俺達は、別の場所にとばされた。
明るい部屋の窓際に、ロジャーとアイリーがたたずんでいた。

くそ! 魔王はまだか! 明日で三日だ……どうすれば、民衆を止められる?!

ロジャー様……!

アイリー、教えてくれ、アイリー!

ロジャーはアイリーの肩を抱くと、その場でああ、とうなだれた。

何が王だ、何が……! 
和平まで、あと少しだったのに……なぜ!

ロジャー様……

どうすれば……アイリー……私は無力だ

私もです、ロジャー様……

……そうだな。せめて、魔王が現れてくれれば……

ノックの音に、ロジャーははっと顔をあげた。

アイリーから手を離し、何だ、と扉に向かって叫ぶ。

私だ、魔王だ。

入ってもいいか、薬を持ってきた

魔王……!

ロジャーが扉を開けると、やつれた魔王が静かに笑った。

これだ

魔王は、黒い小瓶をロジャーに掲げてみせた。

おお、とロジャーが息を飲む。

魔王よ……よくぞ、よくぞ!

条件だ。サンザシに会わせてくれ

ロジャーの笑顔が、凍りついた。

後ろにいたアイリーも、ああ、と声を漏らす。

……どうした? 交換の条件だ

……わかった。ついてこい

場面が変わる。
白くて広い部屋に、魔王がたたずんでいた。



魔王は、ただ、白い部屋の真ん中にいるサンザシを見つめている。

サンザシは、大きなベッドの真ん中に横になっていた。その隣には、青い宝石と、ジャスミン、オルキデアがいる。


青い宝石が魔王に歩みより、静かに頭を垂れた。

魔王殿……サンザシは、もうあと数時間で消える身です

……そんな

魔王は、足を引きずりながら、サンザシが横になっているベッドに歩み寄った。


寝息をたてているサンザシの横に膝をつくと、長い指でそっとサンザシの頬に触れた。


サンザシは、ぴくりとも動かない。

知らなかった

かすれた声で、魔王は言った。

生きているうちに、あなたにお会いしたいと……

オルキデアが、静かに目を伏せた。

サンザシ……

魔王の呼び掛けに応じるように、サンザシのからだが少しだけ揺れた。はっ、と全員が息を飲む。

サンザシ、聞こえるか……?

そのときだった。サンザシがゆっくりと目を開けた。

……魔王、様

サンザシ……どうして何も言ってくれなかった

言ったら、約束を、破ることに、なって、しまいます

ふ、とサンザシが小さく微笑んだ。

約束?

ええ……寂しさを、教えて、さしあげます、と

そんな……サンザシ

あなたは、結局、薬を作ってきたのですね。

優しい、優しい、方……私だけでなく、皆も知ることに、なるでしょう。

素敵な……ことです

サンザシ、待ってくれ、やめてくれ、サンザシ

 サンザシが、ゆっくりと魔王へ顔を傾けて、ふ、と笑う。

最後に、また、お会いできて、よかった

サンザシ……いかないでくれ

大丈夫です、魔王様……あなたは、もう、ひとりでは、ありません

サンザシ、君がいないと、俺は

大丈夫です。寂しい、でしょう?

 サンザシが、にこりと、笑った。

寂しいというのは、ずっと、覚えている、という、ことです。

どうか、その寂しさを、忘れないで

 サンザシの目を、涙が伝う。

私は、あなたに、愛を教わりました……こんなに、幸せなことは、ありませんでした。


勇気をだして、ほんとうによかった……ありがとう














 サンザシは、笑ったままだった。







 サンザシ。
 サンザシ。
 サンザシ。


 いくら魔王が呼んでも、サンザシはもう、それに答えることはなかった。












 魔王の絶叫が、部屋に響き渡った。









7 記憶の奥底 君への最愛(20)

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