朝十時頃。


 ポカポカと気持ちいい陽の光を浴びながら、私は商店街へと足を運んだ。


 買いたいものを指折り数えながら、薬局、百円均一ショップ、食品館と梯子していく。



 ここ最近の休日といえば、職場の同僚や友達との付き合いで酒が残り、朝早くから起きることはなかなかない。


 だが、今日は久しぶりに早起きしてて気分がいい。


 洗剤やキッチンペーパー、昼食の材料が入ったレジ袋を両手で持ちながら、ついつい鼻歌を歌ってしまう。


美由

今日は頑張らなきゃ



 思わず独り言を口ずさみつつ、私は冬弥のことを思い出した。



 もうあれから五年も経つ。


 冬弥がいなくなったら、きっと私は立ち直れないと思っていた。


 でも、あの地震が起きた日、失った意識の中で冬弥から生きる力をもらったような気がした。



 私はあの日から小説を書き始め、今も仕事の傍ら書き続けている。


 冬弥の夢を引き継ぎたいという思いがきっかけだったけど、小説を書く魅力にのめり込んでいき、今では私自身の夢になっていた。


 小説を書き続けること五年。



 数ヶ月前に投稿した小説が、賞を逃しはしたものの、遂に編集者の目に止まったようで、私の携帯に連絡が入ったのだ。



 昨日は仕事を終えた後、出版社で担当編集者と今後について打ち合わせを行った。


 私の小説が出版されるかは今後の自分次第だけど、兎にも角にもチャンスを手に入れたのだ。



 家に戻るとレジ袋を食卓の上に置き、閉めたままのカーテンを勢いよく左右へスライドさせた。



 窓の外から真っ白な光が差した後、色彩が一気に広がり、水色の空が私の目に飛び込んだ。



 ちゃぶ台の上に置いてあるパソコンの電源を付けてから台所へと向かう。


 そして冷蔵庫から円柱型のタッパーを取り出し、冷えた紅茶をコップに注いだ。


 小説を気持ちよく書く準備が整ったところで、私はキーボードに両手を添えた。



 さて、どのようなお話を書こうか。


 物語の中へ意識を飛び込ませるために、私は目を閉じた。



 そういえば冬弥も時々、パソコンの前でこうやって目を閉じていたっけ。



 私は冬弥と過ごした、大好きだった休日を思い出した。



 冬弥が目を閉じている間に、私はそっと温かい紅茶をちゃぶ台の端に置く。


 冬弥の側から音を立てずに後ずさりし、彼の過去作品を手に取ると、壁にもたれてまったりする準備が完了する。


 時々、紅茶を口につけながら小一時間ほど小説を読んだあたりで、軽く伸びをすると、冬弥がこちらを見ていることに気付く。


 お互いの目が合い、冬弥が優しく微笑んだ。



 本当はちゃんとわかっていたはずだったんだ。


 それなのに私に向けられた冬弥の笑顔を、なぜ疑ってしまったのだろう。



 最後に見せた母の顔も、冬弥と同じ優しさに満ちていた。



 冬弥は私を愛してくれていた。


 もしかすると母も、最後にはそうだったのかもしれない。


 私は目を開けて窓の外を見た。


 空は相変わらず綺麗な水色が広がっている。


 この空に向かって何かを言えば冬弥に届くような気がして、私は独り言をつぶやいてみる。

「ねえ冬弥。
私、精一杯生きてるよ」

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