セレスフィーナ

大丈夫ですか……、ユキ姫様。

ユキ

う~ん、うん……。ちょっとだけ、スッキリした、かなぁ……。


 町の中にある女性専用のお手洗いに入ってから数分、セレスフィーナは個室トイレから出て来た王兄姫の背中を撫でながら親身に付き添っていた。
 可哀想に……。大人でも腰を抜かすような残酷ホラー満載の光景を見せつけられて、失神しなかっただけでも褒められるべきだ。
 げっそりとした青い顔で手を洗い、可愛らしい花模様のハンカチで水分を拭い取ると、幼い王兄姫ことユキは、ふらふらと外に出始めた。

セレスフィーナ

あぁ、私がもっと早く外にお連れしていれば……っ。ユキ姫様、何か冷たい飲み物でも買って参りますから、どうぞあちらへ。ルイヴェルが待っていますので。

ユキ

うん……。


 気分を変える為にも、と、先に飲み物を買いに走っていったセレスフィーナを見送ると、ユキはまたふらふらとした足取りで、――ルイヴェルのいる方とは全然違う方向に向かって歩き始めてしまった。あまりの恐怖、いや、グロテスクさで、正常な思考をやられてしまったのが原因だろうか……。

ユキ

うぅ~、ルイおにいちゃ~ん、……ど、こぉ。


 よろよろよろ……。ユキは朦朧とした視界の中で道を進み、やがて……、人混みの中に消えて行ってしまった。

セレスフィーナ

――あら? ルイヴェル……、ユキ姫様は?

ルイヴェル

……セレス姉さんと一緒じゃなかったのか?


 晴れやかな町中に溶け込みながらも、一人だけ小難しい魔術書を手にベンチで寛いでいた弟の涼やかな表情とは別に、セレスフィーナの気配には冷たいものが落ち始めていた。
 両手には、三人分の冷たい飲み物が握られている。しかし、肝心の三人目が、ここにいない。
 双子の姉が滲ませている焦りの気配に気付いたのだろう。ルイヴェルが飲み物をベンチに置かせると、改めて尋ねてきた。

ルイヴェル

ユキは……、一緒じゃ、なかったのか?

セレスフィーナ

そ、そこのお手洗いで、私だけ先に出たのよ……。ご気分がまだ悪いようだったから、ジュースを買って来ようと思って……。ユキ姫様も、貴方の方に歩き始めていたし、ぇええ……

ルイヴェル

セレス姉さんはここで待っていてくれ。俺が見てくる。あそこのトイレだったな。

セレスフィーナ

じょ、女子トイレに行くっていうの!?

ルイヴェル

問題はない。俺なら平気だ。

セレスフィーナ

トイレ内の女性陣が大丈夫じゃないわよ!! あ、こらっ、駄目だったら!! お姉ちゃんが行くから、貴方はここにいなさい!!


 全く、一切動じていない冷静な顔つきで女子専用トイレに向かい始めた弟をどついてベンチに戻すと、セレスフィーナは大慌てで女子トイレへと走った。

セレスフィーナ

……どうしましょう。ルイヴェル、いないの……、ユキ姫様がどこにもいないのよぉおおおっ!!

ルイヴェル

落ち着け。その辺をぶらついているだけかもしれないだろう? 今度は俺が探してくる。


 半狂乱で戻って来た姉の背中を擦り、今度は冷静沈着の弟が探しに町の中を走り始めた。
 どうせ、あの好奇心旺盛なチビっ子王兄姫の事だ。
 町の賑わいの中をぶらぶらと本能のままに歩いているに決まっている。
 すぐに見つかる。大丈夫、大丈夫。俺は姉のように慌てたりは……。

ルイヴェル

――いない、だと!!


 ずど~んっと、敗北感満載でベンチに戻って来たルイヴェルが、悔しそうに地面を拳で打ち付けながら、低く抑え込んだ残念な声をあげる羽目になった。
 町中を余す事なく捜したという弟の言に、セレスフィーナの中でどんどん不安が高まってゆく。
 町の中に、いない? トイレから消えただけでなく、町の中に、――いない!?
 流石にそれは想定外で、セレスフィーナはゴクリと飲み物をひとつ勢いよく喉の奥に流し込むと、改めて自分も町の中へと魔術による探索を開始した。
 成熟期や少年期少女期を迎えた者とは違い、幼年期における子供の気配を追うのは少々大変なのだが……、王都の中を捜すよりは楽だ。楽……。

セレスフィーナ

……嘘、でしょぉ。本当に……、本当にユキ姫様がいないなんてぇええええっ!!

ルイヴェル

子供の気配は薄いからな……っ。俺達の探索用魔術にかかっていない可能性もあるが、足でも捜している以上……、恐らく、もう、この町には。

セレスフィーナ

そ、それって、どういう意味なのかしらねぇ? ルイヴェル。

ルイヴェル

自分の足で出た、か……、もしくは


 ――瞬間、二人の王宮医師の頭の中に駆け巡った悪い予感が、壮大な映像となって追い打ちをかけにかかった!!
 可愛い可愛い小さな王兄姫、自分達でさえ猛烈に可愛がっている罪深き生き物なのだ。
 その愛らしさに目を付けた者がいるとすれば……。

セレスフィーナ

ゆ、誘拐された、なんて……、な、ない、わよ、ねぇ?

ルイヴェル

……。

セレスフィーナ

何か言って!! 否定して!! ルイヴェェエエエル!!

ルイヴェル

……。

 駄目だ!! 可愛がっている幼子が誘拐されたかもしれない事実に大ダメージを負っている!! ついでに、気付ける距離にいたはずなのに、暢気に魔術書を読んでいた自分に絶望を感じているようだ!!
 完全に思考と動きが止まってしまった双子の弟の襟首を鷲掴むと、セレスフィーナは鬼気迫る恐ろしい迫力を纏いながら、誘拐? された王兄姫の行方を探るべく、行動に出たのだった。

1-6・お化け屋敷の後に……。

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