ニンニン!
というわけで私は無事にあのお客さん、榎本氏のアフターに成功した。
道中で察したのは想像通り、
彼は警戒心に甘く、
赤信号もちゃんと止まり、
観光外国人に道を尋ねられたら
拙い英語で懇親丁寧にレクチャーするような
心優しい中年であったことだ。
ただ大いに謝らなければいけないことがある。
彼の言っていた事は本当で、私が行くことになったのは吉原通りではなく、江戸通りの入り組んだ場末にある皮革製品の専門店であった。
いらっしゃいませ。
お邪魔しまーす。どぅも、元気してる?
あら、榎本くんじゃない?なんだあ、来るなら連絡くれればよかったのに。
いやあ、ちょっと仕事でそこまで立ち寄ったからさ。そういえば今日、オープンだったなって思い出して。はい、これ開店祝い。
まあ嬉しいありがとう!
まだお店やってる?いろいろ中見てもいいかな?
もちろんよ。気の済むまでどうぞ。
仕事の偶然を装ってるくせに高価な花束と、閉店間際の他のお客さんがいないであろう時間帯を見計らって来た彼の用意周到だか天然だか判りかねる所作に私はグッときてしまった。
へえ、これぜんぶ牛革で出来た商品なんだ?
そうなの!牛革って聞くと野暮ったい茶色をイメージする人が多いけれど、こんな風なカラフルな加工もできるの。
うんうん、想像以上にオシャレでびっくりしたよ。もっと男用のスーツケースとかシックな小物入れを想像してた。
でしょう?
そこのピンクのハンドバッグとか、軽いしかわいいけど、すごく長持ちするし150キロの物を入れても破けないのよ。
へえ、見た目と裏腹にちゃっかりしてるんだな。どっかの誰かさんみたいに。
あら?どこの誰の事かしら?
うむうむ、まさにポールサイモンの歌詞の世界そのもの!
注意!マスターは店内の二人の様子を外の電柱裏から覗いているので、肝心の会話内容はわかっていません。
そんな彼の足りないところを今後僕がナレーションで〈アフター〉ケアしていきますので、そこんとこよろしこ!
むむ!誰かがどこかで何か上手い事を言った気がする…そして何となくバカにされているような。
じゃあ、このバッグとそのポーチ下さい。
え、いいの?
いいの?ってお前…俺は今日お客さんで来たんだぞ?
そっか。ありがとね!じゃなかった、ありがとうございますお客様。
じゃあこれは彼女への贈り物?
あ、ああ。まあな。
年下?年上?
この歳で上はないだろう?会社の子だよ。普通のOL。
ふーん、そうなんだ。おめでとう。
そういうキョウコの方はこそどうなんだよ?
私も普通のサラリーマンと付き合ってるよ。
じゃあお互い安心だね。
ねえ、これから一緒に飲みにいかない?
いろいろ話そうよ。
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