山根琴葉

わ、渡利さん。
ちょ、ちょちょ……丁度よかったです。
お……お一人頼まれていただけませんか

 山根さんは僕を見るなり意味不明なお願いをしてきた。



 椅子の後ろ側からだが、よく見ると山根さんの両隣の椅子に誰かがいて、山根さんにもたれかかっているように見える。



 僕は山根さんの前方に回り込んでみて驚いた。



 あの二人の子供だ。



 いつも小奇麗な紺のズボンに白いシャツの男の子と、紺のスカートに白いブラウスの女の子。


 この二人が山根さんの膝を枕にしてすやすやと眠っていた。


 もしかするとというべきか、やはりというべきか。



 昨晩、施設の庭で見かけた二つの小さな影はこの二人だったに違いない。



 両側からの膝枕状態なので、スペースが足りなくて女の子の方は山根さんが腕を使ってなんとか支えていた。

渡利昌也

どうしたんですか、この子たち

山根琴葉

そ、その。
さっきまで私と、お、お話していたんですが。
その……ね、眠ってしまいまして

 山根さんは、腕で支えていた女の子の頭を僕にそっと手渡した。


 僕はやむなくその子に自分の膝を貸してやった。

渡利昌也

どうしたんですかね、この子たち

山根琴葉

ご、ご両親とこの施設に泊まっているって……い、言ってました

渡利昌也

すごい偶然だなぁ

山根琴葉

え?
あ……え?

 山根さんは何が偶然なのわからないといった様子で首を傾げた。

渡利昌也

僕、この子たちに何度か会ったことがあって。
しかも学校の近くの商店街だったり、坂東川の文房具店だったり。
それが今度はこんな場所で。
だからびっくりして

 山根さんは深く頷いた。




 僕と山根さんはしばらく無言になり、二人して子供たちの寝顔を眺めていた。



 少し気まずくなってきたので、会話のきっかけとなる話題を絞り出そうとしていたときだった。

山根琴葉

不思議ですね。
この子たち

 山根さんが流暢にしゃべりだした。

山根琴葉

この子たちと話していると、なんだか懐かしくなって。
だけど、その……

 山根さんのメガネの下から一筋、また一筋と涙が流れてきた。



 山根さんがなぜ涙を流しているのか僕にはまったくわからない。

山根琴葉

すいません。
なぜかわかりませんが……なんだか、悲しくなってきて

 山根さんは顔を覆って声を押し殺しながら泣き出した。



 山根さんがここまで感情を表に出しているのを見たことがない。



 何か声をかけるべきだろうか。


 そう思ったが、かける言葉が見つからず、僕はただただ黙って見ていた。



 僕の膝の上に置いていた頭がもそもそと動いた。


 見ると、女の子が起きていて、山根さんの顔を覗き込んでいた。


 山根さんの膝枕で寝ていた男の子も目を覚ましている。

???

なんで泣いてるの

???

なんで泣いてるの

 二人の子供は同時に言った。

山根琴葉

あ、ごめんなさい。
なんでもないのですよ。
ほんとに、なんでも……

 山根さんは涙を服の袖でぬぐい去り、男の子と女の子に笑顔を向けた。



 二人は山根さんに満面の笑みを返し、膝から離れて椅子からピョンと立ち上がった。

???

バイバイ。
またね

???

バイバイ。
またね

 二人は左右からニコニコと手を振ってこの場を走り去った。



 山根さんは小さく手を振り、二人がコミュニティルームから出ていくのを見送った。



 その時の山根さんはとても優しい笑顔だった。


 もう大丈夫のようだ。


 僕は山根さんの笑顔を横目で見ながら、ホッと胸をなでおろした。



 山根さんからこれほどの笑顔を引き出したあの子たちは一体何者だろう。


 それとも相手が子供であれば、山根さんも気兼ねなく笑顔を振りまけるのか。

渡利昌也

山根さん、飯塚さんが男子部屋に来て欲しいんだって。
イラストのことで意見が欲しいみたいだよ

 僕は当初の目的を思い出し、山根さんに用件を伝えた。

山根琴葉

わ、わわ……私ですか?

 山根さんはいつもの山根さんに戻っていた。

 合宿も終わり、帰りのバス、電車をボーッと過ごしながら昨晩のことを思い出した。



 山根さんと二人で男子部屋へ行くと、ほとんどのメンバーが集まっていた。


 最終的には全員を巻き込んだ萌え絵大会が開催されていた。


 合宿最後の夜は皆で大いに盛り上がり、気がつけば日付を跨いで一時半。


 皆が騒いでバカ笑いしている中でも、山根さんは結局いつもの山根さんだった。


 恥ずかしげに下を向き、飯塚さんの質問にも絞り出したような声で、どもりながら答えていた。



 僕は更に思い出す。



 山根さんの笑顔をあのような形で見ることになろうとは。


 更に泣いている山根さんの姿を回想する。


 今まで見たことなかった山根さんを一気に見たせいか、一つ一つ思い出す毎に身体が熱を帯びていく感じがした。



 きっと、今の僕は山根さんのことが好きなんだ。



 だが今だけだ。



 なぜなら、今年度の好きな女子が山根さんというだけのことだから。



 あと数日春休みを過ごせば僕らは高校三年生。



 進級してしばらく過ごしていくうちに僕はきっと山根さんへの思いが薄れ、別の子を好きになっているだろう。



 それが例年通りの僕であり、今回もきっとその程度のものだ。



 僕は車窓の枠の中でゆっくり流れる田舎の景色を、ウトウトしながら眺めていた。





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