吹き出した煙が納まると同時に現れた仮面の男が、「ネレイドの涙」の展示スペースのそばで宙に浮きながら、高笑いをしていた。
ふふふふははははははは!
吹き出した煙が納まると同時に現れた仮面の男が、「ネレイドの涙」の展示スペースのそばで宙に浮きながら、高笑いをしていた。
貴様は……ソルシエール!
どうやって浮いてるんだ……!
いきなり人――怪盗ソルシエールが現れたことよりも何よりも、まず宙に浮かんでいることを疑問に思う辺り、この刑事さんもどこかずれてると思う。
というか、やっぱりあの仮面の男が怪盗ソルシエールなんだ……。
初めて見た……。
そんな場違いな感想をぼんやりと思い浮かべていると、僕の隣にいた奈緒がため息をつきながら刑事さんにツッコんだ。
バカね……
あいつの肩をよく見てみなさいよ……
透明なワイヤーみたいなものがあるでしょ?
アレで吊り下げられてるのよ……
煙から現れるのもマジックでよく見るネタっすね
多分、時間まで警察に変装して紛れ込んでいたんす……
それで時間に合わせて煙を出して、その間に素早く変装を解いて、予め準備してたワイヤーを体に取り付けた……
そんなところだと思います……
なるほど……そういう仕組みだったのか……
うん、三人とも。
突然ソルシエールが現れた種の解説をありがとう。
でも……今はそんなことを言ってる場合じゃないよねぇ!?
刑事さんも「なるほど」って感心してる場合じゃないよねぇ!?
僕がツッコむと、刑事さんは「おっとそうだった」と気を取り直して、びしりと宙に浮くソルシエールに指を突きつけた。
やいやい!
ソルシエール!
今日こそ貴様をひっ捕らえ……
ああっ!?
「ネレイドの涙」がない!!
刑事さんの言葉を途中で切り裂いた館長の悲鳴に、僕らが慌ててソルシエールの足元、世界最大のブルーダイヤモンドが収められていた箱に目を向けると、館長の言うとおり、確かにそこにあったはずの――あるべきはずの物がなくなっていた。
ふふふははははは!
「ネレイドの涙」はすでに我が手中に落ちているのだよ
不敵に笑いながら、ソルシエールが手を掲げて見せると、そこには確かに蒼い輝きを放つ宝石が納められていた。
そんな……ありえない……
あのガラスケースは防弾ガラスだし……
鍵を四重にかけて厳重に保管していたのに……!?
ふふふふ……
そんな鍵など……
私の前には無意味だということだ……
さて、獲物は無事に手に入れたことだし……
失礼させてもらうよ
そう宣言した途端、ソルシエールの体が急上昇して、あっという間に天井に設置された明り取り用の窓をぶち破って外へと出てしまった。
……しまった!
すぐに追うぞ!!
一瞬、呆然とソルシエールを見送った刑事さんが慌てて部下の警察を連れて外へと飛び出していく。
先生!
私たちも!!
奈緒の声に促されるように、僕たちもまた外へと走り出す。
そのときだった。
ちゃり、と軽い音を立てて、僕のポケットに入れておいた自転車の鍵が落ちる。
慌てて拾い上げようとするけど、出口へ――というか、ソルシエールを追いかけて外へと殺到する人の波に流されて、中々拾い上げることができない。
そうして、僕がようやく鍵を拾い上げたときには、完全に僕は奈緒たちに置いてきぼりを食らっていた。
…………あれ?
くっくっく……。
まったく……、毎度毎度うまく騙されてくれるものだ……。
仮面の男を追いかけて誰もいなくなった展示場の中で、にやりと笑いながらブルーダイヤモンド「ネレイドの涙」が納められたガラスケースを覗きこむ。
当然、先ほど仮面の男が中身を奪っていったので、ガラスケースの中は空にしか見えない。
しかしそれこそがトリック。
本当のことを言えば、「ネレイドの涙」はまだこのガラスケースの中に納められている。
ただ、中身が空の写真を貼り付けたケースを、ガラスケースの上から被せただけで、一見して中身は内容に見える。
もしかしたら多少の違和感があるかもしれないが、緊急時だということと、照明が落とされた状況ではその違和感を感じることも無理と言うものだ。
後は、あの仮面の男――手にブルーダイヤの偽物を持たせた人形のソルシエールを全員が追いかけたところを見計らって、改めて鍵を開けて中身をゆっくり頂戴すればいい。
まったく完璧すぎる計画だ……。
今回の計画をひとしきり思い返してから、私は写真が貼り付けられたケースを外し、その中で蒼く輝く宝石に顔を綻ばせながら、早速ピッキングツールを取り出して鍵を開け始めた。
その瞬間。
……あれ?
そこで何をしてるんですか?
ここにいるはずのない人物から声をかけられ、私は思わず肩を跳ねさせてしまった。
まったく……自転車の鍵を落としたばかりに酷い目に遭った……。
ようやく鍵を拾い上げた僕が、背筋を伸ばしながら服に付いた埃を払い落として、改めてぐるりと現場を見回すと、そこには思いがけない人物がいて、思いがけないことをしていた。
あれ……?
そんなところで何をしてるんですか?
館長?
その瞬間、館長はびくりと肩を跳ねさせてからゆっくりと僕を振り返った。
や……やぁ……君か……
いやね……
この目で見てもまだ「ネレイドの涙」が盗まれただなんて信じられなくて、一応鍵を開けて中を確かめようとしたんだ……
え……?
あれ……?
確か、さっきソルシエールが「ネレイドの涙」を持って外に出ましたよね?
なのに、何でそれがそこにあるんですか?
そう。
館長の横からは、確かにさっき怪盗ソルシエールに持ち出されたはずのブルーダイヤモンドが、変わらぬ姿で輝いていた。
直後、館長は「しまった!」と顔色を変えると、そのまま俯いて突然笑い始めた。
く……くくく……
くくくくはははははは!
よく私が怪盗ソルシエールだと気付いたね……
えぇ~~~っ!?
いや、僕は別に館長がソルシエールだなんて微塵も疑ってなかったよ!?
というか、むしろ館長がソルシエールだったの!?
内心で驚く僕に気付かないのか、館長――怪盗ソルシエールはゆっくりと顔を上げると、顔の皮に手を掛け、一気に剥がした。
一瞬、顔の皮が剥がれたものと思って猟奇的なものを想像してしまった僕とは裏腹に、そこには意外な人物が平気そうに佇んでいた。
ボクの正体が見破ったのは君が初めてだよ……
どこか照れくさそうに、それでいて大胆不敵に立っていたのは、何日か前に僕ら探偵部に依頼を持ち込み、怪盗ソルシエールからの招待状を持ってきた大久保ルルさんだった!
えぇっ!?
大久保さん!?
二転三転する状況に激しく困惑する僕をよそに、大久保さんは小さく肩を竦めて見せた。
まったく……
ボクとしたことがとんだ失態だよ……
キミと言う名探偵をわざわざ招待してしまうだなんてね……
実を言えば、キミたち探偵部に依頼を持ち込んだのは、キミたちの実力を測るためだったんだ……
そしてその結果、ボクは君たちをただの素人探偵団だと判断した……
けれど、それはどうやらボクの早計だったみたいだね……
やられたよ、まったく……
もはや、完全に何がなんだか分からずに固まる僕をよそに、次々といろんなことを語った大久保さんは、ゆっくりと僕に近づいてきた。
ボクの正体を初めて見破ったキミに免じて、その「ネレイドの涙」は諦めてあげるよ……
その代わり……
そこで一度言葉を区切った大久保さんが、なぜか悪戯っぽく笑う。
その直後、僕の唇に柔らかい何かがふわりと重ねられた。
目の前には、大久保さんの可愛らしい顔がドアップで映し出されている。
!?
もはや困惑しすぎて言葉も出ない僕が固まっていると、ゆっくりと顔を話した大久保さんがふわりと笑った。
ボクはキミのファーストキスをいただいた!
そのまま、「ととと」と数歩離れた大久保さんは再び不敵な笑みに戻る。
それじゃ、またいつか、どこかで会おう!
名探偵クン!
ああ……それと……
ボクの正体については黙っててくれたまえ!
そんな言葉を残し、大久保さん――怪盗ソルシエールは去っていき、後に残されたのはもはや石像のごとく硬直する僕だけだった。
そしてその翌日。
しどろもどろになってマスコミのインタビューに答える僕の姿がテレビに映し出され、母親に思いっきり爆笑された。