気づかれないように吐き出した。すると、今度は別の物体に目が行った。

 大きな金の額縁に収まった女性の肖像画だ。さっきからずっと、絵の中の美人が奥の壁からこちらに見守るような視線を向けている。

貴陽青葉

あれは……

井草水依

青葉、こっち

 水依に淡々と促され、絵画に関する質問の機会を逸してしまった。

 有り体に言って、井草家のキッチンは高級レストランの厨房に近かった。飯時になればここでどれだけの人数がひしめくかが一瞬で想像できる様相だ。ピザを焼く古風な窯から最新鋭の遠心分離機まで、揃っている機材や調理器具の数や種類は枚挙にいとまが無い。

 大理石の調理台には既にチョコ料理に必要な材料が一通り揃っている。しかも、その材料の大半は国外からの高額な輸入品だ。

 さすがは金持ち。庶民様とは感覚が違う。

 でも、世の中にはやり過ぎという概念が存在する。いま青葉とあゆの前に立っているおかしな人物がその一つだ。

王虎

嬉しいわーん!
水依ちゃんが
こーんな可愛い
お友達を連れてくるなんてっ!

井草水依

紹介する。こちらは王虎(ワンフー)
うちに雇われてる用心棒
かつてはフランスでパティシエの修行を積んで、自分の店を持った経験がある腕利きの菓子職人

王虎

お店の方はこっちでの仕事があるから後任に引き継いじゃったけどね

 何がどうなったら女性メイクフルオプションの屈強なオカマ野郎がパティシエから用心棒に転身するのだろうか。自己主張の激しいアイシャドウと真紅の口紅は正直言って目もあてられない。

王虎

それより、ほら
料理の前はやっぱりエプロンよね

 王虎は青葉とあゆにそれぞれエプロンを一枚ずつ差し出した。ちなみにエプロンの色は青葉が緑で、あゆが黄色。水依が赤だ。

貴陽青葉

……私達は信号機か?

王虎

とても似合うわーん
意中の男がいるなら見せて
あげたいものね

貴陽青葉

私には別に恋しい相手などいないんだが

王虎

あら? 本命の人にあげる為にこれからチョコを手作りするんじゃないの?

貴陽青葉

私はただ高級食材を用いた料理というものを体験したかっただけだ。作ったものは私が後で責任を持って始末する
勿論、自分の胃袋でな

王虎

随分と正直ね

 王虎の顔がやや引きつっている。何もおかしなことを言った覚えが無いのに、何で可哀想な人を見るような目をこちらに向けてくるのだろう。

 王虎は次に、さっきから部屋をきょろきょろ見回していたあゆに訊ねる。

王虎

ね……ねえ、東雲あゆちゃん、だったかしら。貴女は誰に渡すの?

東雲あゆ

死んだお祖父ちゃんへの御供え物

王虎

お……重い……

 彼が落胆するのも無理は無かった。

王虎

でも、それだけじゃないのよね?

東雲あゆ

はい。葉群君に一個、火野君に一個、お父さんとお母さんに一個ずつ。それからクラスの人に一口サイズのものを一個ずつ……こうして考えると意外と多めにつくらなきゃ、だね

王虎

全部義理チョコ!?
本命は!?

東雲あゆ

全部本命です

 あゆは本命の意味を理解しているのだろうか。自分も人のことは言えないが、あゆの思考回路もそれはそれで常人離れしているような気がする。

 王虎は頭痛を催したように掌で額を覆った。

王虎

……言い方を変えましょう。誰か、好きな異性とかはいるの?

東雲あゆ

適当に生きてればそのうち見つかるんじゃないですか?

王虎

なるほど。いい答えが聞けたわ

 あゆは将来大物になるだろう。

 王虎は咳払いをして気を取り直した。

王虎

……とりあえず、さっさと作りましょうか

 料理において最大のスパイスは作り手の愛や真心などとよく言ったものだが、そんなものを最初から持ち合わせていなかった青葉とあゆの行状は実にシュールだった。

 青葉は毎日自分と養父のご飯を作っているだけに料理に関してはそつなくこなす方だが、如何せん作業が淡々としている。王虎に作るスイーツのオーダーを伝えて、このキッチンの調理器具の使い方を教わり、製作の工程を何一つ淀みなく突破していく姿は、水依から見たら新入りの調理師見習いが器用に師匠の技を自分の中で昇華していくような淡泊な構図に見えてしまう。

 最終的に青葉が作り上げた代物は、なんとフォンダンショコラだった。

東雲あゆ

青葉すげー

 そして、あゆは全く手が動いていない。作りたいものが決まった段階から、ずっと青葉の手際に夢中になっているのだ。

 あゆはいま一度、気合を入れ直して鼻息を荒くした。

東雲あゆ

よし! 私も頑張っちゃうぞ!

 などと言って三十分が経過。

 出来上がったものは、版権的に色々問題になりそうな見た目をした一口サイズの某ネズミキャラクター型ショコラだった。ちなみに使用した金型は自分の手で作ってきたものらしい。渡す相手が全員本命とか言う割にはふざけているとしか思えない。やっぱり東雲あゆに真心という概念は存在しないらしい。

 王虎は水依の講師に付きつつ、あゆの作品を見て嘆息する。

王虎

まあ……あれが友チョコなら上出来な方よね

井草水依

青葉とあゆっちの行動や言動にいちいち突っ込んでいたら一日を浪費する。あまり気にしない方が得策

王虎

そうよねぇ。普通の女子高生とは到底思えないし

貴陽青葉

失礼な

 青葉が耳をそばだてて反応する。

貴陽青葉

私は何処からどう見てもそこら辺にいるようなぴっちぴちのリアルJKだ

 絶対違うだろとは敢えて言うまい。

 水依も青葉の生い立ちはある程度知っている。でも、生い立ち以上に、現在の彼女がどういった立場の人間なのかは全く教えられていない。

 こちらから見た貴陽青葉という人物は実に興味深い。普段は無愛想の仮面を被って生活しているようで、自分が興味を持った対象を見つければ純粋な好奇心で近づいてくる。水依と青葉の出会いも大体そんな感じだ。

 だからといって、彼女の正体を知ろうなどとは思わない。何故なら、青葉もこちらの事情には下手に深入りしてこなかったからだ。

貴陽青葉

王虎さん、ちょっとお訊ねしてよろしいか

 水依がチョコクッキーの種をオーブンに入れたところで、青葉が唐突に口を開いた。

王虎

何? また何か作りたいの?

貴陽青葉

いや。玄関の奥に飾られていた絵画について何かご存知ではないかと思いまして

王虎

ああ、あれは水依ちゃんのお母さんよ

東雲あゆ

え? そうなの?

 あゆが目を丸くする。

東雲あゆ

すっげー綺麗な人だったよね。そりゃ、水依ちゃんも可愛く育つ訳だ

貴陽青葉

将来は水依もあんな風に成長するのかもな

 ベタ褒めされ、水依が顔を真っ赤にして俯く。さすがに自分の母親について、同年代の友人からこんな評価を貰ったのが初めてだからだ。

 王虎がいつもの微笑みを湛えて説明する。

王虎

井草水穂(いぐさみずほ)。旦那様は彼女を心の底から愛していたの

貴陽青葉

その彼女はいま何処に?

井草水依

母は私を産んだと同時に他界した

 水依が平静を装って答える。

井草水依

結婚以前の無茶な生活が祟って謎の感染症に侵されたって。父が医療関連の企業を立ち上げたのもその影響が強いという話を前に聞いたことがある

王虎

そういえば、旦那様とご結婚される前は半ば浮浪者みたいな半生を過ごしてたそうね

 王虎が水依の頭の上に掌を置いた。

王虎

貴女達は水依ちゃんの能力をご存知?

貴陽青葉

未来予知のESPか

王虎

そう。奥様は水依ちゃんと同等かそれ以上の力を宿したESP能力者だったの。だから水依ちゃんはきっと、奥様の力を引き継いでいまの姿に成長したんでしょうね

貴陽青葉

まるで自分の命を全て水依に移し替えたみたいだな

王虎

だとしたら、それが奥様なりの愛かしらね

 王虎が再び苦笑する。

王虎

愛の形って本当に人それぞれよ。人に与えて返される愛もあれば、一方的に押し付けられて返すに返せない愛もある。人から人へ受け継がれる愛、命をかけて遺していった愛――口で愛してるなんて言うのは簡単だけれど、結局は行動で示さなければただの自己満足。でも行動すれば少なくとも命や人生に影響を及ぼしてしまう。人はそういうジレンマを抱えながら今日を生きて明日を迎えなければならない。旦那様も奥様も水依ちゃんも、もしかしたら愛っていう概念に振り回されているだけなのかもしれない

 この時ばかりは、このキッチンに立つ小娘三人が揃いも揃って沈黙した。経験値の違いをこんな形ではっきりと見せつけられるのもそうそう無い経験だからだ。

 オーブンがクッキーの焼き上がりを報せる。

王虎

そういえば水依ちゃんってクッキーを誰にあげるつもりなの?

井草水依

それは……

 とりあえず味見用に青葉とあゆ、それから王虎の分はいくつか作ってある。

 問題は本命の分だが――それを明かすにはちょっとした勇気が必要だった。

貴陽青葉

水依は火野君と紫月君に渡して二人からの好感度を上げたいんだろ?

 青葉が嘘っぱちを交えて説明する。

貴陽青葉

そういう友チョコも良いではないか。少なくとも私やあゆが考えることよりはずっとまともだ

 自分がおかしいという自覚はあるのか。つくづくよく分からない奴だ。

王虎

友チョコ……ねぇ

 既にオーブンから天板を出していた王虎がいやらしく口の端を吊り上げる。

王虎

そういえば一個だけやけに大きいメガネの形をしたクッキーの種が入ってたけど……なるほど、実際焼き上がるとグラサンみたいになるのね

東雲あゆ

火野君がいつも掛けてるグラサンにそっくりだー

 あゆがあっさりと暴露する。

東雲あゆ

もしかして、
これって火野君にあげるやつ?

井草水依

……………………

貴陽青葉

止めとけ
そろそろ水依が気絶するぞ

 青葉が『やっちまった』、みたいな顔をしてあゆを制した。

貴陽青葉

そもそも誰が誰に渡すという質問をした王虎さんが悪い。思春期には色々あるんだから黙っておけば良いものを

王虎

それは……ごめんなさい

 さすがの王虎も、この時ばかりは普通に謝罪した。

 高校生が警察の職質を気にせず出歩ける刻限を考えれば、夜の八時くらいに水依の家から出たのは正解だった。ちなみに作ったチョコ料理に関しては、来るべき時まであの家の冷蔵庫で保管してもらうことになった。

 隣を歩くあゆが、唐突のこんな質問をしてきた。

東雲あゆ

水依ちゃんって、火野君のどこが良かったんだろ

貴陽青葉

火野君本人が気遣いの出来る優しい性格だからな。会う度に構ってもらってる分だけ好感度が自然に上がったんだろう

東雲あゆ

あー、それ分かる。紫月君も彼を見習ったらいいのにって思う

貴陽青葉

全くだ

 紫月は龍也と対照的で、そこまで気遣いが上手い方ではない。性格的に優しい訳でもないので、少なくとも普通の女子からはあまり好かれないタイプだ。

 でも、奇人変人に対する受け皿は非常に広い。それだけは評価に値する。

貴陽青葉

火野君は水依をどう思ってるんだろうな

東雲あゆ

うーん……

 少なくとも龍也から見た水依の印象は決して悪くは無い筈だ。でも、彼が彼女を異性として認識しているかどうかはいまいちよく分からない。

 青葉もあゆも紫月といつもつるんでいるのに、揃いも揃って同年代の男子に対する理解が少しばかり足りていない。やっぱり紫月では参考にならないのだろうか。

東雲あゆ

今度さ、直接聞いてみる?

貴陽青葉

止めとけ。あまり私達が出しゃばる場面でもない

東雲あゆ

そっか。ところでさ

 あゆが青葉の前に躍り出る。

東雲あゆ

青葉って、葉群君のこと、どう思ってんの?

貴陽青葉

ただの悪友だ

東雲あゆ

え? そこ、迷うとこじゃないの!?

 彼女が何を想ってそんなことを聞いたのかは知らないが、こういう質問をされた時の答えはあらかじめこれと決めている。だから迷う理由にはならない。

 青葉が盛大にため息をつく。

貴陽青葉

もし仮に君があいつを好きなら勝手に持って行けばいい。そもそも私に承諾を求めるような話でもない

東雲あゆ

もしかして呆れてる?

貴陽青葉

悪いか?

東雲あゆ

ううん。ただ単に、
ブレないなぁって

貴陽青葉

私なんて精々そんなもんだ。下らんこと言ってないで、さっさと家に帰るぞ。最近は何かと物騒だからな

東雲あゆ

うーい

 自分で言っておいてなんだが、物騒云々は別に帰り道を急ぐ理由にはならないと気付いてしまった。

 何故なら、物騒なのは青葉とあゆの存在だからだ。

 寝る支度を整えてすぐ、帰ってきたばかりの勝巳に呼び出され、水依はリビングで彼と対面していた。

井草水依

用件って何?

井草勝巳

さっき訪れた貴陽青葉と東雲あゆの正体を知りたい

 その申し出はあまりにも唐突だった。

井草水依

あの二人がどうかしたの?

井草勝巳

さっき出かけた先で妙な噂を耳にしてな。あの二人がそれに関与している可能性がある。それをお前の予知能力で調べてもらいたいのだ

井草水依

私が視れるのは未来だけ。過去は調べられない

井草勝巳

過去の積み重ねも未来の一つだ。お前が読んだ未来を逆算して過去に辿り着くことだって、決して不可能ではない筈だ

井草水依

いや、無理

 水依は頭を振った。

井草水依

前にやってみたことがあるけど、青葉の未来は視えなかった。それどころか、あゆっちの未来も最近は形がはっきりしない

井草勝巳

お前が未来を見通せない対象が二人……か

 これは余談だが、葉群紫月の未来も視えなかった。しかし、龍也の未来は三日先まで読めてしまう。この二人にはどういった違いがあるのか、水依本人にも全く見当がつかない。

 勝巳が顎に指を当てて呟く。

井草勝巳

彼女達が未来を変える因子そのもの……? いや、そんな馬鹿な

井草水依

お父さん?

井草勝巳

いや、何でもない。では、視る対象を変えよう

井草水依

今度は誰を?

井草勝巳

王虎だ

 勝巳は既に近くで控えていた王虎に目線を遣る。

井草勝巳

あの二人と接触した王虎から何か視えるかもしれん

井草水依

…………分かった

 水依は自室へトレーシングペーパーを取りに行き、リビングに戻って王虎の『気』を視て、それを絵柄として描きだして通常通りの予知を行った。

 その結果、水依の網膜に映ったのは、あゆと対峙する王虎の姿だった。

井草水依

……あゆっちが王虎さんと戦ってる?

王虎

あらビックリ

 被写体の王虎本人はあまり驚いていないらしい。

王虎

それって、あの東雲あゆって子が私達の敵になるってことじゃない? とても面白い子だったのに、ホント残念だわー

井草水依

思い出した。そういえば、あゆっちは風魔一族の末裔とかいう話を聞いたことがある

井草勝巳

風魔一族?

 勝巳が興味深そうな反応を示す。

井草勝巳

……なるほど。パズルのピースが一つ埋まったな

井草水依

どゆこと?

井草勝巳

お前はまだ知らなくていい。時が来たらいずれ話す

 明らかに不安要素しか残さないような言い分だった。

 それにしても、あゆは勝巳とどういった関係の人間になるのだろうか。いまはたしかに無関係な気もするが、いずれはこちらの敵になるのだろうか。

 ――敵?

 いや、ちょっと待て。何で私はいま、あゆが敵対者になる可能性を考えた?

井草勝巳

遅くに呼び出して悪かったな

 勝巳が目線を下げ、水依の両肩を持った。

井草勝巳

今日はもう寝なさい。明日も学校があるだろう

井草水依

……分かった。おやすみなさい

 水依は身を翻し、すたこらと自室に戻った。

 水依が去ってすぐ、王虎が疑問をそのまま口に出した。

王虎

旦那様。あの二人が一体どんな事件に関与していると?

井草勝巳

四季ノ宮に北条一家が所有する城があったという話は知っているな。去年のクリスマスくらいか。その城で風魔一党と唐沢一家の内部争いがあったらしい

王虎

それは初耳ですね。それが何か?

井草勝巳

これにより北条一家は完全に壊滅した。でも、いくつか情報操作されていた節があってな。風魔一党と戦っていたのは唐沢一家ではなく、まだ未成年の子供三人だったという話だ

王虎

そのうち二人が
貴陽青葉と東雲あゆ、
ということですか

井草勝巳

まだ正確なことは分からん。だが、東雲の姓を聞いた時に違和感は感じていたのだ。それに、貴陽青葉――私はあの子を昔、何処かで見たような気がする

王虎

他人の空似という線は?

井草勝巳

そこがまだ不明瞭でね。やれやれ、年は取りたくないものだ

 勝巳が適当な椅子に腰を落ち着けると、王虎はすぐにコーヒーの準備に取り掛かった。

井草勝巳

貴陽青葉……彼女は何処となく、あいつに似ているような気がする

王虎

あいつ? 誰です?

井草勝巳

入間宰三。私の古い知り合いだよ

王虎

ああ、生命遊戯の

 入間宰三だったら王虎も知っている。最近放映された昼のワイドショーによると、高校生三人の青春を見るも無残な姿に変貌させた挙句、市内の公立高校で何者かと戦闘を行って爆死したんだったか。

 一対一の戦闘力だけで言えば、あれは王虎と互角の実力を秘めた危険人物だ。

井草勝巳

本音を言うと、出来れば水依を貴陽青葉と関わらせたくないんだがなぁ……

王虎

見た感じ、普通の良いお友達に見えましたけど

 王虎が勝巳の前にコーヒー入りのカップを差し出す。

王虎

さ、旦那様。冷めないうちに

井草勝巳

君も自分の分を淹れて、一緒にどうだね

王虎

では、お言葉に甘えて

 王虎は自分のカップを棚から取り出した。

『禁忌の探偵』編/#1 禁忌のテレグノシス その二

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