私とリン、ともに驚愕の声を上げるが、すでに遅い。
私とリン、ともに驚愕の声を上げるが、すでに遅い。
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動転したように叫ぶリンの声が痛々しく、だが、一瞬で遠くにとりのこされていく。
言うなれば、今の状態は――落下している、と言えばいいのだろうか。
『……!』
感覚を持たないゆえに、今の事態を冷静に見つめてしまう。風にあおられて髪と服をなびかせる、慌てふためくリンの姿を。
認識しながら、感じられない身体。静かな恐怖が、身体のなかを駆けめぐる。
――これは、かつて私にも、感覚があったという名残なのか。それとも、ただの想像の産物なのか。
* ; ; ; *
いつも以上に表情を変化させ、戸惑いと不安を見せるリン。私は一瞬だけ耽ってしまったことを反省し、リンへと呼びかける。
その胸中を想像して、心配になる。五感を持つであろう彼女は、この落下感覚に耐えられるのだろうか。
?!――!?
どこまでもどこまでも落ちていく感覚。
これが、感覚だけであるならば、問題はない。
だが、本当であるならば……!
――!
リンはなにかを想いついたのか、不安の顔を一転させる。
揺れる瞳の震えを止めて、ゆるんだ頬をしっかりと引き締める。
なにかを決断したかのようなその顔に、だが私へ相談をする間もないと想ったのか、無言のままリンは行動に移る。
足と頭を入れ替えるように、ぐるりと身体を一回転させながら。
リンは私の身体を、光を、自分の身体の下へと向けたのだ。
……!
『……!』
一瞬交わした、リンとの視線。その動きに合わせ、私も自信の役割を意識して動き出す。
私は先ほどナニカに囲まれた時と同じように、内に貯められた光の輝きをとりだして、闇の世界へと照射する。
眼をすぼめたリンの姿を確認した後、ぐるりと周囲へと視線を走らせると。
――まばゆい輝きの先に、それはあった。
私達を引き寄せる、奇妙なオブジェクトが。
『……!』
暗闇の中、溶けこむように大きく広がってる、黒い淀み。
光の照射によってようやくわかる、淡い輪郭は大きな楕円状のもの。
その歪んだ楕円の空間は、さらに深い暗闇が根ざしていて、私の光でもその先は見えない。
なにかに引きずられるような感覚は、その楕円の奥から生まれているようだった。
まるで、口のように広げられた、不気味な黒道。
リンと私を吸い込むべく、その黒い穴は、なんらかの力で私達を誘っている。
リンの身体が近づくにつれ、光がその穴へ切り込むように入っていく。
――黒い円の奥で、まるで虹彩のようなもう一つの穴が、こちらを見つめていた。
『……!?』
一瞬見えたその姿は、だが、急速にその穴が閉じられることで閉ざされてしまった
その不気味な穴も、私の光に、感覚が狂ったのか。
とりあえずナニカと同じように、私の光の効果はあるのだと感じられた――その時だった。
! ? ? !
リンが驚きの声を上げて、手足をばたつかせる。
感覚のない私には、なにが起こったのか予測するしかないが――おそらく、逆転したのだろう。
リンの身体は、先ほどの穴とは逆の方向へと強い力で飛ばされたようだった。
そう気づけたのは、リンの髪やベールが、一瞬で反対方向へと大きく動きを見せたからだ。
よって……私の中で、不安が一気に大きくなる。
引き込まれないですんだということは、あの穴から見捨てられたということを意味するからだ。
? ? ?
そしてこの暗闇の中、都合よく存在しないことを、私は知っている。リンもそうだ。
手や足をすくってくれる引っかかりも、身体を抱きしめてくれるような柔らかい設備も、彼女を受け止めてくれるような力強い肉体も。
この暗闇には、存在しない。
都合よく、現れることはない。
――私には、か細い光を灯すこと以外、できることがない。
それを、私達は、よく知っていた。
知っていたからこそ……私は、この感覚を感じない、冷静な身体が、憎くなる。
祈ることしかできない私は、リンの姿を見つめるだけ。
リンの身体は、もう下へ引かれることはなく、違う方向へ弾き飛ばされるままに従い。
そして――。
『……!』
……!?
どしん、という音がした。
それとも、私の不安が感じさせた、錯覚の響きなのか。
……???
『……!』
苦しそうな声を出すリンへ、声をかける。
意識はあるようだが、外見だけでは本当のところはわからない。
痛みを訴えながらも立ち上がったリンは、大丈夫ですよ、と声を返してくれる。
顔はやや無理をしているようにも見えたが、想ったよりもすんなりと立ち上がってくれたことに安堵する。
逆に、リンは私を心配する言葉をかけてくれた。痛くなかったですか? と、まるで自分の身体に起こったことを忘れたかのように。
その姿に私は、『自分をいたわりたまえ』と強めの口調で言った。
……???
だが逆に、いたわるという言葉の意味を聞かれる。……いたわることができていないのは、私の方だったらしい。
教えられる知識はその都度に教えているが、やはり、人間らしい知識は膨大で難儀なものだと想うことも多い。
だが、何事にも感心したように頷(うなず)きながら吸収する彼女の姿に、私は嬉しさを感じることが多い。
身体のことは気になったが、興味深そうに聞いてくる彼女の様子に、今回もその欲求を抑える気にはなれなかった。
いたわる、という言葉の意味を言い換え、教える。
すると彼女もまた、私の身を案じるようにと、答え返してきたのだった。
『……』
そうした反応は嬉しくも、どこかくすぐったく感じられもする。もう、この光を発するだけの存在に、くすぐったいなどという感じが存在するのも奇妙な話なのだが。
二人で互いの身体を心配しあって、問題がないと頷(うなず)いて、また歩き出す。
無言で歩くリンに揺られながら、私は、先ほどのことを想い出していた。
――先ほどの黒い穴は、いったいなんだったのだろうか。
ナニカの一種にも想えるが、今まで見たことのない存在にも想える。
幸いだったのは、ナニカと同じように、私の光が通用したことだ。
だが……もし通用しない存在が、眼の前に現れたら、と考えてしまう。
『……』
ありえない、ということはない。むしろ、ありえないと想像することが、あってはならない。
この暗闇にとって、私とリンの存在などちっぽけなものだ。
むしろ、今、存在を続けていられることが幻なのかもしれないと想える。
『リン……』
想わず声をかけ、リンも反応する。
笑顔を浮かべながらこちらを向く姿に、私の胸は詰まり、なんでもないと答えてしまう。
――もし、私の光が通用しないのならば……と仮定することは、不安を招くだけだ。今はまだ、その話をする時ではないように想えた。
再び無言になった私達は、リンの歩幅に合わせ、闇が続くだけの世界を歩き続けた。
そうして、しばらくしてからのことだった。
……?
私の光ではない、かすかな、ほんのかすかな光が、視線の先に見えたのは。