山根さんがバイト先のファミレスに現れてから更に一週間後の日曜日。


 その日はアキオ君と同じく夜シフトだった。


 アキオくんと二人、更衣室で着替えていた時のことだ。

アキオ

昨日のお昼によぉ。
わたりんの彼女が来たぜ

 アキオ君が蝶ネクタイを整えながらニヤけた。

渡利昌也

え?
えっと……彼女って誰?

 僕に彼女はいないので当然の質問をしたつもりだ。



 だが、大体その人物の察しはついていた。


 もしかして山根さんが、また男友達に混ざってやってきたのかと思った。



 驚きと切なさが押し寄せてくる。

アキオ

わかってるくせにぃ。
やだなぁもう。
山根だよ山根。
一人で来てたんだぜ

渡利昌也

え?

 僕は再び驚いた。



 何故山根さんが一人でこのファミレスへ来るのか。



 単純に腹ごしらえに選んだのがこの店だったのだろうか。

アキオ

声かけたんだがな。
無反応っつうか何言ってるか聞こえねぇっつうか。
お前ほんとにあの女でいいんか?

渡利昌也

いや、別に付き合ってるわけじゃないってば。
最近は全然会ってないし

 もしかして山根さんは僕に会いに来たんじゃないかと思った。



 僕は平静を装ったが、胸がドキドキしていた。



 このドキドキはきっと例のドキドキだ。


 山根さんのことが好きだというドキドキだ。



 ふと思った。



 僕は一体いつから、どんな理由で山根さんのことが好きになったのだろう。


 そしていつ好きな人が入れ替わるのだろう。









 山根さんが僕のバイト先を一人で訪ねてきたことが気になった僕は、非番の土曜日に客としてバイト先を訪れた。



 山根さんに用があるなら学校で話しかければよいのだが、こちらから話しかけるのは気まずいし恥ずかしい。




 近くを寄ったからバイト先を訪れたら山根さんに会っちゃった。


 そんな偶然が欲しかったのだ。




 店に入ると、バイトの先輩にあたる女性が出迎えた。

あら、渡利君。
今日はお休みじゃなかったっけ

渡利昌也

ええまあ。
近くを通ったのでお昼食べてこうかなって

へえ、そうなの。
これはまた偶然だね。
実は丁度、渡利君に話があるって言う女性が来てるのよ。
やるじゃん、あんた

渡利昌也

え?
ほ、本当ですか?

 その偶然を狙ってやってきたとはいえ、本当にうまくいくとは思っていなかった。



 途端に激しくなる鼓動が少しうっとおしく感じる。



 おとなしくしてくれ、僕の心臓よ。


 先輩の案内についていくと、窓際の席に通された。


 そこには見覚えのある女子が座っていた。

倖田真子

あれ、渡利?
今日は休みって聞いてたけど

渡利昌也

なんだ。
倖田さんか

 彼女の顔を見るなり極度の緊張から解放された僕は、ついがっかりした表情を出してしまった。

倖田真子

なんだとはなんだ。
失礼なやつ

渡利昌也

ご、ごめん。
そんなつもりはないんだよ。
と、ところで僕に用があるって聞いたんだけど

 倖田さんは無言で向かい側の席を指差した。



 座れってことだな。

倖田真子

聞きたいことがあるんだけど

渡利昌也

な、なんでしょう

 倖田さんは肘を立てて手を組み、真っ直ぐ僕の目を見た。



 さっきまでとは別のドキドキが僕を襲い、汗がにじみ出てくる。


 僕は、気づかぬうちに何かやらかしてしまったのかと不安になった。

倖田真子

順を追って説明するとね。
加藤に告白された

渡利昌也

そ、そうなんだ。
へえ

倖田真子

その反応を見ると、加藤が私に気があることは知ってたみたいだな

 倖田さんは不敵な笑みを浮かべた。

倖田真子

じゃあ、私が飯塚のことを好きだってことは知ってる?

渡利昌也

え?
え?
いや、その

 倖田さん自らがカミングアウトしてきたことに驚いた。


 倖田さんはそれを話した上で、僕になにを聞きたいのだろう。


 話の先が見えず、僕の不安は大きくなっていく。

倖田真子

加藤は嫌いじゃない。
試しに付き合ってみるのも悪くないと思ってる。
だけど、飯塚のことを引きずったままっていうのは嫌だから、告白しようと思ってさ

 倖田さんはここまで話すと、呼吸を整えるように大きくため息を付いた。

倖田真子

十中八九振られると思うんだ。
飯塚は絵のことしか頭にないからね。
それでも期待しているんだよ、情けないことに。
なんでかわかる?

 倖田さんは、僕に考える時間を与えるかのように間をとった。



 倖田さんの問いに対し、僕は心当たりがある。

倖田真子

知ってたらでいい。
ホワイトデーで男子からもらったお返し、覚えてる?
あれを買ってきたのは飯塚なんでしょ。
じゃあ、お返しの品は飯塚が決めたものなの?

 倖田さんは未だに飯塚さんから受け取ったキャンデーに淡い期待を抱いていたのだ。


 それなのに飯塚さんは倖田さんに興味を示さない。


 倖田さんからすれば疑念が湧き上がって当然だろう。

 そう言うしかなかった。



 真実を語れば加藤君が悪者になってしまう。

渡利昌也

僕にはわからないよ

倖田真子

お返しの品がどうかしたのかって聞かないの?
ははは。
いいよ、大体見当ついてるから。
加藤だろ飯塚に指示したの。
今になって思い返すと、いくつか心当たりがあるし。
なんのつもりだか、あいつは

渡利昌也

か、加藤君はずっと倖田さんのことが好きだったみたいだよ。
だから、いつまでも片思いの倖田さんを見てられなかったんだと思う

倖田真子

それってどういうこと?
勘違いした私が先走って告白した挙句、振られることを期待したってこと?
あんまりよ!
人の心を弄んでさ

 倖田さんは唇を噛んだ。



 泣きそうになるのを堪えているのだろうか。

倖田真子

ごめん。
感情的になって。
もういいや。
あんたと話してて大体理解した。
変に期待して告白するってやっぱ嫌じゃん。
だから事前に確認しておきたかっただけ

 倖田さんはゆっくり立ち上がった。



 そのすぐ後、倖田さんは窓の外を見て首を傾げた。


 なんだろうと思い、僕は窓の外を見て驚いた。



 二人の子供が外から窓に張り付いて、僕らを見ていたのだ。


 合宿所や文房具店や図書館で見た男の子と女の子だ。




 二人は相変わらず、入学式を思わす小奇麗な格好をしている。


 男の子は僕を、女の子は倖田さんを睨みつけていた。



 倖田さんは、頬を膨らませて怒り顔を続ける女の子に優しく微笑んで手を振った。


 そしてそのまま立ち去っていった。




 入れ替わりに先程まで窓にへばりついていた二人の子供が店内へ入ってきた。



 二人は先程まで倖田さんが座っていた席に勢いよく座る。


 二人して頬杖をつき、僕を睨んだ。

???

見損なったぞ

???

あの女の人、誰?

 まるで浮気現場を目撃したかのような言い草。



 なぜこの子達の取り調べを受けねばならんのか。

???

浮気は男の甲斐性ですかぁ

???

眼鏡のお姉さんはどうしたんですかぁ

 二人は口を尖らせて言った。

渡利昌也

あのね、さっきの人はただの友達。
ていうか僕は山根さんとは何の関係もないんだよ

???

さいてー

???

さいてー

 そのような言葉を二人でハモるのはやめてくれ。



 らちが明かないので、二人にチョコパフェでもおごってご機嫌を取ることにした。



 さっきまでふくれっ面で僕を避難していた二人も、チョコパフェが目の前に置かれるとキャッキャと喜んで口の周りにヒゲを作った。




 親になるなんてはるか未来のことだし、想像もつかないことだ。


 だが無邪気に喜ぶ二人を見ていると、休日に子供を連れたパパになったような気がして心が和んだ。



 とても不思議な感覚だ。

???

こんなんで許されると思うなよ

???

お姉さんを悲しませたら許さないんだから

 チョコパフェを食べ終わった途端、二人は再び僕を睨んだ。

渡利昌也

とりあえずお口を拭きなさい

 僕はテーブルの上のナプキンを二枚取り、二人に渡した。

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