目の前の少女が、いきなり魔法少女と名乗ったことに対して、洸汰は至極まっとうな反応をした。つまり……、

洸汰

…………はっ?

目を丸くしながら問い返す洸汰。その視線には「何を言ってるんだ、こいつは?」的な疑念の色まで含まれていて、魔法少女と名乗った当の本人を大いに慌てさせた。

カレン

そんな、「え?こいつ何言ってるの?」的な眼はやめてください……
私だって客観的に見て、そんな風に思われるのはよくわかっていますから……
でも……本当に私は魔法少女なんです……
信じてください!

必死に懇願する目の前の少女の姿に居心地の悪さを感じた洸汰がぽりぽりと頬を掻きながらどうしようかと頭を悩ませていた時だった。

洸汰が再開発地区に足を踏み入れてから何度も聞いた爆発音が再び響き、次いで何か大きいものが崩れるような重々しい音が二人の元まで届いてきた。

直後、はっとした様子でその音がした方をじっと睨みつけたカレンは何事かを呟きながら地面に掌を押し当てる。
すると、彼女が手を押し当てたところを中心に淡く光る円が現れた。

その円の中には、洸汰が見たこともないような複雑な紋様がいくつも書き込まれ、まるでファンタジーのアニメや漫画で見る魔法陣のようだった。
実際には『ような』ではなく魔法陣そのものなのだが、そんなことを知る由もない洸汰がぽかんと成り行きを見守っていると、ゆっくりとカレンが口を開いた。

カレン

おいで、クロエ……

短く言葉が発せられた瞬間、魔法陣の輝きが俄かに増し、思わず洸汰は目をつぶる。
それから少しして、光が治まったことを瞼の裏越しに感じ取った洸汰がゆっくりと目をあけると、そこには先ほどまで輝いていた魔法陣はなく、代わりに、一匹の黒ネコがちょこんと座っていた。

クロエ

こんニャところに呼び出したりして、いったいニャんの用ニャ?


まるで呼び出されたことが迷惑だと言わんばかりに、嘆息しながら口を開いた黒ネコを見て、洸汰が限界まで目を見開く。

洸汰

ね……
ねね……
ねねねね……猫がしゃべった!?

腰を引かせて盛大にドモりながら叫ぶ洸汰を、黒ネコ――クロエが胡乱な眼つきで見上げる。

クロエ

さっきからうるさいこいつは誰ニャ?

カレン

え?ああ……
この人は、追われてるときに偶然ここで会った人なの……
名前はえっと……?


そこではた、と言葉を止め、呼び出した黒ネコと一緒に洸汰を見つめる。

カレン

そういえば私……
あなたの名前知らない……

洸汰

あっ……

そういえば、と小さく声を上げる洸汰と、きょとんと首を傾げるカレンを見て、クロエが小さく首を振る。

クロエ

ニャんだニャ……
おみゃ~ら、自己紹介すらしてニャかったのかニャ?

カレン

わ……私はちゃんと名乗ったんだよ?
魔法少女のカレンだって!
それでこの人に名前を聞こうとしたら爆発があったから……
それでクロエに外を見てきてもらおうと呼び出してたらすっかり……

クロエ

はぁ……
カレンはしっかりしてるようで、やっぱりどこか抜けてるニャよ……
まぁ、いいニャ……
それよりも、おみゃ~……

洸汰

な……なんだよ……

クロエ

おんニャのこにだけニャのらせておいて、おみゃ~はニャのらニャいのかニャ?
それは一端の男としてどうかと思うけどニャ?

洸汰

ぐっ……

喋る黒猫に促される形で、洸汰は慌てて居住まいを正すと、軽く咳払いをしてから改めて名乗った。

洸汰

えっと……
俺の名は天道洸汰……
16歳でこの近くに住む高校生……

カレン

コーコーせい?
どこかの星?

ことり、と首を傾げて訊ねるカレンに、黒猫のクロエが嘆息しながら「違うニャ」と訂正を入れる。

クロエ

高校生ニャ……
カレンに分かるように言うニャら、ハイスクールの生徒ニャ

カレン

ああ、ハイスクールの生徒なんだ!
私と同い年だね!

どこかズレた感想に、洸汰が思わず頬を引き攣らせていると、再び爆発音と何かが崩れる音が轟いた。
それをはっとした顔で聞いたカレンがクロエを慌てて振り返る。

カレン

……ってそうだった!
今はそんなことをしてる場合じゃないの!
敵が近くにいるんだから……!
クロエ、お願い!
外の様子を見てきて!

クロエ

やれやれ……
仕方ニャいご主人様ニャ……

器用に肩を竦めながら、とてとてと建物の出口へと歩くクロエは、ふと何かを思い出したように洸汰を振り返った。

クロエ

ニャ~がいニャい間、ちゃんとカレンを守るニャよ?
男ニャんだからそれくらいの甲斐性を見せるニャ……

クロエ

もしニャ~が戻ったときにカレンが怪我をしてたら、おみゃ~を思いっきり爪で引っ掻き回してやるニャ

じゃきん!と音を立てながら爪を出してみせるクロエがそのまますたすたと廃工場から出て行くのを見送って、カレンがふぅ、と息をつく。

そのカレンへ、洸汰はずっと気になっていたことを訊ねる。

洸汰

あの……さ……
なんであの猫……喋れるの?

カレン

ああ……
えっとね……
クロエは私の使い魔なの……

洸汰

使い魔?

カレン

そう……
今回みたいに情報収集をしたり……、主人のことを守ったり……
能力はいろいろあるけど……簡単に言えば、魔法使いの僕……見たいな感じかな?

カレン

口うるさいのが玉に瑕だけどね!

クロエ

口うるさくて悪かったニャ……

突然、廃工場の入り口から聞こえた黒猫の声に、カレンが慌てて口を紡ぐ。
それを見て、再びやれやれとばかりに首を振ったクロエは、ゆっくりとカレンの傍までやってくると、ちょこんと腰を下ろした。

クロエ

相手はこのすぐ近くまでやってきてるニャ……
どうやら、特大の火炎魔法をあちこちにぶち当てて、ニャ~たちをあぶりだそうとしている見たいニャ……
……どうするニャ?

カレン

もちろん、戦うよ……

クロエ

作戦はどうするニャ?

カレン

えっとね……
それなんだけど……

そうしてカレンの口から飛び出した内容に、洸汰はただただ驚くしかなかった。

しばらくして、彼女は立ち並ぶ廃ビルや廃工場の一つに、人の気配と魔法の気配を感じ取り、にたりと笑みを深めた。

魔法少女

見つけたぜぇ……

ねっとりと笑いながらゆっくりと廃工場へと足を踏み入れた彼女は、いつでも攻撃に移れるように、自身の武器たる杖に魔法を待機させながら、ぐるりと辺りを見回す。
そのときだった。

魔法少女

……っ!!
そこだぁ!!

洸汰

うわぁっ!?

僅かに聞こえた足音と、確かな人の気配を感じたほうへ一足飛びに距離をつめ、魔法を待機させた杖を突きつけた彼女は、けれどそこにいた人物に驚きの声を上げる。

魔法少女

なっ!?
てめぇはさっきの……!?

慌てて杖を引っ込めた彼女へ、その直後に横合いから何かが飛び出してきた。

カレン

はぁあああっ!!

襲い掛かってきたのは、カレンの細い足。
その細い足からは想像できないほどの勢いを伴った蹴りが、彼女の目前まで迫る。

魔法少女

ぐぅっ!?

咄嗟に張った防御障壁のおかげで直接的なダメージこそ防げたものの、その衝撃までは殺すことができず、彼女は思いっきり廃工場の壁へと吹き飛ばされた。

埃と土煙が濛々と立ち上がる中、カレンは洸汰が作戦通り工場の外へと走っていくのを見届けてから、崩れた壁にもたれかかる敵へと、一足飛びに距離を詰める。

カレン

てやぁぁぁあああああっ!!

光を纏わせた拳を、カレンが叩きつけようとする直前に、壁に埋もれた少女は目をあける。

魔法少女

なめるなぁあっ!!

叫び、今度は全力の意志をこめて防御障壁を展開する。

しかし、カレンはそんなこと関係ないとばかりに、思いっきり拳を障壁へと叩きつけた。
直後、耳を劈くような激しい音が響き、凄まじい衝撃が二人の足元に小さく窪みを作る。

激しいスパークを飛び散らせながらも、どうにかカレンの拳を押しとどめていることに、少女がにたりと笑みを作ったその瞬間に、少女が展開した障壁にびしり、と亀裂が入った。

魔法少女

なっ……!?

少女が驚愕する間にも、どんどんと亀裂は広がっていき、ついには甲高い破砕音を響かせながら砕け散る。
そしてその直後、光を纏ったカレンの拳が、勢いよく少女の腹に突き刺さった。

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