まばたきほどの一瞬で、魔王とサンザシが移動する。




 階段を数段あがったところに置かれていた椅子から魔王は降りていた。

 代わりに、階段の一番下に腰かけている。
 サンザシは、小さな椅子の上にちょこんと座らされている。

どういうこと……?

 ミドリが、まわりをきょろきょろと見渡した。
 俺も、同じようにあたりを見渡す。

 どうやら、彼らの位置以外に大きな変化はなさそうだ。

なあ、いつになったら寂しさとやらを教えてくれるのだ? 待ちくたびれたぞ

 膝にひじをつき、手に顎をのせた状態で、魔王がにやにやと笑って言った。

 またその話ですか、とサンザシは手を広げる。

来るたびにそれです!

 俺の横にいるミドリが、うーん、と小さくうなる。

時間が……すぎてるのかな

そうみたいだな

心臓に悪い時間移動だなあ

 こそこそと話す必要はないのだが、俺たちは自然と声を落としていた。

 この部屋にはあの二人以外に誰もいないからかもしれない。

当たり前だ。

それ以外に、俺がお前より知らないことなどないのだから

それはわかりませんよ!

例えば? 出てくるか?

たとえば

 サンザシは、椅子の上でふんぞり返る。

私の気持ちは、私のほうが魔王様より知っていますよ!

 一瞬キョトンとした魔王は、天井を仰いで声高らかに笑った。

 誰もいない広間に、笑い声が反響する。

お前は面白いな、小雀のくせに

雀じゃありません! サンザシです

サンザシ

 ふ、と魔王が静かに笑う。

こっちに来い、サンザシ

 なんですか? と言いつつ、サンザシは逆らわず席を立つ。

 歩みよる度に、もっと、もっとと魔王が手招きをする。


 その指先が届いてしまうほど近くに歩み寄らせたところで、魔王はサンザシの頭をなでた。

なっ……

 わしゃわしゃとなでられるサンザシは、その場で硬直したまま動かない。

はは、犬だな

す、雀とか、犬とか、なんなんですか……

元気がなくなったぞ? どうした?

べ! 別に別に別に!

 はは、と魔王は無邪気に笑った。

さっきのは嘘だ、サンザシ

犬ですか?

違う。俺がお前より知らないことなどない、ということだ

何を知らなかったんですか?

だれかとこんなに話したことはない

……だったら

 サンザシが、小さな手を魔王に伸ばす。
 その指先が、魔王の頬に触れる。

こうやって、触れられることも

 魔王は、サンザシの小さな手を、自分の手でそっと包み込んだ。

そうだな

 魔王の笑顔は、確かに、悲しそうに見えた。

7 記憶の奥底 君への最愛(14)

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