第六話 魔法陣にこめられた想い

――廊下――

サニー

うわ、完全に授業始まっちゃってる……!

サニーが慌てて走って行く廊下には、すでに生徒の影はない。


申し訳程度にネクタイを首に巻き付けて、黒組の教室へ滑り込んだ。

――教室――

イザベラ

…………

が、当然のように教師のイザベラは教壇に立っており、厳しい目つきでサニーを見た。

サニー

は、はは……すみません、遅刻しました

イザベラ

…………席に着きなさい

サニー

は、はいぃ~

そして淡々と授業を進めてゆく。




ベテラン教師イザベラの受け持つ科目は魔法学だ。


魔法の成り立ちから実践までを的確に、かつ丁寧に教えてくれるが、
予習が必須な上に彼女自身が真面目で厳格なため『苦手だ』という生徒も多い。

サニー

怒られないと逆に怖いよ……

サニーも、その一人だった。

学園に鐘が鳴り響き、授業は終了となる。


鐘が鳴る前までにイザベラはきっちりと説明を終え、
次の魔法学の時間までに済ませてくるようにと課題を出した。

サニー

魔方陣か~。アタシあんまり得意じゃないんだよなぁ

配られた羊皮紙を眺めながらサニーが呟くと、
近くの席のレイリーが教科書を整えながらアドバイスをしてくれる。

レイリー

見本通りに描けば大丈夫ですよ。
呪文を唱えなければ魔法は発動しませんから、間違えても平気ですし

サニー

そうなんだけどさぁ。その見本通りっていうのが苦手っていうか

レイリー

確かに、サリーはイザベラ先生の授業でさえ
遅刻してくるくらいのうっかりさんですもんね

サニー

はは……。イザベラ先生は怖いから気を付けてるんだけどな~

と、そこまで話してからレイリーの顔を見ると、アワアワと青い顔をしている。


何事かと思えば、サニーの背後にイザベラが立っていた。

サニー

あ、イザベラ先生……えーっと、そのぉ

イザベラ

魔法学準備室に来てください。
お話があります

サニー

…………はひぃ

なんとも情けない返事だった。


いつもうるさいくらいに元気なサニーも、イザベラの前では形無しだ。

――教室棟 魔法学準備室――

イザベラ

いいですか、どこの世界でも重要なのは礼節です。
ルールを守り、正しい対応が出来て初めて、世界は私たちに力を貸してくれるのです。
大自然に宿る力も、もちろん悪魔もです

サニー

はい……

魔法学準備室は魔法に使うありとあらゆる道具が置かれているが、
イザベラの几帳面さゆえか整然としている。

古めかしい魔法書や妖しく光る瓶詰めは、サニーの好奇心をそそった。


しかしこの状況で『ちょっと見せてください』などとは到底言えそうにない。

イザベラ

約束の時間を守り、授業を真面目に受けるというのは
このキルケー魔法女学園に通う生徒であれば当然のことです。
その上で教師に敬意を払い、共に勉学に励むクラスメイトたちに配慮するのは
最低限の礼節と言えるのではないでしょうか。
貴方はその最低限が守れていません

サニー

はい……

イザベラ

聞けば先日の――失神する生徒が続出した騒動も、
貴方が原因だったと言うではありませんか

サニー

うっ

レイリーがサキュバスに乗っ取られた事件のことを言っているのだろう。

あれだけ騒ぎになったのだから、イザベラの耳に入らない訳がない。

イザベラ

その件についてはアン先生が厳しく指導したと伺いましたから、
私から重ねて指導するようなことはしません。
ですが、改めて反省する態度というものを示していただきたいものです

サニー

反省、してます……

イザベラ

言葉ではなく、態度で。
いいですね?

サニー

はいぃ~……

そこまで言い終わると、イザベラは棚の奥から石英の欠片を取り出した。


ぼんやりと虹色に光り、その輝きはサニーにも見覚えがある。

サニー

これ……?

イザベラ

覚えていますか?
魔法学の最初の授業で、皆さんに作っていただいた結晶です。
貴方の作った結晶は非常に小さい物でしたが、
なぜかいまだにこうして光り続けています

サニー

へえ~。なんでだろ

イザベラ

理由はわかりません。
正直貴方は、魔法学の授業でも落ちこぼれで

サニー

うっ

イザベラ

授業態度も悪く、普段の素行もいい噂を聞いた覚えがない

サニー

ううっ

イザベラ

――ですがこうして結晶が形を保ち光っているところを見ると、
魔女になれる可能性はゼロではないのでしょう

サニー

あ、やっぱり!?

イザベラ

…………

サニー

す、すみません……

イザベラ

本気で魔女になりたいのならば、力を注ぐところを間違えないように。
驕りも大敵です。謙虚さを身につけ、日夜努力すること

サニー

……はい

イザベラ

だからまずは反省なさい。
今のままの貴方では魔女になるどころか進級さえも難しいでしょう

それが締めくくりの言葉となり、サニーは魔法準備室を出た。

――廊下――

サニー

し、進級さえも難しいって……

廊下に出た後でその言葉を噛み締める。


イザベラは普段から厳しい教師であったし、
説教されるようなことしかしていない自分も悪い。




だがこうまでハッキリ言われると、さすがのサニーも自信がゆらぐ。

サニー

はああぁぁ……

ため息しか出なかった。




その後の授業もほとんど身が入らず、サニーはますます落ち込むことになるのだった。

――学生寮 大浴場――

サニー

はああぁぁ~~

ここでもサニーのため息が響く。


学生寮の地下にある洞窟風呂は、もともとあった洞窟を生かした大浴場だった。

広い風呂は学生にも好評で、夕食後は多くの生徒で賑わう。

エマニュエル

珍しいですわね、サリーがそこまで落ち込むなんて

サニー

そりゃアタシだってたまには落ち込むよー。
進級出来ないかもなんて言われたらさ……

レイリー

ちゃんと授業に出て、テストもちゃんと受ければそんなこと言われませんよ。
サリーはもうちょっと真面目にやらなきゃダメです

サニー

先生に散々言われたからわかってるよ~もぉ~

チズ

まあ反省したなら明日から頑張れ。
どうしても寝坊するなら日本製の目覚まし時計を一つわけてやろうか

サニー

ありがと……でももう三つもあるからいいや

レイリー

でもお風呂に入ると嫌なことも忘れますよね。
裸で入る日本式の入浴方法にもだいぶ慣れましたし

レイリーの言う通り、日本人であるチズ以外の学生は
浴槽に浸かるという文化にあまり馴染みがなかった。


しかし湧き出る温泉を使っているので湯がほどよく濁っているし、
寮生が集まることが出来る数少ない憩いの場所というのが大きかった。

エマニュエル

最初こそ戸惑いましたけれど、慣れれば開放感があっていいものですわね。
女同士なら裸を見られても気になりませんし

サニー

さすが夫人……

レイリー

エマニュエル夫人……

チズ

しかし個人的にこの面子では気まずさがあるな。
二名ほど体型がまったく日本式じゃない

サニー

あー。相変わらずすごいよね、レイリーも夫人も。
出るところはバーンって出てて、引っ込むところはキュって引っ込んでて

服を着ていてもわかることではあるのだが、
レイリーとエマニュエルはとにかくスタイルがよく、胸が大きい。


特にエマニュエルは入学早々『夫人』というあだ名がつくくらいに目を引く体型をしていた。

チズ

完全絶壁のわたしとはまるで違う生物のようだな

サニー

わかる。どう考えてもアタシたちを作る時に神様が手抜きしてるよね。
あー、ますます気分が落ちてきた

レイリー

気にしすぎですよ。体型なんて何でもいいじゃないですか。
その分サリーは走るのが速いですし。
胸が大きいと走るときに痛くって

サニー

痛い? 何それどういうこと?

レイリー

で、ですから、走ると胸が上下するのでそれが痛いし邪魔だと……

チズ

なんだそれ、そんな現象起こったことがないぞ。
胸の大小で感じる重力も違うらしい

サニー

胸の中にボールでも入ってんじゃないの?

レイリー

も、揉まないで下さいサリー……!

サニー

ボール訂正、大きさ的にメロンだね

エマニュエル

どちらかというと暑くなると谷間が蒸れるほうが気になりますわ。
胸の下もそうですし……

チズ

む、蒸れる? どこがだ? ここか、ここのことか?

エマニュエル

指を突っ込まないで下さいな!!

サニー

柔らかいお肉に四方八方から包まれるこの感じ……
肉まん地獄、みたいな……?

エマニュエル

人の身体にベタベタ触っておいてなんて言い草ですの、このお二人は……!!

胸や谷間へ好き勝手に指を入れるサニーとチズを、
なんとか振り払い距離を置くエマニュエル。


涙目のレイリーはサニーの魔の手から逃げられず、
『柔らかいメロンだ』と連呼されていた。

サニー

はー。でもこうやってバカなことしてたらちょっと元気出たよ。ありがとう

レイリー

うぅ……元気付けるならもっと別の形がよかったです!

――学生寮 サニーの部屋――

風呂上がり。




サニーは机の上に羊皮紙を広げ、魔法学の教科書を開く。


羽根ペンを持ち深呼吸をすると体中に夜の冷たい空気が染み渡った。

サニー

――本気で魔女になりたいのなら

特別に調合されたインクで羽根ペンを濡らす。


もう一度教科書に向き合うと、自然と背筋が伸びた。

サニー

力を注ぐところを、間違えない……

イザベラの言葉を繰り返しながら、サニーは羊皮紙の上に線を引いていく。


魔方陣を描くのは初めてのことではないけれど、
今日は不思議と新鮮な気持ちだった。

サニー

アタシは、本気だから――

そうしてペンを走らせると、なぜかその線がほのかに光り始める。




しかしサニーは魔方陣を描くのに夢中で、
そのことにはまったく気付いていないのだった――。

6|魔法陣にこめられた想い

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