羽美

リク!
よかったよ、みつけられた……

ひと悶着あったが、彼女達は先導されるがまま、とある教室に案内された。
――どうやら、全ての参加者を見つけることに成功したらしい。
大体30名程だろうか。
ごくごく普通の教室の中に集められた彼ら。
羽美は、漸く親友の睦の姿を発見した。
彼女も、二人を見るとあからさまにホッとしていた。

二人とも、心配したわよもう
でも……無事だったみたいね

遅くなってごめんね、睦

合流した三人組はそれから持ち寄った情報を確認し合う。
睦も空も似たようなものらしく、誘拐されたのと監禁されて助け出されたというものだったが。
右往左往している他の面々に比べて、彼女達は落ち着いている方である。
そんな中、羽美は視線を感じる。
人混みの中に紛れて、こちらに誰かが興味を示している。

羽美

ごめん、二人とも
ちょっとわたし、用があるから出るね

さっきの連中のところに行くなら、気を付けて
特にあの眼鏡の方
やばそうだったし

やり取りを見ていた空が懸念する。
確かに光の様子は普通じゃなかった。
空は羽美のやることに異議を唱えない。
ただ危険が迫った場合のみに、行動を起こす。
そうやってきたし、今後も続けるだけだ。

羽美

うん、気をつける
行ってくるね

羽美は礼を行って、人混みの中に進んでいく。
睦が空に事情を聞いて、羽美の過去を知る空は適当にごまかしつつ、要件だけ伝えた。
フィーリングで理解した睦も、ならば仕方ないと納得した。
羽美なら大丈夫だろうと、付き合いの長い彼女も送り出すことにした。

優子

羽美姉さん……?

羽美

さっきからこっちチラチラ見てるでしょ
なんかまだあるの?

羽美が向かった先は、末っ子の優子の所だった。
彼女が、視線の犯人。こちらの様子を伺っていた。
呆れた羽美が彼女一人を見つけ出して、手を繋いでつ出す。
光は兎に角喧しい。
相手するだけ疲れるので、敵意のなさそうな優子だけでいい。

優子は先ずは名乗らせて欲しいと言い出す。
現在の二人の苗字は『草薙』。
養子縁組した家の苗字らしい。
つまり『草薙優子』と『草薙光(くさなぎひかり)』が名前か。
尚、変わってない羽美の『花園』が、二人の旧姓にあたる。

優子

羽美姉さんに聞きたいことが山ほどありますよ
でも……あまり時間はないようです

優子

ですから、簡潔に言います
もし無事に帰れたら、私もそちらに行っても良いでしょうか?

何を言い出すかと思えば、優子は家出をしたいらしい。
現在状況は不明だが、今すぐ死ぬようなことはなさそう。
優子は出来ることを始めた。
で、草薙の家には帰りたくないのでそのままの流れで匿ってくれと、頼み込んできた。

羽美

そんなん、松前にいに聞いてよ
そっちだって知ってんでしょ?
赤木松前

優子

赤木さん……?
もしかして、母さんの叔母にあたる人ですか?

記憶を辿るように唸る優子。
辛うじて思い出せたのは、母の親族にそんな苗字の家があったようなことだけ。

羽美

そっ
今わたしは、赤木の家でお世話になってる居候
そんな権限はないよ

優子

……光姉さんが親戚に引き取られた、みたいなこと言ってましたけど……
本当にそうだったんですね

羽美

なんだ、知ってたんじゃん
だったらわたしに言わないでよ

羽美がぼやくと、優子も似たような表情で溜息をついた。

優子

光姉さんが赤木さんや他の親族の人達との繋がりを断ち切っているせいで、私は殆ど現状を把握出来ていないんです

優子

おかげで私は何年も監視されています……
自由なことすらままならない

優子

光姉さんから、草薙の家から離れたい
それが私の今一つの願いです
それを達成するために、もしも羽美姉さんに逢えたら、言おうと思っていました
私は、光姉さんのように過去にとらわれるのはごめんです
私が生きているのは、死んでしまった父さんや母さんのいたあの頃じゃない
今ある、この世界のこの時間なんです

優子

勝手なことを言っているのはわかってます
初めて出会った妹に、嫌悪感があることも理解しています
ですが……無理を承知でお願いします

優子

私を……助けてください

優子は本気だった。
姉の愛による束縛を嫌がり、その柵から解放されたいと恥を忍んで、羽美を頼ってきた。
羽美は図々しい末っ子の言動に呆れつつ、考える。
この妹は憎い両親から生まれてはいるが、彼女自身は何もしてこないし、何も思ってない。
つまり、近くにいても害はない。
なら、あの五月蝿い妹用に、有効打になりそうなこの妹を手懐けておくのも割と良いかもしれない。

羽美

……ん
まぁ、いいよ……
松前にいが認めれば、わたしも構わないし

優子

本当ですか!?

驚いたように、優子が羽美を見る。
羽美は肩を竦めながら言う。

羽美

お前……んーん、優子が何かわたしにしたわけでも、この目に何か言ったわけでもない

羽美

わたしに何かしてきたり言ったら絞めあげるけど、それでもいいならこっちに来るようにわたしも口添えしてあげる

優子

あ、ありがとう……羽美姉さん!

下心があるとは知らず、優子は純粋に話のわかる姉に感謝した。
羽美は末っ子が五月蝿い光に対するカードとして使えそうなことが理由で了承したに過ぎない。
別に、姉妹愛なんてそこには存在しないのだから。

羽美

使える使えないは別としても……
わたしの邪魔さえしなければいいよ……

漸くめぐってきた、最高のリアルラックなのだ。
邪魔されされなければそれでいい。
この時には既に羽美はもう、ここが非日常の世界なのだと何処かで理解し、彼女の根底に眠っていた闇が、覚醒しつつあった。
多少のマイナスは覚悟の上。
その上で、ここから始めればいい。
どうせ、なんでもいいのだから。

もう、いいね。
もぅ、ぃいょね。
もウ、ぃインだョね?

ガマン、シナクテ、モ。

羽美

ァハハッ

それは唐突だった。
突然、教室に設置されているスピーカーから声が流れる。
無機質な機械の声が告げる。
ここは会場。
君たちはプレイヤー。
やってもらうのは『人狼ゲーム』。
生命を賭けたデスゲーム。
事前に通知された通りの役職を演じて、ゲームを初めて欲しい。
ルール説明及び勝敗などの条件は、各自端末を確認しておくように。
今日の夜より、ゲームは始まる。
それまで、精々無様に生き残る努力をしてくれ。
簡潔にそれだけを告げた。

羽美

人狼ゲーム……
さっき先輩の言っていたやつはこれか……

ぶつっと放送が切れたとたん、生徒達は暴徒と化した。
恐慌状態に陥った教室から、次々外に飛び出していく。
逃げ場を探して、走り出す。
パニックに飲み込まれた子供たちは、冷静な人間からすれば、滑稽極まりない。

羽美

……ゲーム、か

すっかり減ってしまった室内。
ぽつぽつ残る冷静な生徒たちは、自分の端末を確認している。
そんな中、羽美は一人タバコを吸い始める。

松前

言うだけ無駄だろうが……
おい羽美、タバコを吸うのはやめろ

羽美

いやだよ

松前が気付いて奪おうとすると、素早く箱とライターを仕舞い込む羽美。
追いかけっこのように、二人はそれを繰り返す。
苛立ったように松前はとうとう言った。

松前

羽美、俺を怒らせたいのか?

羽美

わたしとやりあう気?
そここそやめなよ、松前にい
今度は病院行きじゃ済まなくなるよ
今、わたしは機嫌が悪いんだ
手加減なんて、出来そうにない

こちらも不機嫌そうに、燃えているタバコを灰皿に押し付ける羽美。
二人のにらみ合いが、残った生徒たちに違う緊張を走らせる。

松前

……どうだろうな?
ここには棒状の物体がごまんとある
お前と対等にやりあえると思うが?

羽美

大きく出たね、松前にい
過大評価してるとマジで肋だけじゃ終わんないよ

過去に、二人は喧嘩をしたことがある。
羽美は異常に喧嘩が強く、躊躇いがない。
使えるものは本当になんでも使うし、傍から見ればトチ狂って相手を殺しに行ってるようにしか見えない。
松前はこう見えて、剣道を何年もやっている。
中々の腕前で、全国大会に行ったこともある。
前に羽美と本気でやりあったときは、松前の惨敗で肋を数本へし折られた。

松前

……もういい
窓際に行け
あと副流煙には気をつけろ
それは迷惑だ

松前はやれやれと首を振って、彼女にそうとだけ言うと、教室から出ていった。
心配してのことなのだろうが、余計なお世話だ。

羽美

うるさいなぁ……

呟きながら、羽美は窓際に腰掛けると、二本目を銜える。
火をつけて、紫煙をゆっくりと吐き出し、ゆらゆらと立ち上る煙と夕暮のコントラストを眺める。
眼前に広がるのは、大きな壁に囲まれた校庭と、壁に取り付けられた多数の監視カメラ。
ここはどうやら、面倒なところらしいのは見てわかる。
逃げ場所はないのは、嫌でもすぐわかるだろう。

奈々

隣、いいかな?

羽美

先輩……

気さくに話しかけてきたのは会長の奈々だった。
室内を見回すと、睦と空がいない。
戻っていったのだろうか?
冷静な睦のことだろうから、心配は要らないだろうけど。
同じく腰掛けて窓の外を見る奈々。

奈々

さっきはごめんね?
ウチの彼氏ってば、シスコンでさ
ずっと花園さんのこと心配してんの

……松前、彼女いたのか。
しかも会長だと。
全く知らなかった。
のろける風もなく、平然と奈々は羽美に謝った。
こちらが知っているように振舞うので、合わせることにした。

羽美

心配されるのはいいんですけどね
煩いのが玉にキズです

奈々

ゼータク言えるならいいじゃない
ああ見えて、本当に心配してんだよ?

会長は、羽美が彼氏こと松前の親族だと知って、気さくさが増していた。
まぁ、彼氏と一緒に住んでいる家族的な存在だし、印象は良いほうが得になるのは同感だ。

奈々

然し、人狼ゲームか……
誘拐されていたとか、デスゲーム云々は噂で知ってはいたけど、こっちも面倒ね……

奈々

そいえば、花園さんはなんて書いてあったの?

……いいや。訂正しよう。
こいつ、無警戒を装って……いきなり核心に迫ることを聞いてきた。
もしかして、疑われているのだろうか?
そもそも何を疑っているのか?
どれもこれもわからないことばかり。
まだ概要を知らないゲームだが、真実を言えば不利になる気がする。
羽美は嘘をついた。

羽美

『第一陣営』の『村人』と書いてありました
なんのことかはよくわかりませんけど

最後に、初心者を印象づけるようなことを付け加えた。
これで、実際もそうだが変に勘繰られることもあるまい。
奈々はふぅんと言った。その内面は読めない。

奈々

私は『第一陣営』の『探偵』だって
なんだろうね、これ?
私もこのゲームやったことないからよくわかんない

羽美

探偵っていうくらいなら、何かを探るんじゃないですか?

探偵? なんだそれは? 
口に出しておいてそれぐらいしかイメージできない。
…………恐らくは、『陣営』というのは何かを表すシンボルなのではないかと思う。
第一と第四。他にも第二と第三があるのだろう。
この陣営達と争い合うゲームなのだろうか。

奈々

よかった、仲間みたいだね
一緒に頑張ろう、花園さん!

羽美

はいっ!

……頑張る? 何を?
全てを食い荒らすと決めた羽美が何を頑張るのだ?
デスゲーム。殺しを合法とする異常空間。
きっと、ここなら。壊せる。殺せる。
憎しみのままに、恨みのままに、世界の全てを。
良かった。ここまで生きてきて、本当に良かった。
羽美は久々に、生きていることを感謝したのだった。

奈々

あれは嘘とみていいか
きっとあの子は村人じゃない
別の何か
松前もそうだろうね

奈々

出来れば……敵じゃないといいな……

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