もうかなり遅い時間だというのに、街に立っている建物のほとんどに明かりがついていて、未だ中で仕事をしている人たちがいることを知らせる夜の街。

色とりどりのネオンやビルの明かりで星が霞み、月だけがぽっかりと浮かんでいる様がとても奇妙に思えるその光景を、けれど私は見上げる余裕などなく、足を動かす。

はぁ……
はぁ……
……くぅっ!?

荒く息をつきながら、背後から飛んできた巨大な火球を気配だけを頼りに避ける。

次の瞬間、私を掠めて飛んでいった炎の塊はすぐ側にあった廃ビルに直撃し、数階分をまとめて蒸発させる。
かろうじて残された部分も、まるで飴細工のようにドロドロに溶けており、その表面は今もぐつぐつと煮え立っている。

……冗談じゃない。
コンクリートを一瞬で蒸発させるような超高温の炎だなんて、まともに食らったら骨も残さずに、私はこの世を去ってしまう。

そんなのはごめんだ。何せ、私にはまだまだやるべきことが残っているのだから。
だから私は頭に浮かんだ考えを振り払い、足に力をこめると、ビルとビルの間を飛び出した。

誰もが夕食を終え、あるいはテレビを見たり、あるいはラジオを聴き、あるいは本を読みながら、皆が思い思いにくつろいでいるであろう時間。

そんな時間に、とある少年が小さく歌を口ずさみながら一人、夜の街を歩いていた。
彼の名は天道洸汰(てんどうこうた)。この街に住む、どこにでもいる男子高校生の一人だ。

洸汰

~~~~~♪

特別に何か拘りを持った趣味があるわけでもなく、何か人よりも特別にすぐれた能力があるわけでもなく、ただ平々凡々に続く日々に少しだけ刺激を求めて、異形の怪物や妖魔の類に襲われる女の子を助けたりする妄想をしたりする、ちょっとだけ中二病的な考え方を持ったこの少年が、将来のことを心配した親に強制された塾からの帰りに、ちょっと遅くなったから再開発地区の方を抜けて近道をして帰ろうと、廃墟と化したビル群や工場が立ち並ぶエリアに足を踏み入れた瞬間だった。

ずずずっ、とまるで地鳴りのような音が低く響き、少年は思わず足を止めて、辺りをゆっくりと見回す。

洸汰

…………
気のせい……か……?

洸汰

いや……
廃墟だらけだし……
もしかしたらどこかの建物が崩れたのかも……
……急ぐか……

もしかしたら、どこか崩れたのかもしれない。
そう思った洸汰は、急いでこの場を離れるべく、足を速めた。
そうして少しの時間が経ち、洸汰が再開発地区の半ばほどまで進んだときのことだった。

今度ははっきりと、何かが爆発する音が聞こえ、どころかその爆発の衝撃が僅かに洸汰の元へと届き、再び足を止める。

洸汰

爆……発……?

およそ現代日本では考えられない事態に洸汰が困惑している間にも、爆発音と衝撃は連続しながら、徐々に彼の元へと近づいていく。
それと共に、洸汰の中でどんどんと嫌な予感が膨らんでいく中、一際大きな爆発が起こったかと思うと、直後に人影のようなものがものすごい勢いで彼のすぐ傍の廃材の山に突っ込んだ。

洸汰

え……?

何が起こったのか理解できずにいる洸汰の目の前で、廃材の山に突っ込んだ人影がゆっくりとそこから這い出てくる。
同時に、月明かりに照らし出されて露になったその人影を見て、洸汰は思わず目を見開いた。

うぅ……

そこにいたのは、洸汰と同じ年代くらいの一人の少女。
元々は美しかったのだろう金髪は、煤や廃材で汚れ、体のあちこちに怪我を負ったその少女は、すぐ傍の洸汰を無視して何かを警戒するように上空を睨みつけ、そのすぐ後に眼前の少年の存在に気がついて驚きの声を上げた。

こんなところに人!?

なにやら酷く驚いた様子のその少女は、一瞬、上空と洸汰の間で視線をさまよわせた後、いきなり洸汰の腕を掴んでそのまま走り始めた。

洸汰

わわっ……!?
一体何が……!?

ごめんなさい!
話は後!
ともかく今は一緒に来て!!

話は後、と走る少女に引っ張られる形で、走り始めた洸汰はどうにか体勢を立て直して少女に続く。
ゆえに彼は気付かなかった。
さっきまで二人がいた場所――少女が睨みつけていた上空に人影が一つ浮かんでいたことを。

魔法少女

逃げられた……
それにしても一般人が入ってくるだなんて……
結界を張るべきだったか?

その人影はしばし二人が去っていった方向を眺めた後、小さく舌打ちをしてから闇にまぎれるように姿を消した。

一方、まるで隙間を縫うように放棄されたビルや建物の間を走っていた二人がようやく足を止めたのは、再開発地区の一角の小さな工場の中だった。

はぁ……
はぁ……
上手く……逃げれたみたい……

荒くなった息を整えながら、少女が工場の壁に力なく寄りかかる。
それを見て、よく分からないけど話を聞けそうだと判断した洸汰が声をかけた。

洸汰

あの……さ……
いきなり走り出したけど……
一体何がどうなってこうなったのか、状況がよく分からないんだけど……?

洸汰

なんか、凄い勢いで廃材に突っ込んでったけど大丈夫なのか?
それに、さっきから起きてた爆発と何か関係があるのか?

洸汰

そもそも君は誰なんだ?

矢継ぎ早に質問を投げかける洸汰に、少女はトタンの壁を背もたれに座り込みながら、小さく笑った。

いきなり変なことに巻き込んでしまってごめんなさい……
怪我のほうは大丈夫です……
防御魔法で衝撃を殺しましたから……
爆発は、私を追ってきた魔法使いの攻撃です……

洸汰

え……?
魔法……?

ある意味聞きなれていた、けれど現実ではありえない言葉に洸汰が思わず聞き返し、少女はくすりと笑いながら頷いた。

カレン

はい
そういえば自己紹介がまだでしたね……
私はカレン
魔法少女です

カレンと名乗った少女の口から飛び出た言葉に、洸汰はしばしの間、何も反すことができなかった。

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