二限目の数学が終わると、そのまま小動物のように沙希が俺の前にやって来た。
はい終わりー。次の授業は予習いらないからなー
起立、礼ー
二限目の数学が終わると、そのまま小動物のように沙希が俺の前にやって来た。
沙希は俺の机の前面に握るだけで折れてしまいそうな手をかけ、笑顔で見下ろす。
予習ないって。やったねかずくん
報告されなくとも流石に聞いてたよ。って意外だな。
沙希は真面目だから予習とか喜んでやってるのかと思ってた
それはただの変な人だよ、かずくん。
私は十分やって音を上げてテレビ見て、を繰り返してなんとか終わらせてるよ
え、嘘だろ……
わざと大げさにがっかりした顔をして見せる。
えっ、えっ?も、もしかしてかずくん、幻滅しちゃった?
……まぁ、そうだな。そうかもしれない
え、どうしよう。そんな……ご、ごめんねかずくん。
かずくんがそんな特殊性癖の女の子に憧れてたのなんて知らなかったよ
顔を歪ませ、今にも泣きだしそうになる沙希。
流石慣れてるだけあって本当に泣き出しそうに見える。
お約束にしても、これ以上はしつこいか。
嘘に決まってるだろ、ってかなんだよ予習ないから良かったねって
沙希に手を伸ばし、わしゃわしゃっと髪の毛を撫でる。すると
それ言ったら、予習を喜んでやるのが真面目ってどうなの
途端にその顔は満面の笑みへと変化した。
幼なじみのお決まりのコント。
それを締めるのはいつもこれだ。きっと、何の屈託もないであろう笑顔。
かずくん、転校生の鏡さんとはもう話してみた?
沙希は俺の後ろに目をやってから訊いた。
先の休み時間の転校生と他の女子とのやりとりは話題にしないつもりらしい。
もしかしたら沙希はあの事態に居合わせていなかったのかもしれない。
ちらと振り返ると、水夜は自身の席に座っていなかった。
トイレにでも行ったのか。逃げたのか。
んー、いや。準備室に行く時も、机を運んでる時も、特に大したことは話さなかったかな
何故だろう。
俺はそれがさも当然であるかのように、自然と嘘を吐き出していた。
『何故だろう』?わかってる。わかってるさ。
不思議な人だよね。神様がどうとかって
ああ、確かにな
水夜の話を沙希とするのは、何となく避けたかった。
だって不釣り合いだから。不都合だから。
そういえばさ、前から思ってたんだけど。沙希ってハムスターに似てるよな
ええっ?いきなり何言ってるのかずくん、
というか初めてそんなこと聞いたんだけど、そんなこと思ってたの?
うまく食いついてくれたようだ。何故ならきっと彼女もそんな逃げ道を求めていたから。
これでもずっと一緒にいたんだ。沙希が触れたがらない話題の種類もだいたいわかってる。
じゃあどうしてそんな種類の話を。これからいじめられるに違いない転校生の話なんて振ったんだろう?何か悟られてる?
うん、似てると思う
そ、それはえっと、例えばどういうところが?
いや、ちょこちょこした動作とか。小さくて可愛らしいとことか。小動物って感じだな
かっ、可愛らしい?
沙希が声を裏返らせて聞き返してくる。必要以上に食いついてきた。
あれ、演技じゃない?
気付けば。心なしか俺は詰め寄られている。
え、あぁ
気圧されて目を逸らすと沙希はむっとした顔をした。
もう、引っ込みつかなくなるんだったら最初から無理しなくていいのに。
かずくんの気持ちは嬉しいけど、私なんてゴキブリで十分だよ
そんなことを言いながらも照れているのか、むっとした顔のまま耳が赤く染まっている。
その謙遜の仕方はどうなんだ
照れ隠しにしても。
うるさいなぁ。
あ、それじゃあ、差し詰め。かずくんはナマケモノだね
おいこら
一瞬で意趣返しを済ませた沙希がくすくすと笑う。
つられたように、俺も笑う。
こんなくだらないやりとりが重要で、円滑な関係を生み出してしまう。
そんな日常は変わらずそこにあった。
大丈夫、いつも通り。