26│夕焼けの中 幸せな時間

晴華

川越 晴華

朝、教室で目を合わせた瞬間、私達は同時にお互いの名前を呼びあった。

おかしくて、二人で同時に吹き出してしまう。

あはは、おはよう。
どうしたの、晴華。神妙な顔つきしちゃって

川越 晴華

おはよう。まいまいこそ、眉間にぎゅって、しわがよってたよ

にゃんにゃんにゃー!

舞の猫がぴょんぴょんとジャンプしている。
いつも元気な猫だけど、今日はいつもよりさらに元気な気がする。

嬉しいことがあったのだろう。
真面目な顔をしていたから、何かよくない報告を受けるのかな、とも思ったけれど、気のせいみたいだ。

晴華……どうしたの? 
すごく、真面目な顔だったけど

舞が心配そうに私の目をのぞきこむ。


そうか、と思う。
私は舞の気持ちが、猫を見ることである程度予測できるけど、舞はもちろん、そんなことはできない。

真剣な表情をしていた私を見て、心配してくれたのだろう。

そうじゃない、けれど、真面目な話ではある。


ひとつ、深呼吸をして。

川越 晴華

あ、えっと。そうね、真面目な話だから

舞の前の席に座ると、私は、じっと舞を見つめ返した。
 

舞には、一番に報告する。
そう決めて、気合いを入れて、学校に来た、のに。

川越 晴華

………………

……どうしたの、晴華

川越 晴華

あ! えっと! う、うわあ!

何びっくりしているの!?

川越 晴華

いや、言います!

はい、どうぞ!

舞が目をまるくしながら、勢いよくうなずいた。

川越 晴華

言うぞ、言うぞ……

心の声がだだもれだよ、晴華……

川越 晴華

ううう……せ! 先輩と!

幸谷 舞

おお! 先輩と!?

川越 晴華

………………

何よう!

舞がのけぞる。私ものけぞる。ああ、恥ずかしい!

川越 晴華

先輩と……に……た!

ほぼ聞こえない!

川越 晴華

先輩とつきあうことになりました!

………………

舞がぽかん、と口を開けたまま硬直してしまった。

にっ!

舞の猫も、硬直。

クロニャ

ものすごくびっくりしてますにゃあ

と、クロニャが言い終わる前に。

幸谷 舞

えええええええええええええええ!!

絶叫する舞。

そんなに驚かれるとは! 

今度は私達がぽかんとしていると、舞は真っ赤に頬を染めて、私の手を握りしめてきた。

その手をそのまま前後に揺さぶられ、私の体もぐらぐらと揺れる。

川越 晴華

わあ、舞! ちょっとお!

幸谷 舞

本当!? 本当!? 
すごい! すごく嬉しい! 
おめでとう!

川越 晴華

嬉しい?

幸谷 舞

嬉しいよ! うわあ! 
すごい! おめでとう! 
今度ダブルデートしよう!

川越 晴華

え、だ、ダブルデート?

ぐらぐらと揺れていた私の体が、ぴたりと止まる。
舞が、あ、と言ったまま、頬を真っ赤に染めている。

川越 晴華

ま、舞?

幸谷 舞

……私も

川越 晴華

ま、まさか?

幸谷 舞

その、まさかで……昂太郎君と……

川越 晴華

と?

幸谷 舞

つ、つきあうことに! 
なりました!

川越 晴華

にゃあああああ!

クロニャ

にゃ、にゃあんですとー!

にゃああー!

川越 晴華

おめでとう! うわあ、すごい! 
本当だ! 感動する! おめでとう!

舞が真っ赤になりながら、ありがとう、とつぶやいた。

さっきの元気はどこにいったのやら。

川越 晴華

びっくりした……告白、されたの?

幸谷 舞

された……私もびっくりした。

昂太郎君、緊張しいのくせに、二人きりになるとぐいぐい来るから……かっこいい

川越 晴華

だあ……さようですか……
ごちそうさま……

幸谷 舞

は! 晴華は!? 告白された?

舞の言葉で、思い出すのは、二人きりの廊下と……突然の、キス。

川越 晴華

だああ!

幸谷 舞

な、何! どうした、告白したの?

川越 晴華

いや、された、されました……

へ、えー

にやにやしている舞が、ぽん、と私の頭を叩いた。

幸谷 舞

よかったじゃん。きっと、うまくいくよ

川越 晴華

うん、そうだね。
舞も、うまくいくと思う、お似合い!

幸谷 舞

へへ、ありがと。
本当に、いつかダブルデート、しようね

その日、舞と一緒に屋上に行った。

先輩に報告したいと、昂太郎君が意気込んでいたのだという。

どんなふうに報告するのやら

舞が心配そうに屋上の扉を開けると……。

田宮 昂太郎

……っ……以上です

雨音 光

あ……うん

二人が、目をそらしながら照れていた。

川越 晴華

……なんで二人で照れあってるんですか。どういう状況ですか

雨音 光

あ、川越さん! 幸谷さんも

……昂太郎君、顔真っ赤だけど

田宮 昂太郎

い、今! 
先輩に報告していたら、先輩からも報告されて、そ、それで!

レイン

それで、お互い照れちゃったってこと

レインがベーっと舌をつきだす。

川越 晴華

それで、お互い照れちゃったんですね

レインの言葉をそのまま引き継ぐと、うっ、と男性陣二人が言葉に詰まったふうにして、同時に片手で顔を押さえた。

面白い光景に笑ってしまう。
舞も笑いながら、先輩にずいと歩み寄った。

先輩! おめでとうございます!

雨音 光

ああ、ありがとう。幸谷さん達も

川越 晴華

そうそう、聞いたよ。
昂太郎君、おめでとう!

田宮 昂太郎

ありがとうございます! 舞さんのこと、大切にします!

雨音 光

そうだね、俺も、大切にする

ド直球! 照れる! 

声も出ない私達!

にゃん!

にゃあー!

昂太郎君の猫と、舞の猫が、すりよって仲良くないている。

クロニャ

……にゃ

レイン

……なんだよ

一方、レインとクロニャは、照れながら動かない。
二人らしくて、ますます笑ってしまう。


夕日の中で、四人、和やかな時間を過ごした。

幸せ。それ以外に、言葉は見つからなかった。

あっという間に時間がすぎ、帰ろうと四人で階段を降りているときだった。

前を通りかかった生徒が、ひそひそ話をしていた。
小さな声に、びくりと昂太郎君が反応する。

大丈夫だよ、私達を見てひそひそしてるんじゃない

声をおとして、舞がひとつうなずいた。
そうですね、と昂太郎君がぎこちない笑顔を浮かべる。


ひそひそ、ひそひそ。


声をひそめて話された内容に、どうして人は耳をそばだててしまうのだろう。

川越 晴華

……え

断片的に入ってきたひそひそ話の内容に驚いて、私は思わず声をあげてしまった。


私の聞き間違い? 


そう言いたくて、先輩の方を見ると、先輩も目をまるくしていた。

ひそひそ話をしていた生徒達がいなくなったあと、ぽかんとしている私達を見て、舞がどうしたの、と言った。

川越 晴華

いや、今、牧野先生って聞こえて……びっくりして

雨音 光

俺達、先生にお世話になってるからね

ああ、噂の牧野先生ね

さらり、と舞が言う。

私の心臓が、跳ねる。
頭に浮かぶのは、先生の恋愛だ。

何かよくない噂が流れていたら、どうしよう。

川越 晴華

舞、それって、どんな噂?

な、何よ晴華、そんなにあわてて……先生に彼女がいるとかいないとか

ますます心臓が跳ねる。

川越 晴華

か、彼女! 誰!?

先輩が、私の肩をぽん、と叩いた。

私の頭から、すっと血が引いていく。

雨音 光

まあまあ、川越さん。
幸谷さんが驚いてるよ

川越 晴華

あ……ごめん、舞。
テンション上がりすぎた

雨音 光

川越さん、先生のファンだもんね

先輩が優しくフォローしてくれる。
そうそう、と私は笑ってみせる。

そんなに好きだったんだね。

驚くよ、先生の彼女……

ごくり、と私は唾を飲んだ。


私は、何も聞いていない。
先生、元生徒との恋愛の噂がたっているなんて、大変だろうに……というか、言ってくれてもいいのに、水くさい!


と、いろいろ考えていたけれど、舞の口から出たのは、私の予想していない人だった。

保健室の先生、だって

川越 晴華

……へ?

26│夕焼けの中 幸せな時間

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