飯塚俊司

たのもー!


 まるで道場破りのように大声で叫ぶ飯塚さん。




 どうした飯塚さん、気でも触れたか。



 ヘラヘラしたいつもの飯塚さんではない。



 いつ、どのようなスイッチが入ったのかは不明だが、急に空手家の血が騒いだのか。

渡利昌也

ちょ、ちょちょちょ!
飯塚さん!


 僕はあまりにも突然すぎる飯塚さんの行動に驚き、慌てて後を追った。



 僕が漫画研究部室の中へ入った時には、既に飯塚さんが山根さんの前で仁王立ちしていた。



 山根さんは身をすくめて怯え、固まっている。


 漫画研究部の部員たちも、あまりの出来事に目を丸くして飯塚さんを見ていた。

飯塚俊司

山根さんでしたね。
あなたのこのイラスト、拝見させていただきました


 飯塚さんは僕から借りた山根さんのイラストを、右手でつまんで山根さんに向けた。


 左手は腰に当てている。

飯塚俊司

正直、俺は漫画に興味がない。
ほとんど漫画を知らない。
というか漫画の絵を舐めていた。
まずはそいつを謝る


 飯塚さんの唐突な謝罪に、山根さんもどう反応すればよいかわからない様子だ。

飯塚俊司

山根さん、俺と勝負しよう。
あなたの土俵であるイラストで。
俺もイラストを描く。
とにかくイラストコンテストみたいなやつで俺と勝負だ

山根琴葉

え?
は、はあ。
ええ?


 飯塚さんの意味不明な申し出に、山根さんはますます怯えた様子を見せた。

渡利昌也

い、飯塚さん、いきなり何言ってんですか


 見かねた僕は飯塚さんをなだめようとした。


 だが、そんな僕へ飯塚さんは熱気に満ち溢れた目を向けて言った。

飯塚俊司

渡利君。
こんな間近にこれほどの好敵手がいるのだ。
これが戦わずにいられるか


 ちょっと何言ってるかわからない。



 飯塚さんがこんなにも突っ走る人だったとは。


 これが格闘家というやつなのか。




 飯塚さんの暴走についていけずに頭を抱えていると、僕の顔の横からにゅっと手が伸びてきた。


 その手が飯塚さんの耳をつまむ。

倖田真子

部長、なにバカなことやってんの

飯塚俊司

いたた。
痛い痛い


 倖田さん!


 こんな時にはなんて頼りになるお方だ。

倖田真子

お騒がせしました


 倖田さんは漫画研究部の部員の皆さんにお詫びの言葉を残し、飯塚さんの耳を引っ張っ
て漫画研究部室を出て行った。



 僕も一礼してそのあとをついて行く。

飯塚俊司

ちょちょ、倖田さん。
離してくれ。
あいたたた。
あひゃっ


 飯塚さんが体格に似合わない、なんとも情けない声を上げた。




 飯塚さんが持ったままの山根さんのイラストが心配になってきたので、僕はイラストを左手で掴み、右手でトントンと飯塚さんの手を叩いた。


 飯塚さんが無意識的にイラストを離してくれたので、無事にイラストを回収できた。

倖田さん


 突如、後ろから声がした。


 女子の声だ。

倖田真子

はい?


 倖田さんは飯塚さんの耳をつまんだまま振り向いた。

飯塚俊司

あだだ


 つままれた耳にひねりが加わったようで、飯塚さんがさらに顔を歪めた。



 僕は飯塚さんの泣きそうな顔に吹き出しながら、後ろを振り返った。



 漫画研究部室から二人の女子が、体半分を出して倖田さんを見ている。

あのぉ。
もしよかったらですけど、一度私たちと合同練習してみませんか?

倖田真子

合同練習?


 彼女達の申し出に倖田さんが聞き返す。

漫画研究部としては、美術部のデッサンを一度学んでみるのもいいんじゃないかって思っていたんです

倖田真子

それって私たちにはメリットあるの?


 倖田さん、ほんと言いたいことをズバッという人だ。



 傍から見ていた僕の方が申し訳ない気持ちになった。

それはその。
やってみないとわからないんですけどぉ


 漫画研究部女子の一人が手を頬に当てて悩ましく答えた。

倖田真子

でも面白そうね。
私の独断では決められないからみんなと相談してみます


 倖田さんがそう言うと、彼女達の顔から緊張が消え、笑顔になった。




 美術室へと戻り、倖田さんは早速美術部のみんなへ合同練習のことを話した。

飯塚俊司

合同練習より勝負だ勝負!
いてててて


 まだ勝負にこだわっている飯塚さんの耳を、再び倖田さんがつまんで引っ張った。

ぷっ!
飯塚さん、どうしたんですか?


 女子部員の一人が倖田さんと飯塚さんのやり取りを見て、笑いながら質問した。

渡利昌也

飯塚さんがこのイラストを見たとたん、漫画研究部に殴り込みしちゃって


 僕は山根さんのイラストをみんなに向けて簡単に事の成り行きを説明した。

はー、これはすごい。
細かいなぁ

誰のイラストなんですか?

飯塚俊司

渡利くんの彼女

渡利昌也

違いますって

あー、山根さんって方ですね

渡利昌也

だから彼女じゃないですって


 皆が一通り盛り上がってきたところで、ただニコニコと話を聞いていた加藤君が口を開いた。

加藤むつみ

いっそのこと合宿っていうのはどうでしょう。
もうすぐ春休みだし

 合宿といえば運動部が泊まり込みで厳しい練習に耐えるというイメージなのだが、文化
部の場合はどうだろう。



 僕は、どことなく和気あいあいとしたお泊まり会を想像した。

あ、それいい

楽しそう

やろうやろう。
家庭家室でカレー作ろうよ

視聴覚室で映画見るってのは?


 加藤君の一言で、女子部員が一斉にはしゃぎだした。



 どうやらワイワイ楽しいお泊まり会を連想したのは僕だけではなかったようだ。

倖田真子

ちょっとみんな、遊びじゃないんだけど

飯塚俊司

そうだぞ。
やるからには漫画研究部の技術を全てかっさらう気でかからないと


 倖田さんと飯塚さんの二人が、意見ばっちりみんなを抑制した。

飯塚俊司

だが、合宿というのはいいかもしれないな。
ちゃんと漫画研究部と話し合ってメニューを決めてお互いに学び合おう


 飯塚さんは腕を組み、深く頷きながら言った。

倖田真子

私はそれで構わないわ。
みんなもそれでいい?


 倖田さんが部員全員を見渡した。




 誰一人反対するものもおらず、全員がひとつ返事で了解した。




 そして女子部員がさらにはしゃぎだした。


 もう頭の中は楽しむことしか考えていないようだ。



 僕も同じだ。





 僕は以前の学校で参加した修学旅行を思い出した。



 みんなが友達同士でグループを作ってる中、ボッチな僕は当然のように溢れた。


 先生の気遣いでようやく僕を受け入れてくれるグループを見つけたのだが、グループ内にいるというだけで、僕はやはりボッチなのだ。



 授業を受けている方が万倍マシだった。



 思い出すと涙が出そうになる。



 僕は、今こうして美術部のみんなといられることに感謝した。



 修学旅行での辛かった時間を、僕はこの合宿で取り戻したいと思った。




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