第七話 魔女見習いに訪れた、天使の祝福
第七話 魔女見習いに訪れた、天使の祝福
――学生寮 食堂――
おはよぉお~。ふあぁ、まだねむーい
おはようございます、アニー。
チズもおはようございます
おはよう。今日の朝食は洋食か
三人が並んでテーブルにつき、目の前の食事を口に運んでいく。
忙しい朝のこの時間、優雅にゆっくりと朝食をとる生徒は限られたもので、
たいがいの生徒は眠そうに目を擦っていた。
フレンチトースト、美味しいですよ。
でも私も今日は食欲より睡眠欲が勝ってます……
昨日課題を集中してやってたせいでしょうか
昨日はたくさん課題が出たからな。
わたしも魔方陣の課題は少々手間取った
そうですよね。
無理に全部やろうとしないで、
いくつか今日に回せばよかったです
わたしはそうしたな。だが早めにやるにこしたことはないし
二人とも真面目だねぇ。
課題なんて適当にやっておけばいいじゃない~
適当にと言われても、どうしたら適当になるのかが今ひとつわからないな
そうですね。ちゃんとやらないとそもそも課題が完成しませんし
真面目さんだぁ
生真面目な二人と何事もホドホドなヴェロニカが話しているところへサニーがやってくる。
友人たちと同じように朝食の皿とスープを受け取り、
三人の座るテーブルの前に立った。
あ、サリー。おはよ~
おはようございます、サリー。
今日は寝坊しなかったんですね
寝坊なんていたしませんよ。こちらの席は空いてますか?
……え?
もしかして誰か来るご予定でしたか?
い、いや、そうじゃない。どうぞ座ってくれ
ありがとうございます。では失礼して
……ありがとう、ございます……?
んん~? なんかサリー、すこぉお~し変じゃない?
変、ですか? どの辺りでしょうか
いや……どの辺りというか……
全部、ですよね……
ふふ。皆さん不思議なことを仰いますね。
私は体調も気分も良好ですよ
ええええ~~~……
わかった、そういう遊びか。
何かの罰ゲームとか
だとしてもサリーがこんな喋り方をするなんて、
考えられませんけど……
皆さん、お喋りも楽しいのですが早く食べないと
あっという間に学校へ行く時間になりますよ
は、はい
なんだ、この正論は。
サリーとは思えない……
あはははなんだかおもしろーい♪
私は気になって仕方がないんですけれども……!
肝心のサニーが黙々と朝食を食べ始めてしまったので、
友人たちは大人しくそれを見守るしかなかった。
――校門――
やけに笑顔が爽やかなサニーと、
それを不安そうな顔で見つめるレイリーが学園の校門をくぐる。
本当に大丈夫ですかサリー……?
頭を打ったとか、変な物を食べたとかじゃないんですか
ふふ、レイリーってばそればかりですね。
私はこんなに元気なのに
むむ……。
そもそもサリーが朝、余裕を持って登校する姿なんて
今まで見たことないんですけど……
あら、こんな時間にサニーを見かけるなんて。
遅く来てしまったかしらと焦ったわ
校舎に入ろうとするサニーへと、挨拶もなしに嫌味な言葉が飛んでくる。
サニーに突っかかってくる生徒といえば、たいがいはサマンサだ。
サマンサ……まあそう言いたくなる気持ちはわかりますけど
紛らわしいことは勘弁して欲しいわね、遅刻常習犯のサニーが。
昨日も授業に遅刻してイザベラ先生に怒られたって聞いたわよ。
本当に貴方と来たら、やることなすことこの学園の生徒に相応しくない――
ああ、おはようございますサマンサ!
――ん?
遅刻は確かにいけませんね。
でも安心してください、今後は十分に注意しますから。
いつも心配してくださってありがとうございます!
そしてサニーはサマンサの手を取る。
あまりに突然のことで、サマンサも戸惑いそのまま握手となった。
ご迷惑をおかけして申し訳ありません。
でもそうやって指摘してくださると本当に助かります。
これからもご指導お願いしますね、サマンサ
え、あ……えぇ……?
もちろん無理にとは言いません。
貴方が気になった時に言ってもらえれば、それだけで私は嬉しいのです。
誰かに見てもらえているというだけで背筋は伸びるものですから
……あ、そう……?
ええ、これからもどうぞよろしくお願いしますね
は……う、うん……わかったわ……
ありがとうサマンサ!
握った手に軽くキスをして、サニーはまた校舎へ向かう。
取り残されたサマンサとレイリーは、目を見開いたまま呆然と立ち尽くしていた。
な……何、今の……。
何かの策略……?
――はっ、意識が遠くなってた……!
――教室棟 黒組教室――
説明は以上です。何か質問はありますか?
なければ調合に入りますが――
はい先生
は、はい、サニー・ウィッチ。なんでしょう……?
挙手し質問しようというサニーに、アンが恐る恐る応える。
いつもサニーに手を焼いているアンなので、仕方がないといえば仕方がない。
以前似たような薬効を持つ星月草の飲み薬を調合しましたが、
今回調合する薬とは大きくどの点が違うのでしょうか?
……!
そう、そうなんですこの二つは似てるけど少し違っていて。
今から説明しますね……!!
いたって真面目な質問が投げかけられ、アンはやる気を出し解説を始める。
それにサニーはうんうんと頷きながらノートを取っていた。
お、おかしい……
いつものサリーじゃない……
あはは、サリーの皮をかぶった誰かだったりして~
否定出来ないくらいには、別人です……!!
そしていつもより格段に楽しそうなアンのもと、授業は終了する。
サニーはいつもと比べものにならないほど真面目にノートを取り、
真面目に薬の調合を終わらせてまた友人たちを驚かせていた。
サリー。絶対におかしいです。
お医者さんに見てもらったほうがいいんじゃないですか
ええ? 私は何ともないですよ
病人は皆そう言うんだ。
悪化しないうちに早く病院へ行ったほうがいい
でも自覚症状がないので、よくわからなくて……
じゃあちょっと皮を剥いでみてもいい~?
それはちょっと……
でも、やっぱり気になって仕方がないです。
サリーが変な病気になったんじゃないかと思うと……
皆さん私のことを心配してくださってるんですね、ありがとうございます。
こんなに友達想いの友人がたくさんいて、私は幸せ者ですね
そう言ってサニーは自らの両手を組む。
その顔は心底嬉しそうで、目はキラキラと輝いて見える。
うっ……そんな笑顔で言われると……
本人がこう言ってるんだし、別にこれでいーんじゃないー?
確かに……こんなに穏やかで知的なサリーは見たことがない。
ガサツで大ざっぱで騒がしい普段のサリーとは大違いで、
どちらがいいかと問われれば――
それは今のサリーのほうがいいに決まってますよね……
…………
…………
あっははは! ひどい言われようだね~
――よし、見なかったことにしよう!
と、とりあえず本人の意向に従いましょう、そうしましょう!
ふふっ。よくわかりませんが、皆さんお気遣いありがとうございます
そんな感じで話がまとまってしまった。
サニーは爽やかな笑顔を振りまき、
周囲の友人たちは居心地悪そうではあるがそれにつられるように笑っている。
――そして次に訪れたのは、イザベラの授業だ。
さて。課題の魔方陣を皆さん机の上に出してください
指示通り生徒たちが机の上に課題を並べる。
厳しいイザベラの出した課題なので、当然一人たりとも欠けることはない。
もちろんサニーも、だったのだが。
……!
サニーが羊皮紙を机の上に出した途端、イザベラの目が鋭く光った。
そして無言のまま足早にサニーの席へ近寄る。
唖然とする生徒たちの中、もう一度じっくりと魔方陣を眺め、そして言った。
サニー・ウィッチ。これはどうしたのですか?
課題の魔方陣を描いてきました
……一部が反対に描かれていますよ。それに――
イザベラの指が魔方陣の縁をなぞった。
するとインクの跡から靄のようなものが吹き出し、細かな光りを放つ。
この魔方陣にはすでにまじないの力が宿っています。
呪文を唱えてしまったのですか?
いえ、そんな記憶はありませんが……
魔方陣は描くだけでは効力を発揮しない。
正しい魔方陣を描き、正しい呪文を唱えて初めて完成となる。
しかしサニーの魔方陣は他の生徒とは異なる様子で、引かれた線の一本一本が星々を封じ込めたかのように輝いていた。
魔方陣が……? まさか――
どうしました、レイリー・ナス
あっ、すみません!
構いません。何か気になることがあるなら話しなさい
あ、あの……今朝からサニーの様子が変で。
ちょっといい子すぎるっていうか……別人みたいで
私に自覚症状はないんですけれど。
イザベラ先生、そんなに私おかしいでしょうか?
……なるほど……
それを聞いたイザベラが懐から小さな杖を取り出し、ポンとサニーの頭を叩く。
すると『プシュッ』という妙な音とともにサニーの頭から輝く靄が出て、
天へ昇るように消えていった。
細かに舞った光の屑が美しく、生徒の中から感動とも驚きともつかない声があがる。
これでどうですか、サニー・ウィッチ
……へ? 別にアタシは何ともないけど……。
ん? あれ? なんか変だな。
えーっと、なんの話をしてたんだっけ?
……!!
元に戻った……!?
あ~あ。戻っちゃった
誤って天使を喚び出してしまったようです。
もっとも天使自身は、サニー・ウィッチに祝福を授けてすぐに去ってしまったようですが
そして小さく咳払いをし、イザベラは杖をまたしまい込み。
では、授業に戻ります
何事もなかったかのように、授業を再開した。
えー……?
うーん、頭がスッキリしてるんだけどハッキリしないっていうか……。
ちょっと誰か説明してくんない?
か、完全に戻ってますね……
そうか……残念だ……
サリーがずっとあのままなら、ずーっと遅刻もしなかっただろうにね~
残念だ…………
トラブルを起こすことも二度となかった、かもしれないんですね……。
はああぁ……
え、ちょっと!?
なんでそんな残念がられてんの!?
よくわかんないんだけど!!
天使……確かに天使でしたね……
もったいなかったな……天使……
ねええええ、ちょっとぉおおお!!
なんかバカにされてる気がするんだけどぉお!?
授業中です。静かにしてください、サニー・ウィッチ
事情を理解できずに混乱するサニーをよそに、ひどく落胆する友人たち。
サニーが何を聞いても彼女らはため息をつくばかりで、
ただひたすたら『天使』『天使』という呟きが繰り返されたのだった。