言葉もなく、けれど吐息に興奮の色をのせて、リンはその足を軽快に踏み出した。
ナニカに追われた際の疲労があるのか、さきほどの衝撃のせいか、歩みそのものはそれほど早くはない。
だが、リンの視線と姿勢は、そのかすかな光を求めているのがよくわかる。
私を――私の光を、自分の視線の先に掲げ、そのかすかな光を一刻も早く照らそうとしているからだ。
――!
言葉もなく、けれど吐息に興奮の色をのせて、リンはその足を軽快に踏み出した。
ナニカに追われた際の疲労があるのか、さきほどの衝撃のせいか、歩みそのものはそれほど早くはない。
だが、リンの視線と姿勢は、そのかすかな光を求めているのがよくわかる。
私を――私の光を、自分の視線の先に掲げ、そのかすかな光を一刻も早く照らそうとしているからだ。
その消え入りそうな光に近づいて、私達は見間違いでなかったことを確認する。
リンの目線よりやや上にある、かすかな光。
なにかにぶら下がっているように揺れる、その姿。
それは、実りながらも収穫を忘れられてしまった、寂しげな果実に似ているようにも想えた。
ゆっくり、リンは私の姿をさらに掲げる。
あちら側の光と、私の光が交わり――ゆっくり、その揺らぎが止まり。
どろりと、まるでハチミツをこぼすような粘性を感じさせながら。
ゆっくりと静かに、その光の塊は、私達の眼の前に降りてきたのだった。
……!
ごくり、とリンは喉を鳴らす。
眼の前の存在がどういったものか、何度も出会い、理解している。
それでも、リンにとってこの立ち会いは、緊張するものであるらしい。
自発的に発光しながら、まるで生物のようにうごめくその存在。
ゆっくりと動くその姿を眺めながら、私は自身の光量を調節する。緊張しているのは、リンだけではない。
なぜなら――眼の前の光の塊こそが、私達の、この世界の、明日をつなぐ存在に他ならないのだから。
……
ゆっくりと近づき、見下ろすような姿勢で、塊の動きを見守る。
小さく、だが確実に、不器用ながらもそれは闇の中で動いていた。
細長くなったその身を伸ばしながら、震わせ、輝いている。
なにかを求めるようなその姿に、リンは私の光をもっと近づけるようにする。
――私のなかに、なにかが差し込まれるような、不思議な挿入感が生まれる。
こうした光が生まれ、立ち会う時、いつも感じている感触だ。
まるで、相手からも手を差し伸べられているような……そんな、なにかとつながっている感情を起こされる。
……♪
私の光と交わったためか、眼の前の塊は新たな動きを見せ始める。
自発的に発光するだけなら、自分だけでも問題はないのだろう。
だが、これから成そうとすることをするには、その身の光だけでは力が足りないと言うことだろう。
次第に――ゆっくりと、塊はその身を四つの方向に伸ばし始める。
枝を伸ばすように、細く長い道を違う方向へと。左右対称になるように2:2で配置されたバランスは、どうやって配分しているのか。
次いで、一カ所だけ枝が伸びていない場所へ、塊の一部が大きく移動する。
ただ平たく形を成していなかった塊が、なにかに指示されたかのように、盛り上がりながら円形を作りあげていく。
大きな円形と、伸びた塊、そこから生えた対照的な四本の枝。
――もし、かつての世界の人が見たならば、わら人形のような姿だと想ったかもしれない。
わら人形の形は、塊の動きは、まだ止まらない。
ここからが、本番となる。
枝の先は凹凸が生まれ、先端がさらに細分化される。
塊の横側から生えた枝の先は、それぞれ五本の枝先にさらに分かれ、一本一本毎に異なるクセが刻まれていく。
そして形が定まる毎に、それらは細かな前後運動を繰り返す。
別の枝も同様に陰影を刻むが、横のものよりすっとした流れを描いている。
肉付きもずっと大きく、違う枝へと分化しているのがもう判断できるほどだ。
そして、中央の塊も丸みを帯びただけだったのが、起伏を生じ始めていた。
横の枝場が生えた周辺には、柔らかみを感じさせる二つの丘。
そして足先を連想させる枝場の周辺にも、その肉付きへと通じるような豊かな流れが形作られようとしていた。
……!
ここまでくれば、その塊がなんなのか、判別するのはたやすい。
人間。
今回、この塊が変化するのは……人間の、それも女性型に近い存在だろう。
――そう。
光の塊は、意志ある姿へ、戻ろうとしている。
私の光を受けることで、ナニカでも、果実でもない、知恵ある誰かの姿へと。