光流のその言葉と同時に、曲が流れはじめる。
待たせたな! 俺たちがMySTARだ!
みんなー! きてくれてありがとう! さっそく聴いてください! 『SUPER STAR』!
光流のその言葉と同時に、曲が流れはじめる。
見事にシンクロした、歌声とダンス。
そして、要所要所で観客へと向けられる掛け声や仕草。
ステージの上だけでなく、観客席をも巻き込んで、ひとつのパフォーマンスとして昇華させていく。
SUPER STAR IS No.1!
MySTAR IS No.1!
後奏の余韻が残る中、ふたりの声が響いた。
わああああああああああああああっ!!
それを受けて、会場が一気に沸き上がった。
乱れる息をそのままに、光流が陸に向かって嬉しそうに微笑みかける。
陸はニヤリと笑い返し、右手を上げた。
ハイタッチを交わす二人の姿が、バックスクリーンに大写しになる。
マイスターーーーーっ!
大好きだよおおおおおおっ!
感極まった観客たちの悲鳴のような歓声が、いつまでも続いていた――。
各ユニットのパフォーマンスが終了し、残るは結果発表のみとなった。
ステージにMySTAR、Quantum EVE、詩乃さんとあんなが並ぶ。
私はステージ袖から、その姿を見守っていた。
ライブバトルの勝敗は、ライブの盛り上がりと、観客の投票によって決まる。
バックスクリーンに『ただいま集計中』という文字が浮かんでいた。
ううう、この結果を待つ間のドキドキは、何度経験しても慣れません……!
何度経験してもって……あなた、ライブバトルは初めてなのよね?
え? あ! は、初めてですよ! あはははは~
……変な子ね。しゃんと胸を張りなさい。私たちは何も恥じることなどない、最高のパフォーマンスをしたんだから
詩乃さん……!
まあ、緊張するってのはわかるけどな。ライブバトルの結果は、俺たちのパフォーマンスに対する、率直な感想みたいなもんだし
そうだね。でもだからこそ、ドキドキだけじゃなくて、ワクワクもしちゃうな
和やかに言葉を交わしている二組から少し離れた位置に、Quantum EVEは立っていた。
茜…………
葵、堂々としてな。私たちの勝ちは決まりだぜ…………
うん…………
程なくして、ふっとステージを照らしていたライトが消え、ドラムロールが鳴りはじめた。
スクリーンの文字が『結果発表』に変わり、ムービングライトが縦横無尽に会場内を駆け巡る。
お待たせいたしました! ただいまより、ライブバトルの結果を発表いたします!
薄闇の中で、観客たちがざわめいた。
今回の熱い三つ巴バトルを制したのは――!
スクリーンに、MySTAR、Quantum EVE、詩乃さんとあんなの姿が、順に映し出される。
期待を煽る演出にじれったさを感じた瞬間、結果が告げられた。
MySTARのおふたりです!!
わあああああああああああああああああっ!
嵐のような大歓声が響いた。
陸……
光流……
互いの名を呼び、顔を見合わせた二人の表情が、みるみるうちに綻んでいく。
どちらからともなく手を繋ぎ、両手を挙げると、観客席に向かって頭を下げた。
その姿に、割れんばかりの拍手が沸き起こる。
非常に大接戦だった、今回のライブバトル! 第二位は、晴海詩乃&竜胆あんなペア。第三位は、Quantum EVEという結果となりました。見事なパフォーマンスで魅せてくれたアイドルたちに、みなさま今一度大きな拍手を!
アナウンスに促され、惜しみない拍手喝采がアイドルたちへと贈られた。
私もステージ袖から、拍手でアイドルたちを称える。
詩乃さんとあんなのステージは、トラブルに見舞われながらも、これまでの練習の成果をおおい発揮した、最高の出来といえるものだった。
けれど、MySTARはそれを頭ひとつ上回っていた。
彼らは、紛れもなく最高のアイドルだ。
ステージを見て、そう思い知らされた。
ステージから戻ってきたら、あなどるような発言をしたことを謝罪しなければ……。
そう考えながら、改めてステージへと目を向ける。
そこには互いの健闘を称える、アイドルたちの姿があった。
おめでとう。腕はなまってないみたいで、安心したわ。次は負けないわよ
おう、望むところだ
またステージで会おうね!
はい! 次はもっともっと頑張ります!
詩乃さんと陸、光流とあんなが握手を交わし、再戦を誓い合う。
それから、あんなはQuantum EVEの二人の前に立ち、同じように手を差し出す。
しかし、茜は右手を振って握手を拒否した。
馴れ合いはごめんだね。私たちは熱くなれるライブができれば、それでいいんだ
ううっ、ごめんなさい。それと、ありがとうございました。急に乱入された時はびっくりしちゃったけど、あとから考えたら、これって、もしかして茜さんたちなりのエールだったのかな、なんて……
う、うるさいっ!
えうぅっ!
茜、ダメだよ……
茜がヘルメットのシールドを上げたのを見て、慌てて葵が止めに入る。
……ダメ。はい、これでも食べて、落ち着いて……
葵が、どこに入れていたのか、ミニシュークリームの袋を取り出して、ひとつを茜の口に突っ込む。
……もぐもぐ……ごくん
落ち着いた?
チッ……この次は見てろよ
茜、待って……
茜と葵はそう言うと、ステージを去って行った。
舞台袖でのすれ違い様、茜に睨まれる。
そこには怒りだけでない、複雑な感情が隠されているようにも見えた。
…………
私は何も言えないまま、去っていく二人の背中を見送る。
自分たちの持ち歌でないのにあれだけのパフォーマンスをみせた、Quantum EVE。
今回は勝てたものの、次はどうなるか。
読めない相手だ。
ドリームマッチ本選ではあの二人はどう出てくるのだろうか……。
いくつかの気がかりを残しながらも、あんなの初めてのエントリーライブは、無事に幕を下ろしたのだった。
空港の中は、いつ来ても忙しない雰囲気に包まれているように感じる。
多くの人で賑わう国際線の搭乗ゲートの前。
人波の邪魔にならないよう、脇に逸れた場所に、陸と光流が向かい合うようにして立っている。
私たちは今日、陸の見送りにやってきていた。
いってらっしゃい
ん。いってくる
笑顔の光流に対し、陸の方がやや名残惜しそうな顔をしているように見えるのは、気のせいだろうか。
ううう……陸くん、お元気で……
おおげさね。たかが一ヶ月海外へ行くだけだっていうのに……
ライブバトルにも、賭けにも勝った二人の出した結論は、意外なものだった。
陸は勉強のため、ハリウッドで映画の撮影をしている叔父の付き人として、一ヶ月だけ海外へ行く。
光流はその間、陸に頼るだけではない、自分だけのスタイルを確立できるようソロ活動を続ける。
そう、約束したのだという。
二人の間でどんな話し合いが行われたのか、私たちにはわからない。
けれど、きっとMySTARはこれからも飛躍しつづけていく。
そんな予感を抱かせるだけの何かが、あったようだった。
ドリームマッチの本選には戻ってくるしな
どんなシャッフルユニットになるか、楽しみだねー
そういえば、あんなは本選、誰と組むか考えてあるの?
それは今、プロデューサーに確認中で……
私の答えを遮るように、メッセージアプリの通知音が響いた。
まさかと思いながらも、スマートフォンの画面を確認する。
そこには、想像していた通りの名前が表示されていた。
プロデューサーから返事がきたみたいです……
え、このタイミングで?
さすがプロデューサーさん……
たまに、どっかで見てんじゃねえかって思うときあるよな……
怖いこと言わないでちょうだい。それで、プロデューサーはなんて?
詩乃さんに促され、私はメッセージアプリを起動させた。
な、なな……っ
虎子さん? どうしたんですか?
不思議そうに首を傾げているあんなに向かって、画面を掲げてみせる。
そこに映し出されているのは、『虎子ちゃんに任せた』という無責任極まりない一言と、『UFOのまちへようこそ』と書かれた看板の前に立ちピースをしているプロデューサーの写真だった。
ふえええええっ!?
プロデューサーから、あんなの件を丸投げされて早三日。
あの後、ドタバタとしたまま陸を見送ることとなってしまい、MySTARの二人には悪いことをしてしまった。
「プロデューサーらしいね」「姐さんも大変だな」と笑って許してくれた二人には、当分頭が上がりそうにない。
あんなは自分がスカウトしてきたアイドルなのだから出来る限り面倒を見るつもりではいたものの、ここまで全面的に任されることになるとは……。
とにもかくにも時間がないため、ドリームマッチ3の本選出場確定者で、あんなとユニットを組んでくれるアイドルがいないか、実行委員会に問い合わせ、確認してもらっている。
回答を得られるまでは動きようがないので、今日は以前から予定していたとおり、あんなと共にアイドルドリームマッチの会場へ視察にきていた。
ここは、都市近郊の大型遊園地。
アイドルドリームマッチ3は、人気動画サイトが毎年この場所で行っているイベントの一環として、開催されることとなっている。
広いわね。それに、平日でも人が多い……
休日のイベントともなれば、もっと客は増えることだろう。
想像していた以上に、認知度を上げるチャンスかもしれない。
なんとしても成功させなければと、私は気合を入れ直す。
すごいですねー。ジェットコースターだけでも、五種類ありますよ!
あのねえ……遊びに来たんじゃないのよ?
わ、わかってますよー……。あ、あの子たち、ドリームマッチのポスター見てますよ!
ばつが悪そうに目を泳がせたあんなが、話を逸らすように私の後方を指差した。
振り返ると、そこには園内行事を知らせる大きな掲示板があった。
その前で、三人の少女が話をしている。
ドリームマッチ3って、このあいだ、MySTARがエントリーライブやってたやつだよね?
あ、知ってる。海外でも活躍してるアイドルが出るって、Webの広告で見たわー
へえ、アイドルってまだこういうのやってるんだー。ポスターあったよって写真拡散しとこうかなあ
アイドリズム崩壊後、アイドルに対する世間の風当たりは強いものの、プロデューサーが仕掛けた宣伝活動のおかげで、ドリームマッチ3は話題になっているようだ。
しかし、あんな風に遊び回っているプロデューサーが、どうやってイベントの開催にこぎつけたのか。
そこだけは納得がいかない……。
虎子さん、虎子さん
考え込んでいた私は、あんなに袖を引かれ、我に返った。
どうしたの?
向こうの特設会場で、何かやってるみたいですよ。せっかくですし、見に行ってみませんか?
ふむ……そうね、特設会場というのがどんなものか見ておくのもよさそうだわ。いってみましょうか
わーい! 行きましょ行きましょ!
あんなは嬉しそうな声を上げると、私の手を引いて走り出した。
ちょっと、そんなに急がなくても会場は逃げないわよ……!
善は急げですよ~!
特設会場では、ロボットの展示会が行われていた。
現在のロボット技術は進歩していて、業務用から家庭用まで、様々なタイプが生産されている。
スペックも、一昔前のパソコンやスマートフォンのように、毎年飛躍的に高性能化され、できることの幅が広がっていた。
たとえば、元有名ダンサーや元有名アイドルの思考パターン、動きなどをプログラムされた機種が、新人アイドルのトレーナーとして使われているといったことも珍しくない。
すごいなー……。うちの事務所にもロボットとか導入しないんですか?
まだ立て直し中なのに、そんな余裕あるわけないでしょう。無駄遣いすると、里見先輩に叱られるわよ
そんな話をしながら、会場内を見てまわっていると、
あら? 虎子さんとあんなさんじゃありませんか
と、聞き覚えのある声に呼びかけられた。
足を止め、声の聞こえた方へ目を向ける。
宇宙開発ロボットのスペースと題打たれたコーナーの前に、柚希が立っていた。
柚希ちゃん? どうしてここに……
この宇宙開発ロボットは我が神楽財閥が出資しているので、責任者として展示の視察にきたのですわ
あなた、女優業もこなしながら、実業家としても仕事をしているの?
実業家というほどのことは、まだできていませんわ。優秀なスタッフばかりなので、私はこうして見にくるくらいしか仕事がありませんの
そう言って柚希はにっこりと微笑む。
まだ、ということは、いずれやるということだろうか。
この子ならできてしまいそうだとすんなり思えてしまうところが、すごくもあり、恐ろしくもある。
私はこの場を離れられませんが、よろしければ中を見ていってくださいな。虎子さんの好きそうなロボットも取り扱っておりますので……
促されるまま、私たちはそのスペースへと足を踏み入れる。
すると一番手前のケースの脇に、タブレットを抱えている非常に精巧な少女型のロボットが立っていた。
ようこそ、宇宙開発ロボットのスペースへ。私は案内を任されております、トキコⅢです。好みのタイプを音声入力していただければ、あなたに最適なロボットを演算で導き出すこともできます
え……!?
昨今のロボット技術の進化は目覚しいものだと知ってはいたけれど、ここまで高性能になっているなんて……まるで人間のようだわ……
いや、あの、トキコちゃんはそうじゃなくて……!
焦った様子のあんなに手を引かれ、前のめりになる。
あんなは内緒話でもするかのように口元に手を当てると、小声で囁いた。
自分のことをロボットだって信じてるアイドルなんです
え? ああ、なんだ……ロボットという設定のイロモノアイドルだったのね……
まるで人間のようなロボットではなく、まるでロボットのような人間、だったらしい。
設定などではありません。トキコは博士が作り出した、最高傑作のロボットです
虎子さん、そんなにはっきり言っちゃダメですよ。トキコちゃんは、本当に自分がロボットだって思ってるんですから……
それはそれで問題な気がするのだけれど……
こそこそと小声でやりとりしている私たちを見て、トキコは不思議そうに目を瞬かせた。
……データ照合完了……適合率99.8%……。ああ、やはり艦長でしたか。容姿が些か変わられていたので、照合に時間がかかってしまいました。ご無沙汰しております
え、あ、その呼び方は……!
呼び方……? 杏菜さんとお呼びした方がよろしかったでしょうか?
合ってるんだけどなんかちがう気がする!
トキコの呼びかけに対し、あんなは何故か頭を抱えて悶えている。
……? あなたたち、知り合いなの?
はい。以前、ユニットを組んでいました。妖精、ロボット、宇宙人がウリのミリオンラブというシャッフルユニットで、ドリームマッチで優勝したことも――
ストップーーーー!
私の質問に答えてくれようとしたトキコの言葉を遮るように、あんなは両手でその口を塞いでしまった。
トキコは構わず、もごもごと喋り続けているが、何を言っているのかまったくわからない。
ちょっと、あんな。なんで止めるの? 何か言われたらまずいことでもあるの?
そ、そういうわけじゃないんですけど~~~~っ!
~ つづく ~