月日が経つのは早いもので、季節はもう秋だ。


 校門を出て真っ直ぐに伸びた通学路は、左右に並ぶ街路樹が払い落とした無数の木の葉でオレンジ色に染まっている。


 そんな道を一人で歩いていると寂しさが倍増し、人恋しくなる。


 さらに追い討ちをかけるのが学園祭だ。


 僕は学園祭が大嫌いだ。


 転校前、学園祭でもほとんどの時間を一人で過ごした。


 皆がそれぞれの仲間内で楽しそうに笑い合っていればいるほど、僕は惨めな思いをした。


 この学校ではどうだろう。


 楽しめるものならそうしたいが、期待は一切していなかった。



 僕のクラスはパンケーキの模擬店をやることになっていた。



 学園祭の準備を進めるクラスメイトたちの側で空気のように存在感を消し、サボリと思われない程度に手伝いをして、バイトを理由にその場を逃げ出した。








 嫌だ嫌だと思いながら日々を送っていると、早くも学園祭がやってきた。



 その日はいつもより遅めに家を出た。


 玄関先で大きくため息をつき、重い足を無理やり前へ動かす。




 学校へ着くと、既に沢山の生徒が騒がしく右往左往していた。


 皆楽しそうで何よりだ。



 僕のクラスの模擬店は、前半、中半、後半でそれぞれ担当が別れ、自分の担当以外の時間帯は自由時間となっていた。


 僕は前半の担当だ。


 模擬店に裏から入り、立ち尽くしたまま様子を見ているとクラスの女子にボウルを手渡された。


 中には卵が数個入っている。



仕込みよろしく

 その女子はそれだけ言うと、女子の密集する場所へ戻っていった。


 まあ、言われたことを黙々とやっていたほうが気は楽だ。


 そう思いつつ改めて周りを見渡すと、はしゃぐ女子グループとは裏腹に、この場の男子は揃いも揃って眠そうだ。



 実のところ、男子のほとんどはパンケーキに対する思い入れなどないのだろう。


 仕込みも終えて小一時間ほど突っ立ってると、アキオ君とホアチャー君が模擬店の中に入ってきた。


 二人とも本当に楽しそうだ。

アキオ

おう、わたりん。
元気?
店、どんな感じ?

渡利昌也

特に何も

 色々と面倒臭い気持ちになっていた今の僕には、これ以上の返事が出てこなかった。

アキオ

B組でおかまバーやってんだよ。
ちょっと見てくるわ

ホアチャー

じゃあな

 アキオ君とホアチャー君は五分も経たないうちに模擬店を飛び出していった。




 お昼に差し掛かった頃、数名の女子が模擬店に戻ってきて接客中の女子と入れ替わった。

ねえ、男子。
中盤組の野郎どもを読んできてよ

 リーダー格の女子が僕らを指差して言った。


 この場の男子がその言葉を合図にのっそのっそと模擬店を出て行った。


 便乗して僕も模擬店を後にした。



 中盤組って誰だろう。


 とりあえずクラスの男子に出会ったら適当に声をかければいいか。


 そんなことを考えながらあてもなく歩いた。

加藤むつみ

渡利君

 声をかけられ振り向くと、加藤君が笑顔で手を上げた。


 その隣には倖田さんがいる。

加藤むつみ

一人?

渡利昌也

うん。
やっと自由時間が来てさ。
これから友達と合流しようかなって

 僕はどうしようもないほど情けない見栄を張った。

倖田真子

むつみ。
私、あっちでお好み焼き買ってくるから

加藤むつみ

うん。
僕の分も宜しく

 倖田さんが模擬店の並ぶ方向へと遠ざかっていった。


 驚いたのは倖田さんが加藤君を名前で呼んだことだ。



 加藤君と倖田さんは、もはやそういう関係になっているらしい。

渡利昌也

加藤君、倖田さんと付き合ってるんだ

加藤むつみ

まあね

 僕と加藤君は話しながら、丁度良い高さの石段に腰掛けた。

加藤むつみ

君はどうなの?
山根さんとはその後、何かあった?

渡利昌也

何もないよ。
ていうか山根さんとはそんな関係じゃないし

加藤むつみ

ほんとに?

 加藤君は屈託のない笑顔で僕を見た。



 僕は前を向いたまましばらく口を閉ざした。



 だが、自分の言葉にモヤモヤしたものが残った。


 閉ざしていた口が、自然と開く。

渡利昌也

本当はね。
僕は山根さんのことが好きみたいだよ

 山根さんへの想いを打ち明けたことで、心の中につっかえた何かが取れたような気がした。

渡利昌也

でも、多分恋に恋してるだけだと思うんだよね。
今までだってコロコロ好きな人が変わったし。
加藤君みたいに一人をずっと想い続けられる自信ないなぁ

加藤むつみ

うーん。
告白するのが怖いだけじゃないのか?

 加藤君にそう言われてギクリとした。


 そんな僕の心中などお構いなしに、加藤君は続けた。

加藤むつみ

僕はね。
真子にただの友達程度でしか見られないことが嫌だった。
だから、嫌われるリスクを犯してでも行動したよ

 加藤君の言う真子とは倖田さんのことだ。

渡利昌也

どういうこと?

加藤むつみ

ホワイトデーの件を利用したんだ。
僕が仕組んだってバレるように手回しした。
どうでもいい存在よりは嫌われた方がマシだからね。
彼女のことが好きだからこその行動だって伝われば、ひっくり返すことも可能だと思ったんだ

渡利昌也

あ、あのさ。
倖田さんが僕に問いただしてきたんだけど。
それも加藤君の計らいじゃないよね

 加藤君は僕の顔を見て舌をペロッと出した。

加藤むつみ

君なら僕の気持ちをちゃんと彼女に伝えてくれると思ったよ。
こういうのは第三者から伝えてもらう方がはるかに印象がいいからね

 加藤君。


 君はなんて一直線な人なんだ。


 僕には到底真似できない。

加藤むつみ

渡利君の場合は、僕と違って今の関係を崩したくないと思ってるんじゃないかな。
推測だけど

 色々な言い訳を繕って誤魔化してきた本心を、加藤君に見透かされたと思った。

加藤むつみ

別に渡利君を否定するつもりはないんだ。
ただ、あえて断言させてもらうよ。
今のままの関係は卒業と同時に終わる。
山根さんと会うこともないだろうね

 楽しそうに右へ左へ通り過ぎる生徒たちを目で追いながら、僕は黙って加藤くんの話を聞いた。

倖田真子

むつみ、買ってきたぞ。
冷める前に食べよう

 倖田さんが戻ってきて、少し離れたところから加藤君に声をかけた。

加藤むつみ

じゃあ、もう行くよ。
色々余計なこと言ってごめんね

渡利昌也

いや

 僕はその一言だけ発して軽く手を振った。



 小走りで倖田さんのもとへと駆けていく加藤君が、急激に羨ましくなった。




 僕はゆっくりと立ち上がり、持て余した自由時間が潰せる場所を考えた。

pagetop