立ち上がり、私は陸に向かって勢いよく宣言した。
エントリーライブで正々堂々勝負よ! そこでもし私とあんなが勝ったら、MySTARはキャスターも俳優も辞めて、イチから出直しなさい!
立ち上がり、私は陸に向かって勢いよく宣言した。
……ふっ。いいだろう。確かに俺たちが負けるようなら、出直す必要がある。もちろん、負ける気はないけどな
ちょっと、落ち着きなさいよ。だいたい、それってちゃんと勝負になるの?
え?
相手は、アイドリズム崩壊後も地道に人気を維持しつづけてきたMySTARなのよ? 対して、その子はろくに知名度もない、駆け出しのアイドル。下手したら、ちゃんとしたステージの経験さえないんじゃないの?
ちらりと、詩乃さんは横目であんなを見やる。
あんなはその視線を受けて、不思議そうに目を瞬かせた。
あはは、そうですねえ。えーっと……確かに竜胆あんなとしては、動物園とか、水族館とかでしかライブできてないですねー。動物の餌やりをしながら歌ったり、ペンギンショーで踊ったり……
少し首を傾げ、思い出すようにしながら答えていく。
餌やり? ペンギンショー? それって、本当にステージなの?
詩乃さんはそう言って、大きくため息を吐いた。
どうやら、呆れさせてしまったらしい。
でも、ペンギン、可愛かったですよ?
そういう問題じゃないでしょ!
へらりと締まりなく笑うあんなに、詩乃さんは声を荒げる。
私は、とっさにあんなを庇うように抱き締めた。
わ、私がマネージャーについてからは、そんなことはさせていません。大切にしていますから
そんな私たちを見て、詩乃さんは再び大きくため息を吐く。
気持ちを切り替えるように足を組み直し、
でも、ステージの経験がないのは事実でしょう? そんな子じゃ、勝負する前から結果は見えているようなものだわ
と、言い放った。
それは……
詩乃さんが言うことは、もっともだ。
言葉の出てこない私に代わって、口を開いたのは陸だった。
詩乃とあんなが組めばいい
へ?
何言ってるの?
詩乃さんの鋭い眼差しに、陸はにやりと笑い返してみせる。
それなら詩乃が気にしてる部分はクリアできるだろ? 2対2なら頭数もそろうし。な、光流?
え……僕は……
話を振られた光流は、戸惑いを露わにした。
勝負をうけること自体に、賛成しかねているように見える。
大丈夫だって。俺たちMySTARなら。そうだろ?
一体、どこからそんな自信が湧いてくるのか。
迷いなく言い放った陸に、光流は驚いたように目を見開いた。
その言葉には、私たちにはわからない効力があったようで、みるみるうちに光流の表情が綻んでいく。
そうだね。うん! 大丈夫だよね、僕たちなら!
よし、決まりな
光流の返事に、陸は満足げに頷いた。
勝手に話を進めないでよ。なんで私がこの子と組まなきゃいけないわけ?
不公平な勝負だと思われたくないだけだ。それにお前だってドリームマッチ出るんだろ? ちょうどいいんじゃないか?
あのねえ……! 私は、海外に行ってイチから経験を積み直し、実力を磨いてきたの。日本でくすぶってたあなたたちとは違うのよ
くすぶっていたわけじゃない。俺たちは、過去を捨てることなく、今日まで繋いできたんだ。リセットしたヤツには負ける気はしないな
~~~~~~~っ!!
詩乃さんの顔が、怒りからか真っ赤に染まる。
どうやら陸の言葉の中に、逆鱗に触れるものがあったらしい。
テーブルに強く両手を突いて立ち上がった詩乃さんは、隣に座る陸を鋭い眼差しで射通した。
いいわ! そこまで言うなら、私とあんなで、あなたたちを叩きのめしてあげる!
え? えええええっ!?
かくして、勝負の幕は切って落とされたのだった。
レッスン場には、ピアノの伴奏と歌声が響いていた。
詩乃さんがピアノを利用しながら、あんなに歌の指導をしているのだ。
ブレスの位置がおかしいわ。ちゃんと楽譜見なさい。あと、スタッカートにアクセント置きすぎよ。もっと自然に
は、はい!
じゃあ、もう一度小節の頭から
ノートパソコンを持ち込んで仕事をしながら、私は二人の様子を見守っていた。
MySTARとの勝負が決まったのが、二日前のこと。
昨日、あんなの歌を聴いた詩乃さんは、思っていたよりも素養はあるけれど、いろいろ足りていないと、自らコーチを買って出てくれた。
あんなは苦戦しながらも、その指導になんとかついていっている。
ストップ。なんか妙な癖がついてるのよね……
癖、ですか……?
歌いづらいところで、無意識に声を作りすぎてるの。イロモノアイドルの曲じゃないんだから、もっと自然に歌えるようにしていかないと
あ、あは、あはははー
笑ってないで、直す努力をするのよ! そんな状態で勝てるほど、ライブバトルはあまくないわ! ましてや相手はあのMySTARなのよ!
うっ、ごめんなさい
しゅんと肩を落として謝るあんなに、詩乃さんはハッとして口を噤んだ。
こっちこそごめんなさい。MySTARと勝負することになったのは、あなたのせいじゃないのに……。でも、今更あとには引けないし……。ううっ、なんであのとき、まんまと陸の言葉に乗せられちゃったのかしら。あいつ昔から口がうまいのよね……憎たらしい
詩乃さんは二日前のことを思い出したようで、頭を抱えて蹲ってしまった。
あ、あわわ……!
何か声をかけようとして、けれどなんと言ったらいいのかわからないのか。
あんなは両手を上下に振りながら、詩乃さんの周囲をぐるぐるまわっている。
結局答えは見つからなかったようで、助けを求めるような眼差しがこちらに向けられた。
見かねた私は、パソコンをスリープモードに切り替えて、二人へと歩み寄る。
詩乃さん、そんなに落ち込まないでください。そもそもは私が言い出したことですし、トップアイドルを目指す上で、いずれは対戦しなければ相手なのですから。こうしてチャンスを得ることができて、結果的にはよかったと思っています
そう声をかけると、詩乃さんは少しだけ顔を上げた。
でも、やっぱりこの子には、まだ早い気がするわ……
いえ、あんなはまだ未熟な部分も多いかもしれませんが、ライブバトルは経験を積み重ねてこそ、意味があるものだと思っています
まあ、そういう見方もあるかもしれないけど……
そういえば、あんなにはまだ、ライブバトルがどんなものか教えてなかったかしら
へ? ふわあああ! そそそ、そうですね! 『あんな』としてはライブバトルしたことないですし!
何を慌てているの?
あははは……
ライブバトルとは、アイドル同士がステージ上で歌やパフォーマンスを競い、どちらが会場を沸かせたかを競う、人気のライブ方式のことだ。
もともとは、勝ち負けにこだわってはじめられたものではなかったが、CDの売り上げ枚数やライブの観客数などと並んで、今ではライブバトルの勝利数がそのアイドルの人気と実力を示すバロメーターになっている。
ライブの勝敗にはプロデューサーの手腕も大きく影響し、それが白熱していった結果、アイドリズム崩壊へと繋がったわけなのだが……。
賛否両論あるにしても、私は純粋にアイドル同士が競うことのできるライブバトルは悪いものではないと考えているわ。MySTARは強敵だけど、詩乃さんがついていれば、新人のあんなでも充分に勝ち目はあると思うの
ふたりで陸に一泡吹かせてやりましょ。あの余裕の笑顔、くしゃくしゃにしてやる
気持ちを持ち直した様子で、詩乃さんは立ち上がる。
さあ、練習するわよ!
は、はい!
それから一時間ほど詩乃さんの指導による練習が続けられたところで、喉を休めるために休憩を入れることとなった。
私、ちょっと出てくるわ。戻ったら再開しましょう
りょ、りょうかいですー……
レッスン室を出て行く詩乃さんを見送ったところで、あんなはへろへろと床へ崩れ落ちた。
お疲れさま
歩み寄り、タオルとドリンクを差し出す。
あんなは床に身体を預けたまま、タオルへと顔を埋めた。
ううう~、詩乃さんの歌に合わせるの難しいですー。前は変な歌ばかり唄ってたから……
あんなの持ち歌に、そんなに変な歌があっただろうか。
内心首を傾げながらも、あんなの肩に手を当て、マッサージを施していく。
大変かもしれないけれど、今は詩乃さんを信じて練習を重ねていくしかないわ。大丈夫。あんななら、必ずアイドルとして成功する。その素質があると感じたからこそ、私はあなたのマネージャーになると決めたんだから
虎子さん……
以前にマネージャーをしていた子もね、いろいろと苦労を重ねてパリで成功したのよ
そういえば、前に虎子さんがマネージャーをしてたアイドルって、どんな子だったんですか?
ああ……話していなかったわね……
数ヶ月前に別れた少女の記憶が、鮮明に蘇ってきた。
記憶の中の彼女は常に表情豊かで、瞬きのたびに、その色を変える。
今まで忘れていたのかと拗ねたように唇を尖らせる姿が容易に想像できてしまって、思わず口元が緩んだ。
わがままで困ることも多かったけれど、歌が好きで、周囲を笑わせたり、驚かせたり、楽しい子でね。あなたと同じように、アイドルとしての才能に溢れていたわ
私はスマートフォンを操作し、写真データを呼び出す。
そうして、寝転んでいるあんなに画面が見えるよう、床にスマートフォンを置いた。
この子よ。加賀美ありすっていうんだけど……
そこに映っているのは、エッフェル塔を背景に、私とありすで撮った自撮り写真。
パリで初めてライブを成功させた後に撮ったものだ。
笑顔で可愛くウインクしているありすとは対照的に、硬い表情の私。
私はいつもこんなつまらなそうな表情をしているのだろうか。
そういえば、このとき、ありすにもっと笑顔を作れと何度も撮り直しをさせられた気がする。
あんなはスマートフォンを手に取ると、まじまじと画面を見つめていた。
ありすちゃん……だったんだ……
呆然とした様子で呟く。
ありすを知っているの?
えっ、その……CMでよく見てたので! チョコレート探偵シリーズ!
ああ。日本にいた頃のCMね。あれはありすの魅力を引き出した、いい作品だったわ
虎子さん、ありすちゃんのマネージャーだったんだ……
あんなは再び、じっと画面に見入っている。
自分も知っているアイドルだったことに、驚いているのだろうか。
もしかしたら、ありすと同じ才能があると言われたことに、気後れしているのかもしれない。
大丈夫。あんなも絶対、ありすみたいに成功するから
励ますように、あんなの両肩に手をのせる。
するとあんなは驚いたように、目を丸くして私を見上げた。
…………
あんな?
名前を呼ぶと、あんなは慌てたように首を横に振り、
は、はい! 私、がんばります!
そう言って、へらりといつもように笑ってみせた。
詩乃さんがレッスン場へ戻ってきた。
それに気づいたあんなは、勢いよく立ち上がり、詩乃さんへと声をかける。
詩乃さん! 練習しましょう、練習!
あら、やる気充分みたいね。じゃあ早速、はじめるわよ!
はい!
あんなは、スマートフォンと一緒に、タオルとドリンクもこちらに差し出してきた。
これ、ありがとうございました。練習戻ります!
ええ。がんばってね
元気な笑顔で詩乃のもとへ走っていくあんなは、いつもと変わりないように見える。
けれど、心に何かが引っかかったような。
そんな感覚がいつまでも消えずに残っていた。
ライブ会場の観客席のざわめきが、控え室まで聞こえてくる。
ひさしぶりに感じるそれに、僕は期待と不安を抑えきれずにいた。
落ち着かない気持ちのまま控え室の中を歩き回っていると、ソファに座っている陸が吹き出した。
楽しみなのはわかるけど、ちょっと落ち着けよ、光流
隣に座るよう促され、僕は素直にソファへと腰を下ろす。
それでも気分は高揚したままで、手や足を無意味に動かしてしまう。
だって、ひさしぶりのMySTARのライブなんだよ? それも、こんな大きな会場で、ファンの人たちも、いっぱい集まってくれて……
ステージから見えるだろう景色を想像するだけで、つい顔が緩んでしまう。
確かになあ。このライブに勝ったら、次はいよいよドリームマッチだしな。前のときは、Radishの一斗とアレクとシャッフルして、White†WindとLeXで競い合って、楽しかったけど。今度はどんなヤツと組むことになるんだろうな?
――――!
楽しみで仕方ないと言わんばかりに弾んだ声音で告げられた言葉に、僕は衝撃を受けた。
アイドルドリームマッチとは、ソロもグループも関係なくアイドルをシャッフルして期間限定ユニットを作り、人気一位を競うスペシャル番組だ。
だから、本選はMySTARとして出ることはできない。
それは最初からわかっていた。
でも……。
…………陸は、ドリームマッチの方が、楽しみなの?
……光流?
陸が、訝しげに眉を顰める。
僕だって、ドリームマッチは楽しみだよ? でも、それよりも……今はMySTARとしてライブできるってことの方が、僕には大事なんだ
そう言うと、陸は驚いた様子で目を見開いた。
MySTARとして活動できる機会が減っていくのがもどかしくて、ソロの仕事ばっかり増えていくのが不安で。でも、どうしたら前みたいに戻れるのかわからなくて……
陸が困ってる。
そう思うのに、溢れ出した言葉を止めることができない。
僕は陸の顔を見ていられなくて、俯いた。
僕と違って、ソロの仕事で生き生きしてる陸を見てると、MySTARとして前と同じようにやっていけるのか、余計に不安だった。陸が海外に行っちゃったら、ほんとにもう、戻れないんじゃないかって……!
それであの日、空港まで来たわけか……
陸の呟きに、肩がびくりと震える。
……あのとき陸が、『大丈夫だって。俺たちMySTARなら』って言ってくれたから、不安はあったけど、今日までやってこれたんだ。でも……
さっきの発言で、また、わからなくなってしまった。
陸にとって、一番大切なものは、もうMySTARではないのだろうか。
言葉を詰まらせた僕の顔を、陸が覗き込んでくる。
思いのほか真剣な目でまっすぐに見つめられ、僕は戸惑った。
そんなこと考えてたんだな……
そう言って陸は、僕の顔に向かって手を伸ばしてきた。
陸が僕を傷つけるわけがないとわかっていたけれど、反射的に目をつむってしまう。
次の瞬間、両頬を絶妙な力加減で引っ張られた。
驚いて、目を開ける。
りふ……?
頬を摘まれたまま、名前を呼ぶ。
すると陸は応えるように、ニッと口角を上げて笑ってみせた。
俺もな、MySTARとしてろくに活動できない現状を、ずっともどかしく感じてる
へ……
予想もしていなかった陸の言葉に、間の抜けた声が漏れてしまう。
陸はそんな僕に小さく笑って、頬から手を離した。
だから、前と同じままじゃアイドル業界ではやっていけない、今は個々で力をつけるべきだって思ったんだ
空港でも同じことを言われた。
でも、その言葉の本当の意味を、僕はちゃんと理解できていなかったらしい。
……それは、MySTARのため?
当たり前だろ
きっぱりと即答される。
そのことが、涙が出そうなほど嬉しかった。
言葉にしなくてもお互いの考えてることはなんとなくわかってたから、はっきり自分の考えを言ったことってなかったな
少し照れくさそうに、陸は頬を掻く。
確かに、そうかも……
会話が足りなくてすれ違ってるなんて、思いもしなかった
うん……
MySTARとしてアイドル業界の頂点に立つことが、第一目標だ。それは変わらない。だからさ、戻るんじゃなくて、進みたいんだよ。MySTARとしてちゃんと活動できるだけの地位を築きたいんだ
……陸らしいね
思わず、笑みが漏れる。
確かに僕たちは、互いにわかっているつもりで、こういうことを話してこなかったから、すれ違っていたようだ。
想いは、一緒だった。
不安になる必要なんてなかったんだ。
ずっと心の奥底に引っかかっていた錘がなくなって、気持ちが軽くなっていくのを感じる。
これからのことは、あとで話すとして……
まずは、目の前のライブに集中しよう!
顔を見合わせて、笑みを交わす。
本当にひさしぶりに、MySTARになれたような気がした。
そうして気持ちを切り替えた、そのとき。
突然、控え室のドアが勢いよく開かれ、スタッフさんが飛び込んできた。
大変です! ステージが、大騒ぎになってて!
え……?
MySTARのライブというだけあって、あんな一人では考えられない規模の会場は、超満員状態だった。
先ほどまで歓声に包まれていたそこは、今、不安げなざわめきに支配されている。
それもこれも、ステージに突如現れた、謎の覆面二人組のせいだ。
…………晴海詩乃だ
…………竜胆あんなです
抑揚のない声でそれぞれに名乗り、二人はポーズを決める。
奇妙な闖入者の知らせを受けてステージ袖へとやってきた、私、詩乃さん、あんなは、思わず呆然とその姿に見入ってしまった。
謎の覆面アイドル、Quantum EVEの茜と葵。
アイドルなのに、そのプロフィールのほとんどが非公開という異色のデュオ。
その歌唱力とパフォーマンスは世界的に評価が高い。
ただ、取材拒否やボイコット、他のアイドルのライブへの乱入など、あらゆるルールを破るため、一部の業界人から遠ざけられ、実力に見合わない扱いを受けているとも聞く。
なんにせよ、型破りなアイドルなのだ。
いまや、Quantum EVEのライブへの乱入は、それ自体がステージを盛り上げるパフォーマンスとして、観客に受け入れられている。
嵐の予感に、会場からどよめきが起きた。
はぁぁぁぁぁぁっ!?!?
詩乃さんが、すごい剣幕でステージへと駆け上がっていく。
ちょっとあなたたち、何やってるのよ!
やや遅れて、あんなもその後へつづいた。
私はいざとなったらすぐに飛び込めるように、袖のギリギリのところに身を潜める。
なんで、Quantum EVEの茜さんと葵さんがここに!?
……違う。私は、竜胆あんな
…………晴海詩乃だ
……ちょっとエッチな下着に憧れるお年頃
っく、なんでそのことを……!
ううっ、なんで私が……
似てない物まねをするなーーーっ!
誰が操作したのか曲が流れはじめる。
なんで曲が!? しかもこれ、私の歌!?
……聴いてください
『ハイウェイ・スパイス』
オリジナルの楽曲を使用しながらも、歌い方だけで独特のアレンジが加えられているのがわかる。
それが絶妙に作用し、今までに誰も聴いたことのない、Quantum EVEならではの『ハイウェイ・スパイス』として昇華されていた。
わあああああああああっ!
歌が終わった瞬間、そのパフォーマンスレベルの高さに、会場中から歓声が上がる。
すごい……振りつけも完璧だったわ……
Quantum EVEさんのパフォーマンス、ひさしぶりに生で見たけど、さすがだねー
ヘルメットを被った変なアイドルだが、『ヨーロッパで独自の音楽性が人気になった実力者』って触れこみは伊達じゃねぇな
あなたたち、いつの間に
ステージが大騒ぎになってるって、スタッフさんから聞いて
道場破りならぬ、ライブ破りのQuantum EVEか。前から騒動ばかり起こすヤツらだったが、まさかここに乱入してくるとはな
謎の覆面アイドルがドリームマッチに出るって噂は聞いてたけど、あの二人のことだったのかな
そう言いながらも、MySTARの二人はどこか楽しそうにステージの様子を見つめている。
パフォーマンスを終えたQuantum EVEは、改めて詩乃さんとあんなと対峙していた。
……クククッ
……フフフッ
な、何がおかしいのよ!
……ステージに立つに相応しいのは、真の実力者
……もし私たちに負けたら、MySTARも、晴海詩乃も、竜胆あんなも、ドリームマッチを辞退しろ
ふえええっ!?
突然の宣言に、あんなが飛び上がって叫んだ。
そんなあんなを庇うように、詩乃さんが一歩前へ出る。
上等じゃない。ニセモノになんて負けるわけないわ。見てなさい
余裕すら感じさせる態度で、そう言い返す。
あんな、練習していたもう一曲の方を歌うわよ
えっ、でもあれは最後まで合わせたことないですよ!?
動揺を露わにするあんなを宥めるように、詩乃さんは正面から両肩に手をのせた。
少しだけ身を屈めて、目線を合わせる。
あなたならできるわ
一切の迷いなく断言され、あんなは目を瞬かせた。
その言葉を飲み込むように、少しだけ俯き、すぐに顔を上げる。
私、がんばります!
あんなの返事を聞いて、詩乃さんは満足げに微笑んだ。
そうして二人は、リハーサルどおりの位置にスタンバイする。
その姿を見て、Quantum EVEはステージ後方へと下がっていった。
パフォーマンスの邪魔をするつもりはないらしい。
今度こそ本物?
でも、何歌うの?
観客たちは、次は何が起こるのかと期待にざわついている。
そんな客席に向かって、あんなは人差し指を立ててみせた。
しぃー
子供のような仕草で、静粛を促す。
次第に、波が引くようにざわめきが収まっていった。
超満員の会場が、しんと静まり返る。
『ダブルフェイスデスティニー』
囁くような声で曲名が告げられた瞬間、前奏が流れはじめた。
詩乃さんのリードに、あんなも負けずについていく。
二人で激しく歌い上げられる、『ダブルフェイスデスティニー』。
練習で何度も聴いていたはずなのに、そのあまりの迫力に、思わず息をのんだ。
後奏の余韻が残る中、惜しみない拍手喝采が贈られる。
詩乃―! あんなー!
最高だったよーーーーっ!
それは、Quantum EVEに負けず劣らず、大きなものだった。
満足げに笑う詩乃さんと、安堵の笑みを浮かべたあんなが、ステージの上でハイタッチを交わす。
その姿を見て、さらに歓声が膨れ上がった。
こんなの見せられたら、燃えるに決まってるだろ
僕たちも、負けてられないね!
ステージ袖で見ていた陸と光流が、ステージへと駆け上がっていく。
きゃああああああっ!
光流王子ーーーーっ!
陸様ーーーーっ!
ひときわ甲高い声援をうけて、二人は大きく手を振った。
待たせたな! 俺たちがMySTARだ!
みんなー! きてくれてありがとう! さっそく聴いてください! 『SUPER STAR』!
~ つづく ~