彼女は知らない。
このゲーム、役職によっては直に殺しにいかないといけないということを。
投票だけで気軽に終わるのは一部の役職だけなのだ。
人狼含めて殺しの陣営は、自分で殺害をしないといけない。
羽美は今までの不運が嘘のように運が良かった。
奈々のトリックスターは、コピーするだけで、直接手を下す必要はない。
端末を操作するタイプの役職だった。
ちゃんと夜の流れを見ていないから、知らない。
彼女は知らない。
このゲーム、役職によっては直に殺しにいかないといけないということを。
投票だけで気軽に終わるのは一部の役職だけなのだ。
人狼含めて殺しの陣営は、自分で殺害をしないといけない。
羽美は今までの不運が嘘のように運が良かった。
奈々のトリックスターは、コピーするだけで、直接手を下す必要はない。
端末を操作するタイプの役職だった。
ちゃんと夜の流れを見ていないから、知らない。
そして、場合によっては。
殺しに行った相手に、防衛で殺されてしまった場合でも、ゲームとしては成り立つということも。
夜のうちに互いの顔を知って、不毛な殺し合いになっても問題もないことも。
全ては、定められたルールの中。
羽美は、それすら、知らない。
うわ……
奈々が人気ない夜の廊下で見つけた誰か。
俯せに倒れていたその人物を、奈々は足で小突いて生きているか、確認。
無反応。呼吸と脈を調べ、死んでいることを確認。
眼鏡の少女だ。
名前は確か、草薙光。
白目をむいて死んでいる。
こりゃ酷い…………
一人、彼女の亡骸を見下ろしてボヤく。
恐らく、誰かに投票のみで殺されて、移動中に死亡したものと思われる。
彼女の役職は知れない。
夜間、村人は基本的には部屋の外に出てはいけないが、役職を持つ彼らは自由だ。
一部は自分から出なければいけない。
彼女もその口か。同じ陣営ではなけれいいが。
生徒会長である奈々は、全生徒のプロフィールを頭の中にインプットしてある。
特に、問題のある環境で育った生徒のことは、色々気を使うので、その中でも一番気にしていた分類にこの死んでいる少女は入っていた。
……死んでしまえば、元も子もない。
彼女については、もう出来ることはない。
奈々はせめてと、開いている彼女の目をそっと塞いだ。
優しく抱き上げると、壁によりかける。
こうしておくと、まるで眠っているようにも見えた。
そんな奈々の様子を、そっと廊下の角で盗み見る人影。
ある種の予感をしていたゆえ、悲しい感情もあるが、それ以上に解放感の方が強い自分に呆れてしまう。
光姉さん……
――妹の優子だった。
彼女は、姉の亡骸を発見しても、駆け寄ることもなかった。
ただ、影に潜んで、ああやっぱりと思った。
何より。
優子は、実の姉が死んだのに、泣けなかった。
……涙が、何故か……出ない。
悲しいとは思う。胸が苦しいのも感じる。
なのに。
どうして。
この目からは、涙は出ないのだ。
悲しいなら、人間は泣くのに。
どうして……?
――出てきなよ、そこの人
いるのはわかってるんだ
!
奈々が、誰かの事を言う。
思わず硬直する優子。
優子は極力、気配を殺していた。
それでも奈々は、どうやら気付いていたらしい。
鋭い眼差しで、薄闇を睨んでいる。
早くしてくれないかな
こっちは今、気が立ってるんだ
奈々は妙に苛立った様子で、舌打ちする。
期限が悪そうなのは見ればわかる。
ここでノコノコ出ていけばきっと殺される。
ただ、姉の様子を見に来ただけなのに。
なぜこんなことになってしまったんだろう。
……優子が迷っている間に。
彼女の隠れるよりも、奈々に近い廊下から、誰かが出てきた。
…………何で、バレちゃったのかな?
空、まさかと思うけれど
付けられていたんじゃないでしょうね?
そ、それはないよ!
空だって気を付けていたよ!?
だといいけど……
――あの二人は誰だろうと首を傾げる優子。
奈々は知っているようだった。
…………二人?
気配は一人だった気がするけど……?
奈々は眉を顰めるが、首を振って気を取り直す。
出てきたのは、睦と空の二人だった。
氷室さんと大江さんだったのね
何してる、なんてナンセンスなことは聞かない
ここであったら……どうなるかは、わかってるよね?
確認のニュアンスで問うと、二人はそれぞれの得物を見せつける。
睦は拳銃、空はナイフを。
見てのとおりよ、会長
私は『第二陣営』のテロリスト
空も同じく、『第二陣営』の殺人犯です
会長さんは、なんですか?
夜に外にいるってことは、役職持ちですよね?
二人はどうやら、『第二陣営』の人狼以外の殺しを行う役職のようだ。
優子はすぐにメモを取った。
確実な情報が、こんなところで手に入るとは。
実地で手に入れたこれは、のちのち使えると思う。
銃とナイフのシンボル……ねぇ
厄介な二人とエンカウントしちゃったか……
戦わなくても良さそうな役職だけど、見逃してはくれないよね
空の質問には答えないと拒否して、端末を見せびらかす奈々。
対峙する二人の雰囲気が、一段階冷えた。
…………会長、死ぬ覚悟はいいのよね?
『第一陣営』の村人の可能性はないよね
何もない村人はルールで外に出られないから
こっちの陣営だったら、教えないって事もないだろうし
つまり、敵だよ
要するに殺しても、何の問題もないのでしょう?
ないよ、睦
二人は銃を向けて、ナイフを構える。
臨戦態勢になる後輩二人に、会長はというと。
やれやれ
血気盛んなのはいいけど、襲う相手は間違えないほうがいいよ?
殺せるものなら殺してみるといいよ
私を殺害したら……
悪いけど二人とも一緒に死んでもらうから
奈々はウインクして挑発する。
そのふてぶてしい発言に、睦はハッとする。
何かに気づいたようだ。
……そういうこと
私達をはめるつもりだったのね、会長
えっ? えっ?
なになに睦、ダメなの?
きょとんとする空。
理由をわかってないようで、頻りに睦に理由を問う。
会長に手をだしてはダメよ、空
恐らく、毒殺されるわ
どくさつ?
ご明答だね、大江さん
私に手を出した人間は漏れなく全滅するよ?
余裕綽々の態度に、どうやら睦は覚えがあるらしい。
あとで説明すると言って、空を宥める。
殺せるものなら、なんて自殺行為出来る役職なんて多くはないわ
少なくても、今の情報を統合しても会長は敵じゃない
敵にすると面倒くさいわ
むぅ……
あははっ、懸命な判断だよ大江さん
会長を怒らせると、怖いんだよ?
奈々はケラケラ笑って、二人に早く戻るように言う。
訝しげに見られて、奈々は理由を明かす。
私は争わなくてもいい子とは争わない
穏便に済ませたいんだ
ほかの子達に見つかる前に、殺ること終わったなら戻らないと、情報が漏れるよ
ほらほら、急いで急いで
優子には理解できないが、奈々は何かしらの優しさを見せているようだ。
二人とも、得物をしまうと一目散に元きた廊下を戻っていった。
人気ない空間に走る音だけが小さく響く。
ふぅ、と奈々は溜め息をついて、彼女は緊張が切れたようにぐったりした。
さて……本命はこっちか
ちょっと、優子さん?
何時まで隠れてるの?
もうあの二人はいないよ、早く出てきて
えっ!
様子を伺っていた廊下の角まで走ってきた奈々。
突然のことで逃げる間もなく、捕まる優子。
呆気なく見つかった。
さっき呼んだのは優子さんのことだよ?
腕をつかまれ、影まで引っ張りこまれる。
人差し指を唇に押し当てられて何か言う前に言葉を潰される。
落ち着いて、何をしていたのかを説明してくれと言われた。
あっ、いやっ、えっと……
わ、私は、無関係です!
姉さん殺してません!
私は……光姉さんの様子を見に行こうとしただけで……!
大丈夫大丈夫、わかってるって
奈々はポンポン、と優子の頭を撫でて笑った。
ほうける優子に、奈々は肩を竦めた。
さっきはああ言ったけどね
私は『第一陣営』の探偵なんだ
あの二人に言ったのは単なるブラフ
すっかり信じ込んじゃったみたいだけどね
たん……てい……?
困惑して追い付かない優子に、奈々は軽く説明してくれた。
『第一陣営』
探偵
勝利条件 人狼の全滅
能力
一晩に一人につき一人ずつ、他の人間の詳細な役職を知ることができる。
知り得た情報は他の探偵と共有可能。
一部の役職は知ることができない。
情報は端末の専用ログに記録される。
今晩、私は優子さんを調べてるの
人狼じゃないことは分かってるから、安心して
……そういうことですか……
奈々は先ほどブラフで何かしらを示唆して殺されるのを回避していた。
殺されたら困るから、咄嗟に嘘をついたのだ。
私とは陣営は違うけど、共生は出来るから
無闇に外に出ていると、あんな風にされるから、気を付けてね
奈々には手の内がバレているなら逆に安心できる。
お互いに生きられるというのなら、信じよう。
優子は安堵して、頷いた。
お姉さんのことは……ごめんね
何もできなくて
気にしないでください……
きっと光姉さんを殺したのは、羽美姉さんですから
優子がそう言うと、奈々は首を傾げた。
なんでわかるの?
複雑な事情ってやつは一応、聞いてはいるけど……
羽美姉さんは、私達のことを蛇蝎のごとく嫌っていたようでしたし……
それに、あの言動からして、邪魔になりそうな光姉さんを殺しても不思議じゃありません
光姉さんは、前からヒステリーでしたから
これでも、私は羽美姉さんとも姉妹です
初めて会った姉でも……
性格は、何となく察しが付きます
羽美姉さんは……
本気で、私のことを助けてくれるつもりみたいですし……
光姉さんのことは、気にしません
光は優子に心理的ストレスを与えまくっていたという話は相談を受けていたので知っていた。
だが……ここまで酷いなんて。
想像以上だった。
姉の死を、笑顔で語る優子。
表情が言葉とは裏腹に、本音を表していた。
光の死を、凄く喜んでいないかこの子。
ゾッとする奈々。
この少女は歪んだ愛情を、羽美に感じているようにも見える。
いいんです、光姉さんが死んでも
私には、羽美姉さんがいるから
そ、そう……
やばい。これ以上、ツッコミを入れたら不味い。
本能的に察知した奈々は、同じようにアドバイスをして、彼女を送り出す。
優子は、笑って手を振り戻っていった。
今し方、姉を失ったとは思えないほど、晴れやかに。
……こわ……
どんな状況だったんだろう、あの子……
本音が漏れ出す奈々。
普通じゃないのは多々知っているが、あれも相当だ。
ぶるりと背筋に冷たいものを感じながら、彼女も部屋に戻っていった。